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2006年6月 9日 (金)

人生は生きるに値する

はたして人は、
不徳なくして徳を、
憎しみなくして愛を、
醜なくして美を考えることができるだろうか?
実に悪と悩みのおかげで地球は住むにたえ、
人生は生きるに値するのである。

  アナトール・フランス

不徳がなければ、徳ということも分からない。
憎しみなしに、愛も芽生えない。
醜あればこそ、美が輝く。

対称のものだけど、どちらか一方だけでは成り立たない。
徳も、愛も、美も、それだけでは、徳とも美とも感じない。
対称があるから、輝きを増し、
対称と釣り合いが取れているから、徳も愛も美も受け入れられる。
釣り合いの取れてない不徳や憎しみや醜は暴走し、
釣り合いの取れてない徳や愛や美は、不徳や憎しみや醜と同質のものとなる。

不徳あっての徳 徳あっての不徳
憎しみあっての愛 愛あっての憎しみ
醜あっての美 美あっての醜

対称となるものは表裏一体と表現されることがあるけれど、表裏一体ならば、隠そうと思えば隠せてしまう。
しかし、隠せるものではない。
愛と憎は表裏一体なのではなく、愛も憎も同じ面に混在しているに違いない。
だからこそ悪心を抱き、悩み、苦しむ。
その結果 開かれている道も見えてくる。
すでに開かれている道に気付かぬ私。

私とかけ離れたところに不徳が、憎しみが、醜があるのではない。
そのまんま私。

私の中に徳が、愛が、美があるというのなら、
そこには不徳も、憎しみも、醜も内包されている。

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