« 2006年3月 | トップページ | 2006年5月 »

2006年4月

2006年4月30日 (日)

晴天の日々

人生において最も耐え難いことは悪天候が続くことではなく、
 雲ひとつ無い晴天が続くことである

        ヒルティ(スイスの法学者)

本日東京は、雲ひとつ無い晴天です。
美しい青空。連休中に、とても恵まれた気候です。

ヒルティのことばは、もちろん比喩なわけで、
耐えられないのは 苦難に満ちた日々ではなく、悩み苦しみの無い平穏な日々である
と教えてくださっています。

土砂降りの雨の中、私の歩む道筋が一本でも、チョットでも見えれば、
その道筋はとても輝いて見える。どんなに狭く、どんなにグチャグチャの道であろうとも。
晴天の下、私に周りには道がいくつも見えている。
立派に舗装された道もあれば、泥だらけの道もある。
近道もあれば、遠回りの道もある。
立派な案内板が掲げられている道もある。
どの道を行こうかな…。迷ってしまうし、道があることが当たり前になってしまう。

でも、現実には誰もが悪天候の人生を歩いているのではないだろうか。
悪天候の程度は様々だけど。

2006年4月29日 (土)

西蓮寺永代経法要

Pict0261_2

今日は西蓮寺の永代経法要でした。
雨が心配されましたが、70名近くの方が参詣されました。


2006年4月28日 (金)

生きるっていうことは

  

人間は、生きるために
にわとりも殺さなくちゃいけないし
豚も殺さなくちゃいけない。
生きているってことは
ずいぶん迷わくをかけることなんだ。
自分で自分のことを全部できたら
人は一人ぼっちになってしまう。
他人に迷わくをかけることは
その人とつながりをもつことなんだ。
他人の世話をすることは
その人に愛をもつことなんだ。
生きるっていうことは
たくさんの命と
つながりをもつことなんだ。

 山崎まどか(真宗大谷派児童教化連盟 児童教化冊子『いのち』より)

2006年4月27日 (木)

一味ということ

  尽十方無碍光の
  大悲大願の海水に
  煩悩の衆流帰しぬれば
  智慧のうしおに一味なり

         親鸞聖人 「曇鸞和讃」

阿弥陀如来は、悩み苦しむ衆生を、とても大きな慈悲のこころで包んでくださっています。
阿弥陀如来は、救われなくても仕方なのない衆生を、「救いたい!!」という大いなる願いを立てられました。
悩み・苦しみ・やましいこころによってドロドロに濁った われら衆生の煩悩という川も、
阿弥陀如来の温かな慈悲・大いなる願いという海に流れ込んでいます。
どんなに濁っていようとも、阿弥陀の海の中に流れ込めば、たちまち清浄のこころと一味となります。


手を取り合う、仲良くする、協力する
…人間がそういうことをしようとするときは、損得勘定がつきまとう。多かれ少なかれ。
誰かが中心になる。求心力があるうちは、目標があるうちはまとまるけれど、期待通りじゃなかったり、目標を達成したり、より魅力的な人が現れたら、サッサと乗り換えてしまう。
どこで「手を取り合う、仲良くする、協力する」ということが成り立つんだろう。ヒトがしようとしてできることじゃないのかもしれない。

個性を認めあってお互いを尊重して生きていけるのは、
私がそのように思ってするのではなくて、
すでに そのはたらきの中を生かされている私であったという自覚においてなのかもしれない。

大悲大願のはたらきにおいて、われらは一味となる。
    
   
グレープフルーツジュースから いろいろと考えてしまいました。

2006年4月26日 (水)

ペルソナ(仮面)

人は誰もが“想い”を持っている。
“想い”を持った者どうしが出遇うのだから「衝突」が起こる。
「衝突」といっても、意見が合わないという意味だけでなく、手を取り合うという意味も含めて。

 真っ向から対立する
 部分的に認め合う
 すべて意見が合う
 対立してはいるけど、相手のことは認めている
 考えてることは似てるけど、相手のことは大嫌い
 自己を主張して 話し合う気すらない
 自分を殺して 相手に合わせる
 衝突から 新たな衝突が生まれることがある
 衝突から 新たな発想が生まれることもある
 目標を達成するまでの間 手を取り合うこともある
 いつまでも手を取り合えることもある


“想い”を持った者のどうしが出遇うのだから、「衝突」が起きて当たり前。
「正義と悪の対立」とか、「正義と正義だからこそ対立する」とか言うけれど、正義とか悪なんて定義付けするまでもなく、“想い”と“想い”が衝突しているということなんだなぁ。それが生きているということかもしれない。

目標が同じならば協力し、意見が合わなくなったら解消する。
それが自然の成り行きかも。
協力し合ううちに、いつまでも手を取り合えるようになることもある。
解消してベクトルが正反対を向いてしまっても、いや、正反対を向いてしまった方が引き合うということもある。

束ねられた矢だからこそ、その後も融通が利く。束ねられたままでもいいし、また別れることもできる。
完全に混ざり合ってしまったら、個が消えてしまう。混ぜ合わされたグレープフルーツは、二度とそれぞれの味には戻らない。グレープフルーツを混ぜ合わせて、一度不味くなってしまうと、その後どんなに美味しいグレープフルーツジュースを混ぜ合わせても、美味しくなることはない。
絵の具を混ぜ合わせたときも、何色も混ぜれば黒になる。黒になったら、もう戻れない。
手を取り合う、同じ方向を向く…いいことのようだけど、実は怖いことも。
間違っていると思っても、白を黒と言うヒトに、右を左と言うヒトにねってしまうことも。いや、「間違っているとは思うけど」と認識できるだけいいのかもしれない。なんの疑いも持たないヒトになってしまうかもしれない。
お手々つないで仲良くを望むということは、「衝突」を避けようとすることは、みんなが無表情の仮面をかぶるということかもしれない。

“想い”を持ったものどうしなのだから「衝突」して当たり前。だからこそ泣けるし、だからこそ笑える。表情が出てくる。
「衝突」から何が見えるか、何が生じるか、どんな表情が現われるか。
   
   
何を笑うかによって、その人の人柄がわかる
                        パニコル

2006年4月25日 (火)

サンフレッチェ(三本の矢)

