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2006年5月26日 (金)

悪人

悪人正機・悪人往生と表現される親鸞聖人の教え。

悪人こそが正しく救われる機(人)である。
悪人こそが往生できる。

初めて聞いた人はビックリする。
「えっ、悪人こそが救われる?」
「善い行いをする必要がないじゃないですか。みんな悪いことをしてしまいますよ」

親鸞聖人の名をかたって、悪事を勧める人もいる。
「親鸞聖人は悪人こそが救われるとおっしゃっています。みなさんも、気にしないでかまわないのです」

浄土真宗のお話を聞いた人は、
“悪人”とは、罪をはたらいた人のことではないことに気付く。
“悪人”とは、煩悩盛んな者を意味することを教えられる。

ちょっと聞きかじっただけの人は、
煩悩盛んな者を、他者に見てしまう。

「煩悩盛ん」と聞くと、性欲・食欲・睡眠欲などの欲求が盛んな人を連想する。
でも“煩悩”と言ったら、妬み(ねたみ)・腹立ち・嫉み(そねみ)を含む。
喜んだり、笑ったり、泣いたり、悲しんだり…それらすべて煩悩のなせる業。

ここまで読んでいただけた方はもうお気づきですね。
“悪人” “煩悩盛んな者” つまり、私自身ということを。

親鸞聖人の「悪人正機」「悪人往生」のおしえとは、「悪人こそ救われる」という教えではなく、
生きとし生けるもの、すべての衆生が救われるということ。

そんな“悪人”を救ってくださるのは、阿弥陀如来。

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