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2006年5月25日 (木)

真実

「生は必然 死も必然」という内容の記事を前回書きました。
書いてから いろいろと考えてます。

子供が犠牲になる事件・事故が増えています。
ニュースを目にしたり、悲しみを感じている人の話を聞くと こころが痛みます。

「生は必然 死も必然」
そう書いた想いに偽りはないし、
人間の、いや、生きとし生けるものすべてが背負っていることだと思います。

そうなんだけど、このような事件・事故を見聞きすると、ユラユラしてしまう。
悲しいのは 子供に限った話ではない。
誰が亡くなっても、どのように亡くなっても、悲しいし つらい。
でも「生は必然 死も必然」。

生まれたのだから、いつかは死ぬ。分かりきっていること。言ってしまえば、“真実”。
でも、その分かりきっていることで、人は悩む。
“真実”が分からない。 いや、“真実”だからこそ分からない。

事件・事故の被害に遭われた方は「真実が知りたい」と切望する。
報道する方は「真実を伝えるのが仕事」と言い切る。
真実を知り、真実を伝えることが出来たとして、それで満足出来るかといえば、そういうものではない。真実を知ってしまったがために、今まで以上に苦しむことがある。真実とは、そういうもの。

でも、私たちが知りたがっているのは、“真実”というよりも“事実”。
“事実”は調べれば分かるけれど(分からないことだって ありますが)、
“真実”は人知を超えたところにあるもの。分かるとか分からないといった次元をはるかに超えている。

人知の次元をはるかに超えているからといって、果てしないところにあるものなのか、考えなくてもいいことなのか、理解不能のことなのか。
いや、私の目の前にあって、考えるまでもなく、理解しようと試みなくても既に私に身についていること。
 それが「生は必然 死も必然」。
  それが 避けられないもの。 
   それが “真実”。

でも、ユラユラしながら生きていくのが私。

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