毛利元就の「三本の矢」

一本では簡単に折れてしまう矢も、三本束ねると折れない。
三人の息子に力をあわせることの大切さを説いたといわれる逸話。

矢が三本合わされば、折ることは容易ではない。
しかし、より強力な力の前では いとも簡単に折れることも。
 強ければ強いほど、実はもろい面もある。
しかし、一本一本は独立したまま。いつ分裂するとも分からない。
 三本をひとつにまとめる求心力が必要。 

より合わさって作られる縄のように、矢もあざなわれたら より強くなるのかも。
数種類のグレープフルーツを混ぜて作ったジュースのように、一味になればより濃厚な味がでるかも。
    
   
なにを言いたいんだって思われてるかも…。
どうすれば強く結束できるのかということを考えているのではなくて、人間は元々はバラバラなんだなということを思うわけです。
人それぞれ自分の想いを抱えて生きている。だから、衝突して当たり前。同じ想いを抱えたものどうしは、強く結びつきそうだけど、そんなに簡単なものではない。同じ想いを抱えているからこそ、余計に反発することもある。まったく正反対の想いを抱えたものどうしが意気投合することもある。
想いを抱えたまま、束になったり、あざなわれたりする。するけれど、妥協であったり、同じ目標に向かっているから ひとつになっているにすぎない。意見が合わなくなったり、目標を達成してしまえば、いとも簡単に解消されてしまう。

ジュースのように一味になれたら。
一度混ざれば、またバラバラになることもない。
混ざってからもそれぞれが自己主張をすることはない。
 でも、訳が分からない味になる…なにをしたいのか分からなくなることはあるか。

毛利元就が三人の息子にジュースを作ってあげる絵は微笑ましいけど^^

2006年4月24日 (月)

グレープフルーツジュース

グレープフルーツを搾ってジュースをつくるとき、
一種類のグレープフルーツだけを搾っても、コクも深みもありません。
搾りたてだから それなりに美味しいけれど、なにか物足りない感じ。

種類の違うグレープフルーツや柑橘類を搾って混ぜると、甘さ・コク・深みが出て、何倍も美味しくなります。

いろいろなものが混じって、味がでる。能力を何倍にも引き出してくれる。
    
    
いろいろ混ぜすぎて 味がゴチャゴチャになって、かえって不味くなってしまうこともあるけれど…

グレープフルーツに限る話でもないのだけれど、グレープフルーツジュースが好きなものですから。

2006年4月23日 (日)

最澄と天台の国宝

昨日、上野の東京国立博物館へ「最澄と天台の国宝」を見に行きました。

混雑を予想していたのですが、そんなに人も多くなく、展示品の数・会場の広さも適度で、ゆっくり じっくりと見ることが出来ました。

仏像の数々。壁から少し離して展示してあり、背中まで見られるものもありました。
千手観音菩薩像のたくさんの手はどこから生えているんだろうと思い、背中に回ってみました。「あ~ぁ、こうなってるのかぁ!!」
仏像はたくさん見てきたけれど、そういえば背中から見ることって滅多にないなぁ。
しかも説明書きに「秘仏」と書かれたものもたくさんありました。
普段見られない仏像(生きてるうちに拝めないかもしれない仏像まで拝むことができました)を、真横から眺めたり 後ろに回ったりして、いろいろな角度から見てきました。
仏像に向かって手を合わせるおじいちゃんがいました。手を合わせずにはおれなかったのでしょうね。その姿がとても美しく見えました。

最澄直筆と言われる字など、墨で書かれた字を見ていて、その人の人柄というか、性格までも伝わってくるようでした。直筆の字って、温かいんだなぁって再認識しました。
墨で書いた字は、何百年経っても色あせないですね。

2時間ほどかけて回りましたが、あっという間でした。ワクワクして、とても楽しかったです(“楽しかった”という表現でいいのだろうか…)。
展示は5月7日までです。興味のある方、行こうかどうしようか迷っている方、行った方がいいですよ!


2006年4月22日 (土)

牡丹が咲きました♪

牡丹
西蓮寺の牡丹


003_3
長崎の伯父から、「うちの牡丹も咲いたよ」とメールが届きました。
一本の茎から16個の花が咲いたそうです。


物語

すべてに物語がある。
物語のない野球は、その日暮らしのようなもの。
  きょうは勝った、良かった。飲んじゃおうっていう。
シーズンを戦ううえにおいては、結果が出ても出なくても、
物語がなければだめなんだ。

  原 辰徳(プロ野球 ジャイアンツ監督)
         2006年4月21日 読売新聞夕刊より

つい一試合一試合だけをみて一喜一憂してしまう。
 勝って良かった 乾杯♪
 負けて腹立つ 早く忘れて明日 明日
そんな日暮らし状態では、なにも次につながらない。
 勝っても反省すべき点はいくらでもある。
 負けても褒められる点はいくらでもある。
トーナメントなら一度負けてしまえば終わりだけれど、
シーズンを戦うなら 勝っても負けても すぐに次の試合がある。
どうしてそうなったか、これは次にどう生かせるのか。
昨日から今日 今日から明日へつながる物語がある。

物語…ストーリーってことかな。
勝ちあり負けあり 山あり谷あり 喜びあり憂いあり
シーズンを戦うスポーツも、人生も同じだなぁ。
ひとつひとつの出来事が、それぞれ単発ではない。
ひとつひとつの出来事が、みんな つながっている。

人生という物語を、今 生きている。

ぼくの人生は、
ぼくの書きたい詩だった。

       ヘンリー・D・ソロー

私は、「私の人生」という物語の作者なんですね。

2006年4月21日 (金)

生まれたからには生きてやる

なぜか最近になって THE BLUE HEARTS を聞いています。
「ロクデナシ」という曲を聴いていて こころをつかまれたのが「生まれたからには生きてやる」というフレーズ。
「あぁ、いいなぁ!!」って感動しました。

歌詞カードを見ながら曲を聴く人ではないので、改めて歌詞カードを眺めて見ました。
「あれ!?」
歌詞カードには「生まれたからには生きてやる」が書いてありませんでした。
歌いながら沸いてきた想いなのかな。
だから こころに引っかかったのかな。

