« 想像してみるんだよ | トップページ | 葛藤 »

2006年4月15日 (土)

追弔会(ついちょうえ)

昨日(4月14日)、西蓮寺にて東京5組追弔会が謹んで執り行われました。
今日 片付けの最中 法名軸をジッと眺めていました。
    
    
東京5組
…真宗大谷派の行政区です。あまり気になさらないでください。
 東京教区には1~8組まであります。西蓮寺は東京5組に属しています。
 東京5組には20のお寺が属しています。

追弔会
…東京5組内のお寺の歴代の住職・坊守・副住職・准坊守の法要です。
 年に一回、5組内のお寺持ち回りで法要を勤めます。
 だから一度会場になると、次に当番が当たるのは20年後になるわけです。

法名軸
…亡くなった方の、死亡年月日・俗名・法名を書くお軸。
 個人だけ書き込む形のもありますし、複数名書けるのもあります。
 東京5組の法名軸には只今83名の名前が記されています。

                   すみません、今日は説明だらけで。

で、法名軸をジッと眺めていて気付いたのですが、一番最初に名前が記されている方の死亡年月日が「明治25年」でした。114年前!!(かな?)ちょっとビックリしました。
当然、会ったことも見たこともありません。血縁のない方がほとんどです。
でも、そういう方の法要を勤める。いや、勤めたわけです。感動ですね。

今日、自分の両親や祖父母の法要さえも勤めない方がいらっしゃいます。
ましてや会ったことも見たこともない先祖のご法事を勤める方は少ないです。
「会ったこともない人のご法事なんて、どうしてやらなければいけないのですか?」という気持ちも分からなくはないですよ。
でも、法名軸を前にして 正座してジッと眺めていたら、
綺麗にいうならば、いのちのバトンを受けてるんだぁって思ったわけです。

前にも書いたように「法事・供養を 私がしている」と思っていたら、会ったこともない人・血縁のない人の法事を勤めようとはなかなか思えません。でも、この方々がいたから今の自分がいるんだなぁってことを感じることができたら、自然と手が合わさると思うんですよね(実際に法事を勤めるかどうかは別にして)。

そのようなことを、追弔会をお勤めした次の日、本堂の掃除をしている最中にしみじみを感じさせていただきました。
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏(-人-)

« 想像してみるんだよ | トップページ | 葛藤 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 想像してみるんだよ | トップページ | 葛藤 »

フォト
2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