« 人間が好き | トップページ | 避けられないもの »

2006年5月19日 (金)

落ち葉の季節

落ち葉の季節というと、“秋”を連想しますよね。

でも、葉っぱって年中散るんです。
今日も 午前中掃除をしていたのですが、70リットルのゴミ袋がいっぱいになりました。ふた袋。

この時期の落ち葉は、新しい葉が生えて 古い葉が散るので、枯れた葉なのです。
秋は“落ち葉の季節”というイメージがあるので、落ち葉が散らかっていても「あぁ、秋ですねぇ」って感傷的にもなりますが、今の時期の落ち葉は風物詩的なイメージもないし、見た目にも汚いので感傷的にはなれません(落ち葉さんごめんなさい)。

掃除をしながら考えていたこと…
大学を出て 寺に戻ってきた頃は、毎日毎日朝から晩まで掃除をしてたなぁ。最近は一日フルに掃き掃除をすることもなくなったなぁ。なんでだろう?

今は、午前中は掃除して、午後は法話を聞きに行ったり、法務があったり、教化活動の会議があったり…。忙しいっていうほどでもないけれど、時間が足りない感がとてもする。
なんでそんなに時間が足りないんだろう(時間の使い方が下手なだけなんですけどね)。

時間のことだけじゃなくて、ここ数年で境内の木の数がかなり減ったなぁ。
いろいろ理由はあるけれど、木が減りました。減ったのに、木が鬱陶しいという苦情が来るときもある。「自然があっていいですねぇ」って言ってくださる人もいる。
同じ景色を見ていても、人の こころは十人十色。「自然があっていいですねぇ」って言える人になりたいなぁ。


枯れた墓地花…見てるだけなら、ただの枯れてしまったお花。見た目にも汚いし、腐った水のにおいがする。
集めていると、「こないだお参りにみえたのに、もう枯れちゃったね。暑くなってきたんだね」なんて会話してしまいます(あぶない?)。

掃除をしながら、いろんなことを考えています。
掃除の時間は、とても大切な思索の時間です。

« 人間が好き | トップページ | 避けられないもの »

コメント

あのね、会社のハナミズキが 雨で?花がダメになってしまって いつも見上げてばかりだったけど、ふと 下を見たんです 散ったりしてるのかな・・って そうしたら、花だけじゃなくて、葉っぱがいっぱい落ちていました なんだかとてもふしぎに思った感覚だけ残っているのは 秋じゃないのに・・って気持ちがあったからなんだなぁ・・って かつさんのおことばを読んで、いま思いました^^
そして、もういちど見上げて 葉っぱがすごくきれいだなぁ・・花に見とれていたときは気付かなかったけど と思ったのも思い出しました
いろんなこと 回って回っているんですね
落ちても やっぱり愛おしい花 そして葉は葉で自分を生きている 光をいっぱい浴びて花や木や枝や・・支えながら 落ちてもやっぱり愛しい 今までお疲れさま・・土に返っていくんだねの姿

かつさんが お墓でお花に話されている姿 すごく想像できます かつさんご本人の姿は知らないけれど^^
腰を落として 花と向かい合いながら お話されている姿 浮かんできます

☆美雨さん こんばんは♪
「いろんなこと 回って回っているんですね」
ホント、そう思います。枯れてしまうのは悲しいけれど、だからこそ次の いのち が生まれてくる。落ち葉だけじゃない、人間もそうなんですよね。自然界では当然の循環なんだけど、人間だけが抵抗しようともがいている。
親しい人との別離は悲しいですよ、確かに。でも、悲しいだけで立ち止まってしまったら、親しい人の“死”を無駄にしてしまうことになる。
そんな循環を生きているからこそ、一生懸命生きられる。
そんな循環を拒否しようとするから、生きることもつらくなる。
と、思っています。

ゴミ袋に枯れたお花を集めていると、かなり重くなります。重くなった袋を「よっこらしょっ!!」って持ち上げて、よく腰を痛めます。あぁ、もう若くは無いのに(TT)。
いつまでも、若い頃の幻想を抱き続けているのも、循環を無視しているようなものですよね。
反省 反省^^;

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 人間が好き | トップページ | 避けられないもの »

フォト
2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