生まれたからには生きてやる
生まれたからには生きてやる
 誰かのサイズに合わせて 自分を変えることはない
 自分を殺すことはない ありのままでいいじゃないか

「いいなぁ」(美味しいものを食べたときのような充足感が)

THE BLUE HEARTSや尾崎豊に 周りのみんなが熱中している頃に、なぜか全然興味を示さなかったので、今頃になって曲にジックリ浸かってます。

2006年4月20日 (木)

零す(こぼす)

「こぼす」という字を変換したら、「零す」って出てきて 驚いたことがあります。
「えっ、“こぼす”って“零す”って書くの!!」
(ご存知の方にとっては「知らなかったの?」って話ですよね。すみません)

「零」って、「ゼロ」じゃないですか。

「こぼす」
…水をこぼす 愚痴をこぼす

水を零したら、器の中は空っぽ(ゼロ)になります。
なるほどなぁ、写実的な表現だなぁって感心したのです。

でも愚痴を零した場合、私の中の不平不満は空っぽ(ゼロ)にはならないなぁとも思いました。
愚痴をこぼすことによってスッキリすることもなくはないけど、
愚痴がますます膨らんでいったり、愚痴が愚痴を呼んでどんどん大きくなっていったりします。
「愚痴をこぼす」というより「愚痴があふれる」と表現したほうが当たっているような…^^;

でね、思ったのです。
愚痴をこぼしてもゼロにならないのは、零し方を間違えているんじゃないか。
愚痴をこぼすということは、愚痴がなくなるように零すのが本来の零し方ではないかって。

こういう零し方が正しいんじゃないですかって提案してるんじゃなくて、
愚痴を零したら、それ以上引きずらない。そういう覚悟で零すものなのに、いつまでも いつまでもこころの中に残っている。だから時々溢れてくる。
「零す」という字に反した生き方をしてるんだなぁって思ったのです。

「零す」と変換されて、そんなことまで考えてしまいました。

おまけ
この記事を書きながら「こぼす」を変換したら、「溢す」とも出てきました。
「溢」…「あふれる」
愚痴の場合は、「溢す」の方が言い得ているような気がしますね^^

 水を零す
  愚痴を溢す

2006年4月19日 (水)

遇う(あう)

昨日は「遭う」と「逢う」について書きました。
真宗では「遇う」という字をよく使います。真宗の読み物をよくお読みになる方はご存知かと思います。

阿弥陀如来如来、私を教えに導いてくれる先生、共に仏道を歩む仲間との出会いを「遇う」と表現します。

「遇」…意味は「偶」と同じ意味があります。偶然の「偶」ですね。偶然の出会いを「遇う」という。
偶然というと、思いがけずということですよね。私としては予期も期待もしていなかった。
驚きのある出会いです。
会うことが有り得なかったかも知れない出会いです。
もしかしたら 気付かずに通り過ぎてしまっていたかもしれない出会いです。
「遇う」には、会い難い教えや仲間に出会うことができたという驚きと感謝が込められています。

「偶然」の反対語は「必然」です。だけど、「偶然」には「必然」の意味がギュッと込められているように感じます。
私としては求めていなかったけれど、会うべくして遇った。
教えに、師に、仲間に出会うためのはたらきが 私に起こったのではないでしょうか。
私的には偶然の出会いだけれど、私のためには必然の出遇いだった。

親鸞聖人は「遇」を「たまたま」と読んでいます。
「たまたま」というと、偶然性が強く感じられます。
しかし、親鸞聖人の想いとしては「たまたま」の中に、遇い難い教えに 遇うことが出来た喜びが込められているように感じます。

雑感
最近、真宗の読み物を読んでいて、今までなら「遇う」と書いたであろうところを、「会う」と書いてあることが増えたように感じます。
「遇う」という使い方は一般的ではありませんし、分かりやすく読んでもらうことに気を遣って「会う」と書いてるのだと思います。
間違いではないし、そんな細かいこと言うなよと言われるところかもしれないけれど、
今日の記事を書きながら、「遇」の字に込められた想いを忘れてはいけないなぁと感じました。
驚きと喜びを


2006年4月18日 (火)

どうして…

「どうして 私がこんな目に遭わなくちゃいけないの!?」
なんて 思ったことはありませんか?
そういう時って、「どうして!?」としか思えないですよね。

「どうして 私がこんな目に遭わなくちゃいけないの!?」
って思うということは、自分にとってそれだけ大きな出来事だということですよね。
忘れたくても忘れられないような。

「どうして 私がこんな目に遭わなくちゃいけないの!?」
って思うことがあったとき、
私は 「この出来事は私に何を気付かせようとしているのだろう?」と考えるようにしています。
もちろん、こころが落ち着いてからですよ。「どうして!?」って時に、そんな余裕はありません。

「こんな目に遭う」
自分は関係ない、自分のせいじゃない、自分に責任はないと思ってしまうんだけど、何らかの原因・理由はあるんですよね。自分にも。
それを認められずに、いつまでも「どうして!?」って思い続けるのか、
「この出来事は私に何を気付かせようとしているのだろう?」と考えて自分の糧とするのか。
どっちがいいとか言えることではないけれど、最近後者の考え方を出来るようになってきました。

そんなとき、
自分勝手だったなぁ、自分本位だったなぁ、自己中心的だったなぁって感じるわけです。
周りが見えてなかったし、私自身が見えてなかった。
そう思えたら、少し視野が広くなる。考え方の幅も広がる。思いやりの気持ちも、ちょっとは増えるかな。
だけど、また周りが、私自身が見えなくなってしまうときが来る。その繰り返しですね。
    
   
良寛さんは、1828年(文政11年)に、「三条地震(M7.4の大震災)」に被災します。
被災したときの心境を手紙に書かれています。
「災難に逢う時節には 災難に逢うがよく候 死ぬ時節には 死ぬがよく候 
是はこれ 災難をのがるる妙法にて候」

