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2006年4月20日 (木)

零す(こぼす)

「こぼす」という字を変換したら、「零す」って出てきて 驚いたことがあります。
「えっ、“こぼす”って“零す”って書くの!!」
(ご存知の方にとっては「知らなかったの?」って話ですよね。すみません)

「零」って、「ゼロ」じゃないですか。

「こぼす」
…水をこぼす 愚痴をこぼす

水を零したら、器の中は空っぽ(ゼロ)になります。
なるほどなぁ、写実的な表現だなぁって感心したのです。

でも愚痴を零した場合、私の中の不平不満は空っぽ(ゼロ)にはならないなぁとも思いました。
愚痴をこぼすことによってスッキリすることもなくはないけど、
愚痴がますます膨らんでいったり、愚痴が愚痴を呼んでどんどん大きくなっていったりします。
「愚痴をこぼす」というより「愚痴があふれる」と表現したほうが当たっているような…^^;

でね、思ったのです。
愚痴をこぼしてもゼロにならないのは、零し方を間違えているんじゃないか。
愚痴をこぼすということは、愚痴がなくなるように零すのが本来の零し方ではないかって。

こういう零し方が正しいんじゃないですかって提案してるんじゃなくて、
愚痴を零したら、それ以上引きずらない。そういう覚悟で零すものなのに、いつまでも いつまでもこころの中に残っている。だから時々溢れてくる。
「零す」という字に反した生き方をしてるんだなぁって思ったのです。

「零す」と変換されて、そんなことまで考えてしまいました。

おまけ
この記事を書きながら「こぼす」を変換したら、「溢す」とも出てきました。
「溢」…「あふれる」
愚痴の場合は、「溢す」の方が言い得ているような気がしますね^^

 水を零す
  愚痴を溢す

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