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2006年4月 3日 (月)

知らないということの哀しみ

昨晩、東上野にある大谷派のお寺の仏教青年会に参加しました。
昨日は、私が発題の当番でした。
発題の内容を書きますね。
        

発題: 知らないということの哀しみ
大谷派の研修会で、ハンセン病に対する誤解が生んだ差別について学んだ際、参加者から「知らなければいけないのですか?」という発言があったと聞きました。
差別の事実を知っていても知らなくても、問題に取り組んでも取り組まなくても、現実に差別は起きている。ハンセン病に限らず。
  どれだけの差別が起きていることだろう。
  どれだけの差別を、私自身が起こしていることだろう。
  どれだけ無明な私なのだろう。
差別について知るべきである、問題に取り組むべきであると押し付けることではないが、「知らなければいけないのですか?」という発言が出る体質が哀しすぎる。

何もしなくてもいい。そこに苦しんでいる人がいることを知るだけでいいのです。
                            マザー・テレサ

発題をもとに、参加者が自分の思うところを語り合います(しゃべり場みたいな感じ。だけど、人の意見をつぶすようなことはない)。
発題が疑問・質問の形をとっていなかったので(単に想いを述べてしまいました)、話をふくらませていくのが難しくなってしまいましたが、参加された方は、みんなそれぞれの想いを語ってくれました。

みんなが語り合っていく中で出てきたことば…
(差別問題を)知って苦しんだ方が心穏やかなのか。
知らないで苦しまない方が心穏やかなのか。

現実に起きている差別を知り、それについて心悩ます。
どのような差別が起こっているかを知らなければ、それについて心悩ますこともない。
後者の方が、心穏やかに暮らせそうだけど、実はそうではないのではないか。
知って、悩み苦しむ。そういうことを通さないと、心は穏やかにならない。
このような意見が出てきました。うれしかったです。発題をして、よかったなぁと思いました。

まず知ること、そして悩むことが大事です。
問題は、知らないことです。
   
                         森 達也

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コメント

「知る」ことで、心の中になんらかの祈りが生まれますね こうなりますように、とか、どうしたらいいだろうか、とか、そういういろんな思いが人の心に生まれることが大事なんだなあと読んでいて思いました。
一度心に湧いた思いは、本人が忘れたように思ってもきっとどこかに残っていて、なにかのきっかけでまた現れたり、知らないうちに働いたりするような気がします。

遅ればせですが、かつさんお誕生日おめでとうございます 桜の咲くいい季節にお生まれになったんですね^^

☆fairmoonさん こんにちは
知ることによって、心に種が植えられ、
何か(出会いとか哀しい出来事とか)をきっかけにして他者に対する思いやりの花が咲くんですね。
本人は忘れていても、しっかり心の中で花開く。
綺麗な花でしょうね^^

「かつさんお誕生日おめでとうございます」
ありがとうございます。予定日よりも一ヶ月早く生まれたそうです。桜を見たかったんだろうなぁ。 

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