   
初めて読んだときはびっくりしました。突飛なことを言うなぁって思いました。
台詞そのものも突飛ですが、災難に「逢う」って記しているんですよね、良寛さんは。気付かれましたか?
「遭う」じゃなくて、「逢う」です。
「遭う」は、災難や嫌な出来事に「あう」というときに使います。
「逢う」は、親しい人・愛する人に「あう」というときに使います。
良寛さんは、「災難に“逢う”」と書かれています。
地震を待ち焦がれていたわけではないでしょう。地震に「遭う」ことによって、今まで出あえなかった何かに「逢う」ことが出来たのかもしれません。今まで見えていなかった自分自身だったかもしれないし、人の優しさかもしれない。

「災い転じて福となす」とは言いますが、そうではなくて、
「災いが(転じる必要もなく)そのまま福である」という心境だったのではないでしょうか。

とても そこまでの心境には まだまだなれませんが、
「どうして!?」って出来事は、私に何かに出会わせようという はたらきなのかなとは感じられるようになりました。

2006年4月17日 (月)

人の道を踏み外してる

4月8日、大江健三郎さんのお話を聞きに行ってきました
(ちょっと時間が経ってしまいましたね。でも、書きたかったことがあるので)。
講題:戦争しないことを根本におく

若い頃のお話からされました。
お家が貧しくて、学校に行けない。そこで お世話になっているお寺の住職が、寺の学校を紹介してくれることになった。
でも そのためには得度をしなくてはいけない。住職は大江少年に尋ねます。
「仏道を歩む者として、欲を捨てられますか?」
大江少年は一晩考えます。
「私は酒もタバコも呑まないし、女にも執着はない」(会場 笑)
「でも、学校を出て仕事を始めたら、自分の仕事を褒めてもらいたいと思うだろう。褒めてほしい・認めてほしいという欲望は捨てることはできない」
次の日、大江少年が住職にその気持ちを伝えると、ご住職は驚かれました。
「…そうですか、それではこの話はなかったということで」
住職としては、形だけでも「はい、捨てられます」と言ってくれればよかったのかもしれませんが、大江少年はそれを許さなかった。人柄がにじみ出たお話です。

でも、欲望は捨てられないですよね。欲望を捨てよう、捨てたいという思いが欲望ですから。
   
   
仏道に入れなかった大江少年は、キリスト教に入信しようと思います。
家出をして、歩いて一日半かけて教会にたどり着きます。
「入信して、牧師さんになりたいのですが」
その教会では 小さい子は受け入れてないからと断られますが、大きな町の教会に電話で取り次いでくれました。町の教会の牧師さんは「その少年を電話口に出してください」と言われ、大江少年は電話に出ます。
「今思えば、これが電話でお話した最初でした」と大江さん^^

「牧師さんになりたいと言った子はあなたですか?」
「はい」
「そんな小さなうちから、人の道を踏み外してはいけません。ちゃんと学校に通いなさい」(会場 笑)
と、怒られた(?)そうです。

大江少年は、家に連れて帰されました。
町の牧師さんは、家出してきた子どもを家に帰すためにそう言われたのかもしれませんが、
「人の道を踏み外してはいけません」は本心だろぉなと思いました。

寺や教会に入ってしまうと、社会の中で生きるということから隔絶してしまいます。
すると、社会の悩みや苦しみを身をもって感じるということが出来なくなってしまいます。
そういうことがあるから、「人の道を踏み外す」と言われたように感じました。

それを聞いて、私も「人の道を踏み外してる」なぁって思いました。
今日、寺は世襲制が定着しています。世襲制の問題点も指摘されています。自発的な仏道を歩む気持ちがないとか。はい、そういう問題点はハッキリとあります。でも、そこに生まれ育ったからこそ、檀家・門徒さんからお育ていただいて今の自分があるという想いを強くもてるという面もあります。
でも、社会が見えないというマイナス面は確かにあると思うわけです。悲しい想い・つらい想いをしている人の気持ちに身を添わせることは出来ても、限界はある。誰だって限界はあるけれど、寺に生まれ育った者は、なおさらだと思うわけです。
「人の道を踏み外してる」自分を感じながら、お話を聞いてきました。
    
   
大江さんは、
「私は仏からも神からも捨てられてしまいました」と話されました(もちろん会場爆笑)。
もっとお堅い方なのかと思ってました。ユーモアたっぷりの、やさしい人柄が話し方ににじみ出ている方でした。
自分勝手なイメージで見てましたね^^;

2006年4月16日 (日)

葛藤

「太田光の私が総理大臣になったら・・・秘書田中。」という番組があります。
一度見てみたいと思ってはいるのですが、まだ見たことがないです。
まだ見たことがないのに、内容について語るのは失礼ですが、
友人が「太田さん格好よかったよ」と熱弁してくれたので、書きたくなりました。

爆笑問題…
見ない日がないほどテレビ出演されていて、
雑誌でコラムを書き、
本も多数出版されています。
それだけ沢山自分の想いを主張をする場を持っている。

太田さんは
「人を傷つける気はなくても、傷つけてしまうことがある。
自分の言いたいことが伝わらないこともある。
どうやったら自分の言いたいことが伝わるのか、いまだに分からない」
と、表現することの難しさ・怖さを語られていたとのこと。

あぁ、見たかったなぁ。
表現者が そのようなことを公に言うのって、とても勇気がいることだと思う。
でも、そういう気持ち・苦悩を持ちながらも表現せずにはおれない。
まさに表現者。
それを放送してくれたテレビ局も「やるなぁ」と思いました。

でも よく考えると、私たちの日々の言動だってそうですよね。
知らないうちに人を傷つけているかもしれない。
伝えたいことがうまく伝わらない。
どうやって伝えたらいいのかわからない。
メディアを通しているかいないかの違いだけ
(メディアを通している分だけ風当たりも強くなるけれど)。
だからといって、自己表現することを止めて生きてはいけない。

自分の発言によって傷つく人がいる(そんな気はなくても)。
自分の発言が間違って受け取られかねない(あぁ、そうじゃないのに)。
そういうことに気が付いていることが大事なことだと思う。
その葛藤を抱えながらも、伝えたい想いがある。伝えずにはいられない。
傷つく人もいるかもしれないけれど、想いを受け止めてくれる人はきっといる。

誰もが抱えているはずの葛藤なんだから。

2006年4月15日 (土)

追弔会(ついちょうえ)

昨日(4月14日)、西蓮寺にて東京5組追弔会が謹んで執り行われました。
今日 片付けの最中 法名軸をジッと眺めていました。
    
    
東京5組
…真宗大谷派の行政区です。あまり気になさらないでください。
 東京教区には1~8組まであります。西蓮寺は東京5組に属しています。
 東京5組には20のお寺が属しています。

追弔会
…東京5組内のお寺の歴代の住職・坊守・副住職・准坊守の法要です。
 年に一回、5組内のお寺持ち回りで法要を勤めます。
 だから一度会場になると、次に当番が当たるのは20年後になるわけです。

法名軸
…亡くなった方の、死亡年月日・俗名・法名を書くお軸。
 個人だけ書き込む形のもありますし、複数名書けるのもあります。
 東京5組の法名軸には只今83名の名前が記されています。

                   すみません、今日は説明だらけで。

で、法名軸をジッと眺めていて気付いたのですが、一番最初に名前が記されている方の死亡年月日が「明治25年」でした。114年前!!(かな?)ちょっとビックリしました。
当然、会ったことも見たこともありません。血縁のない方がほとんどです。
でも、そういう方の法要を勤める。いや、勤めたわけです。感動ですね。

今日、自分の両親や祖父母の法要さえも勤めない方がいらっしゃいます。
ましてや会ったことも見たこともない先祖のご法事を勤める方は少ないです。
「会ったこともない人のご法事なんて、どうしてやらなければいけないのですか?」という気持ちも分からなくはないですよ。
でも、法名軸を前にして 正座してジッと眺めていたら、
綺麗にいうならば、いのちのバトンを受けてるんだぁって思ったわけです。

前にも書いたように「法事・供養を 私がしている」と思っていたら、会ったこともない人・血縁のない人の法事を勤めようとはなかなか思えません。でも、この方々がいたから今の自分がいるんだなぁってことを感じることができたら、自然と手が合わさると思うんですよね(実際に法事を勤めるかどうかは別にして)。

そのようなことを、追弔会をお勤めした次の日、本堂の掃除をしている最中にしみじみを感じさせていただきました。
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏(-人-)

2006年4月14日 (金)

想像してみるんだよ

イメージ イメージ イメージが大切だ
中身が無くてもイメージがあればいいよ

                The Blue Hearts 「イメージ」

希望の数だけ失望は増える
それでも明日に胸は震える
「どんな事が起こるんだろう?」
想像してみるんだよ

                Mr.Children 「くるみ」


イメージは、
自分を解放するものでもあるし、
自分を枠に閉じ込めてしまうこともある。

プラス思考・マイナス思考って言い方もある。

こっちがよくて、こっちがダメとか決め付けることではない。
いろいろ考えながら生きているという事実。

イメージを持つことからすべてが始まる。
イメージ通りの世の中なんてありはしない。
イメージを破られるから、疑問をもつ・興味を持つ・想像力をもっと膨らませる。

考えること、想像することが大事。
そこから物語が生まれてくる。

2006年4月13日 (木)

イマジン

人々が平和に暮らすことを想像しよう

2001年9月11日 ニューヨーク同時多発テロが発生しました。
テロ後、ジョン・レノン夫人のオノ・ヨーコさんがニューヨーク・タイムズ紙に広告を掲載しました。
白地のページにの「イマジン」の一節だけを載せた広告でした。
“ジョン・レノン”“オノ・ヨーコ”“イマジン”など表記せず、
人々が平和に暮らすことを想像しよう
とだけ書かれていました。
名前など出さない方がより効果的で、メッセージはすべてこの一節に込められているから。

テロ後、平和・愛国心・連帯を訴える広告が多数出されました。団体や企業の名のもとに。
発信主をハッキリさせておく責任もあるけれど、それぞれの団体や企業が、それぞれの名のもとに連帯を呼びかける矛盾もある。

テロ後、ジョン・レノンの「イマジン」は業界の自主規制により、放送が控えられたと聞きます。
なぜでしょう?
国を越えて、(自分たちに危害を加えたものをも含めて)全世界が平和に暮らすことを拒んだからでしょうか。
日本でも教育基本法に「愛国心」の表記をするしないが議論されていますね(思いっきり妥協案が出てきたような気がしますが)。
愛国心」を持つということは、「自分さえよければいい」という思いと表裏一体だと思います。
自・他といった想いを越えたところで平和について考えなければ、平和を願ったつもりが更に争いを招いてしまいます。
   
   
「ジョン・レノンの『イマジン』は、想像することの大切さを私たちに訴えているよ」
…仏教青年会でそう教えられて、そういえば、テロ後にオノ・ヨーコさんが広告を出してたなと思い出しました。

「テロ後に門徒さんに、『こういうことが起きたら嫌だ』って想い続けてくださいって訴えました。
なにかしよう、なにか出来ることはないか、なにも出来ないとか考える前に、
二度とこういうことは起きてほしくないと想い続ける、その想いが大事だって言いました」
…そのように話してくれたお坊さんもいらっしゃいました。想い続けることの力の偉大さを感じました。

     念ずれば花ひらく 
                坂村 真民

2006年4月12日 (水)

イメージ(つづき)

昨日の記事で書いたとおり、イメージで物事を見ている、決め付けている自分に気付きました。
そういう想いを、三田にあるお寺の仏教青年会で発題してきました(誕生日を祝ってくれたお寺とは別のお寺の青年会。月に2ヵ寺の青年会に参加させていただいているのですが、今月はその2ヵ寺とも発題当番でした。ありがたいことです)。

夜遅くに子供を連れた親を見て、「あ~ぁ、こんな時間に子供を連れてコンビニに来ちゃだめだよ」と思うことと、 僧侶が××したら「僧侶のくせに××するなんて!!」という批判が出ることは、根っこの部分は同じだなと思いました。

世間が僧侶を見る目も、私が子を持つ親を見る目も、イメージで物事を見ているにすぎない。他者をイメージで見て、「らしさ」を求める。イメージから逸脱したときには非難の目で見てしまう。
イメージで物事を見るということは、自分勝手な固定観念を生み出す。このようなものの見方が差別を生み出す一因なのかもしれない。

 ☆イメージで物事を見ていたなぁってこと、ありませんか?
 ☆そもそも、イメージの元ってなんでしょう?

「イメージで物事を見てませんか?って発題だけど、誰だって見てるでしょ。第一印象なんて、イメージが先だよ」
…その意見を聞いて、目からウロコでした。そうですよね、誰を見るにも、何をするにも、先ずはイメージからですよね。

「かっちゃんはさぁ、“イメージ”をマイナスのものとして見ているよね。固定観念とか偏見とか先入観って意味で。
でも、“イメージ”には想像力というプラスの面もあるよ」
…そうなんですよね。“イメージ”のマイナスの面にばかりに意識が行ってしまい、想像する力・考える力という面での“イメージ”を見落としていました。イメージする力があるから、ゼロから出発しても、歩いていけるんですよね。

「“イメージ”は自分を変える力を持っています。人間は“イメージ”を駆使して生きている生き物なんです。
持論ですが、戦争はなくせないと思っていました。でも今日の発題によって、平和な世界をみんなが想像すれば、みんなが戦争をなくそうと想えば、戦争はなくなるかもしれないと思いました。
“イメージ”には、人間を幸せにする力が込められています」
…その方は、私が“イメージ”と表現したものを、“物語(ファンタジー)”と表現され続けてきました。
人間には物語があり、その物語が生きる力となる。それなのに、現代ではその物語が希薄になっている。
物語(ファンタジー)の話、今まで何度も聞いてきたことなのに、初めて自分の中にスッと入ってきたような気がしました。
   
   
想像し、創造する。イメージする力が生きる力となる。
良くも悪くもイメージしてしまう私だけれど、なにごともイメージから始まる。
いろいろなこと、イメージしてみていいんだ。そこが出発点なのだから。

自分ひとりで考えていると、自分の考えの中に閉じこもってしまう。
自分の考えだけが正しくて、自分が正義で、他者が見えなくなってしまう。
発題することによって、視野狭窄になっていた自分に気づかされました。

2006年4月11日 (火)

イメージ

後輩(お寺の子 まだ学生さん)が言いました。
「メディアは、坊さんが事件や問題を起こすと『僧侶という立場でありながら、このような事件を犯すとは僧侶失格である』って取り上げるじゃないですか。僧侶だとなぜ このような取り上げられ方をするんでしょうね。僧侶って、どうあるべきなんでしょうね」

「坊さんは悪さをしないってイメージでもあるんじゃない? 言いたい人には言わせておけばいいじゃない。 自分がどうあるべきかをしっかり持ってれば」(つれない返事でした。ごめんね)
   
    
そんな会話をして後輩と別れた後、コンビニに立ち寄りました。日付が変わろうとしている時間でした。
コンビニには、幼稚園ぐらいのお子さん2人連れたお母さんがいました。
その光景を見て「あ~ぁ、こんな時間に子供を連れてコンビニに来ちゃだめだよ」と思いました。
そう思った瞬間、後輩の話が思い起こされました。

「そうか、イメージで物事を見てるなぁ。“僧侶はこうあるべき” “子を持つ親はこうあるべき”って。
今自分が子連れの母親を見た目も、メディアが僧侶を取り上げる目も質は同じだなぁ。
自分の中で勝手にイメージを作り上げて、それに合うと良しとして、それから外れるとダメとする」
そんな自分に気付かされました。

日付が変わろうとしている時間にコンビニに行く私自身だって、よく考えると「あなた なにやってんの!?」って話なんですよね。
自分が見えていませんでした。

2006年4月10日 (月)

強がっていた私

今が最善

時が解決してくれる

今のままでいいんだよ

ありのままを受け入れる

人はひとりでは生きていない

人生に無駄なことはなにもない
     
     
今までの記事を眺めて、ことばを集めてみました。
記事を書いているときの自分の心境を思い返していました。
「そういえば、この時には あんなことがあったんだなぁ」なんて思いながら。

ことば だけを抜き出してしまうと、とても冷たいというか、無責任な感じさえしてしまいますね。
でも、逃げたい気持ちを抑えるための強がりの ことば だったり、
こころが落ち着いてきたからこそ書ける ことば だったりします。
     
ことば が、人に力を与えることもあれば、人を傷つけることもある。
 力を与えることば と 人を傷つけることば があるわけではなくて。 
ことば を感じ取るのは、私自身なんだなぁ。

つらいことがあって、立ち直って、元気になって。
いつまでも元気でいられたらと思うんだけど、
また なにかあって、気持ちが沈んで。そんなことの繰り返し。

でもその度に
 ことばにこころ支えられてきた
 人のぬくもりを感じてきた

つらさの渦中にいるとき、なにも見えない、聞こえない、感じない状態になるときがある。
だけど、
ことばの、人のこころを支える力が弱くなったり、
人のぬくもりの温度が下がってしまったりするわけではないんだなぁ。

いや、
つらさの渦中にいるとき、
ことば は私を支え、
人は私をやさしく包んでくれている。
そのことが見えない、聞こえない、感じなくなる私がいるのかな。

2006年4月 9日 (日)

こころに はなを咲かせたい

こころにはなを咲かせたい


昨年咲いたチューリップの球根を植え替えたのですが、今年も咲いてくれました。
とてもうれしいです^^

2006年4月 8日 (土)

4月8日

4月8日はお釈迦さまの誕生日です。

誕生日というと、今生きている人が年を積み重ねたことをお祝いする。
亡くなられた人の誕生日をお祝いすることって ないなぁ、と思いました。

生命の誕生って、神秘的で、不思議で、有り難い出来事。
誕生日…年を重ねたことを祝う日というよりも、生まれたという事実に感謝する日なのでは。

そう思うと、何歳だろうが、生きている人であろうが亡くなった人であろうが、関係ない。
 生まれたから、今の私がいる。
 生まれたから、今生きている。
 亡くなったのは、生まれたから。

で、生まれるという事実を見つめると、私一人のことではないことが よ~く分かる。
 人はひとりでは生まれてこない。
 人はひとりでは生きられない。
 人はひとりでは生きていない。

お釈迦様の誕生を祝っているつもりが、お釈迦さまから祝われていた。
誕生の有り難さに目を向ける。そんな大切なプレゼントをいただいていました。
お釈迦さまのお誕生日。そんなことを想いました。


余談
4月8日は坊守(母)の誕生日でもあります。
坊守は言います。「私のために大勢の方がお祝いしてくれてうれしいわ♪」

2006年4月 7日 (金)

助六(すけろく)

烏山花まつりの昼食に 助六寿司が用意されていました。

私が食べた後で、よそのお寺さん(私よりひと回り若い)が来たので、
「お昼、お先にいただきました。おいしい助六だったよ♪」と言ったら、
「え? 助六ってなんすか?」
「(え? もしかして通じない!?) えっと、説明するより見てごらんよ」
 ビリビリッ(折りの包み紙を破る音)
 パカッ(折りのフタを開ける音)
「ああっ、これですか! これ助六って言うんすか!」
「うん…。まぁ食べて食べて」

助六寿司…おいなりさんとカンピョウ巻きを詰め合わせたお寿司
もしかして、知らない人って多いのかなぁ?

でも、どうして おいなりさんとカンピョウ巻きの詰め合わせを「助六」って言うんだろう?
そういう疑問が湧いてきて、夜中に調べてしまいました。

「助六」は歌舞伎の登場人物で、その愛人(吉原の花魁)の名を「揚巻(あげまき)」と言ったとのこと(“あげまき”ってスゴイ名前ですね)。

「揚巻」
…「揚げ」と「巻き」
…「おいなりさん(油揚げにご飯を詰めてるから)」と「巻き寿司」


なるほどぉ。じゃぁ、カンピョウ巻きじゃなくてもいいのかぁ。カンピョウ巻きだけかと思ってた。
名前の由来は納得。
でも、それなら「助六」じゃなくて「揚巻」って名前にすればよかったのに。なぜ「助六」なんだろう。
ストレートに出さない、慎みかもしれないですね。


余談:学生時代 行きつけの定食屋での話。
お店の壁に“キムタク定食”って紙が貼ってあったので、ご主人に
「キムタク定食ってなに?」と尋ねたら、
「豚キムチに、タクアンも一緒に入れて炒めてみました。だから、キムタク^^」と笑顔で答えていただきました。
笑顔で答えられてしまっては他のものを頼むわけにもいかず、キムタク定食を頼んでしまいました。
まずくはなかったけど、一緒に炒めないほうがいいとは思いました。豚キムチに、タクアンを添えたほうが自然では…。
とてもご主人には言えませんでしたが^^;

2006年4月 6日 (木)

烏山仏教会 花まつり2006

昨日(5日)は、烏山寺町の花まつりでした。
残念ながら、雨の中での花まつりとなりました。

「雨かぁ。(寺院連合会)会長の行いが悪いからだねぇ」なんてみんなで会長のせいにしてました。

なにか大切なイベントがあるとき、晴れることを願います。
でも、どんなに行いを正しても雨は降るときには降るし、どんなに行いが悪くたって晴れるときには晴れます。
当たり前のことなんですよね。素行の良し悪しと 天気には何の関係もありません。
そんなこと 分かっている。分かっているんだけど、
晴れてほしい日の数日前から行いを正してみたり、
雨が降ったら、反省してみたり 誰かのせいにしてみたり(会長、すみません)。

大切な日には晴れてほしい。水不足になれば、雨よ降れ降れ。
う~ん、勝手ですねぇ。

稚児行列は出来ませんでしたが、
会場の存明寺さんで写真撮影・法要・余興と、無事花まつりを開催することが出来ました。
お稚児さんと付き添いのおじいちゃんおばあちゃん、お父さんお母さん、ご苦労様でした。
いい思い出になりましたか?
お手伝いしてくださった皆さん、ありがとうございます。おかげさまで、雨の中でも花まつりをお勤めすることができました。

お釈迦さまがお生まれになってから2500年以上経ちます。
今もなお お誕生日をお祝いされる。
お釈迦さまの誕生を祝うだけのお祭りではなく、生を受けた者みんなに対するお祝いのお祭りのような気がします。
年や国を越えた いのちのつながりを感じました。
     
      
去年の花まつりです

2006年4月 5日 (水)

塵をはらい、垢をのぞく

昨日の掃除の話で、お釈迦さまのお弟子さんのことを思い出しました。
お弟子さんの名前は、周梨槃陀伽(しゅりはんだか)と言います。

周梨槃陀伽はとても物覚えの悪い人でした。自分の名前すら覚えられなかったらしいです。
お兄さんはとても優秀な方で、お釈迦さまの弟子となり、立派に修行をされていました。
周梨槃陀伽はお兄さんの後について、お釈迦さまの弟子になりました。
しかし、物覚えの悪い周梨槃陀伽は、修行もできません。
そのうち、支えてくれていたお兄さんから、「お前がここにいては、みんなに迷惑をかけてしまう。家に帰って、両親の面倒を見てくれないか」と言われてしまいます。
みんなに迷惑をかけているのは分かっている。だけど、大好きなお釈迦さまや兄から離れたくはない。
そんな想いを、周梨槃陀伽はお釈迦さまに泣きながら話します。

お釈迦さまは言います。
「物覚えが悪いからといって、お前は愚かな者ではない。自分の弱い面を知っている者こそ、本当の智者である。
周梨槃陀伽よ、ここに一本のホウキがある。『塵をはらい、垢をのぞく』と言いながら、掃除を続けなさい。
お前はここから去る必要はない」

周梨槃陀伽はお釈迦さまに言われたとおり、掃除を始めます。
「ちりを…、なんだっけ?」

掃除をする周梨槃陀伽の姿を見て、口の悪いお弟子さんは言います。
「お釈迦さまは周梨槃陀伽を追い出すわけにもいかないから、掃除をすることで そばに置いてあげようとしたのだろう。お釈迦さまは優しい方だなぁ」

周梨槃陀伽はお釈迦さまに言われたとおり、掃除を続けます。
「ちりをはらい… ちりをはらい…」

来る日も来る日も掃除を続ける周梨槃陀伽の姿は、ほかのお弟子さんたちに輝いて映りはじめました。

掃除を続けるうちに、周梨槃陀伽は ふと あることを想いました。
「毎日これだけキレイに掃除をしているのに、塵や汚れはいつまでも無くならないなぁ。きれいにしてもきれいにしても、次から次へと塵が出てくる。
なんだか、私の欲の心に似ているなぁ。修行してキレイな心になったつもりでも、いつまでも欲の心は噴き出してくる。それは、私が愚か者で、修行が足りないからだと思っていたけれど、そうではないのではないか。欲の心や煩悩というのは、この塵のように、いつまでもいつまでも出続けるものなのではないだろうか。
そういう人間の本質に気付かせるために、お釈迦さまは私に掃除をさせたのではないだろうか。
塵をはらい、垢をのぞく。塵をはらい、垢をのぞく」

物覚えが悪く、馬鹿にされ続けてきた周梨槃陀伽ですが、お釈迦さまの教えをうけ、人間の本当の姿を自ら感じ取りました。
もう誰も周梨槃陀伽を馬鹿にしたりしませんでした。
 
  
掃き掃除をしていると、周梨槃陀伽の姿を思い起こします。
   
      
(おまけのエピソード)    
周梨槃陀伽が亡くなられて埋葬された土から、ある植物が生えてきました。なんだと思いますか?
ミョウガです。
ミョウガは漢字で「茗荷」と書きます。
「名(前)、何?」に、植物を表わす草冠をつけて、「茗荷」。
だから「茗荷を食べ過ぎると物忘れがひどくなる」なんてことが言われるんですね^^

2006年4月 4日 (火)

雑巾がけ

昨日は風が強かったですね。台風並みだって。
そんなんで今日は廊下の水ぶきです。

バケツに水を汲んで、雑巾を入れて、そして雑巾を固く絞らないのがポイント。もうひと絞りできそうなぐらいの水を含ませておきます。なぜなら、廊下がフローリングではなく木だから。雑巾が含んでいる水も、あっという間に廊下の木が吸ってしまいます。固く絞った雑巾で水ぶきしても、全然きれいになりません。
で、水ぶきしていると、木の芳しい匂いがしてきます。この匂い、森林浴です^^

水を吸い、木の匂いを発する。
伐採されて、廊下になってから何十年と経つのに、まだまだ生きているんです。
水ぶきをするとき、いつも感動してしまいます。「いのちだなぁ」って。
フローリングや、しっかりコーティングをしてしまった廊下では、水も吸わないし、匂いもしません。
「いのちだなぁ」って感動することもないでしょう。

この感動を味わいたい方は、ご連絡ください。
今ならもれなく掃除が出来ます(って、掃除してもらいたいだけじゃない?)。
     
(おまけ)     
水ぶきとか、掃き掃除って、体にいいですよ。
ちょっと体重が気になる方も、無理なく痩せられます。
私が大学から寺に戻って、毎日掃除をしていたら、3か月で10kg以上痩せました(もともと太っていたという言い方もできますが)。
それから10年以上経ちますが、体重は維持されてます。
必要以上には痩せませんが、その人にふさわしい体重にはなりますね。
この感動を味わいたい方は…(結局それが言いたかったのかい!!)

2006年4月 3日 (月)

知らないということの哀しみ

昨晩、東上野にある大谷派のお寺の仏教青年会に参加しました。
昨日は、私が発題の当番でした。
発題の内容を書きますね。
        

発題: 知らないということの哀しみ
大谷派の研修会で、ハンセン病に対する誤解が生んだ差別について学んだ際、参加者から「知らなければいけないのですか?」という発言があったと聞きました。
差別の事実を知っていても知らなくても、問題に取り組んでも取り組まなくても、現実に差別は起きている。ハンセン病に限らず。
  どれだけの差別が起きていることだろう。
  どれだけの差別を、私自身が起こしていることだろう。
  どれだけ無明な私なのだろう。
差別について知るべきである、問題に取り組むべきであると押し付けることではないが、「知らなければいけないのですか?」という発言が出る体質が哀しすぎる。

何もしなくてもいい。そこに苦しんでいる人がいることを知るだけでいいのです。
                            マザー・テレサ

発題をもとに、参加者が自分の思うところを語り合います(しゃべり場みたいな感じ。だけど、人の意見をつぶすようなことはない)。
発題が疑問・質問の形をとっていなかったので(単に想いを述べてしまいました)、話をふくらませていくのが難しくなってしまいましたが、参加された方は、みんなそれぞれの想いを語ってくれました。

みんなが語り合っていく中で出てきたことば…
(差別問題を)知って苦しんだ方が心穏やかなのか。
知らないで苦しまない方が心穏やかなのか。

現実に起きている差別を知り、それについて心悩ます。
どのような差別が起こっているかを知らなければ、それについて心悩ますこともない。
後者の方が、心穏やかに暮らせそうだけど、実はそうではないのではないか。
知って、悩み苦しむ。そういうことを通さないと、心は穏やかにならない。
このような意見が出てきました。うれしかったです。発題をして、よかったなぁと思いました。

まず知ること、そして悩むことが大事です。
問題は、知らないことです。
   
                         森 達也

2006年4月 2日 (日)

お誕生日


とても とても 私事ですが、4月2日が誕生日なんです。

仏教青年会に行ったら、誕生日ケーキを用意してくれてました。
しかも「HAPPY BIRTH DAY かっちやん」って。
うれしくて泣いちゃいそうでした(T_T)
みんなに感謝の35歳です。ありがとうございます。

2006年4月 1日 (土)

2006年4月のことば

Pict0304
四季があるように
人生の節目で 人はまた こころをあらたにする

春 桜が心を和ませる。新しい出会いが私を待っている。
夏 暑い陽射しが私を照りつける。生きている躍動感を感じさせる。
秋 落ち葉が舞い散る。感傷的な気持ちにさせる。
冬 身をさす寒さ。春への期待が耐え忍ぶ強さとなる。

四季それぞれ雰囲気がある。一年経つと また元に戻るのに、なにかが違う。年々新た。
生老病死も、人生の節目。
生もあれば、死もあって・・・。いや、生があるからこそ死がある。死があるからこそ、生が輝く。

一生の中にも節目がある。
一年の中にも節目がある。
一日の中にも節目がある。

節目は、四季の移り変わりや行事、生と死だけとは限らない。
日々の私の感情。
喜び・安心・楽しみ・・・
迷い・悩み・不安・苦しみ・・・
こころが落ち着いているときって、滅多にない。でも、こころが落ち着いているときだって、こころは動いている。こころの移り変わりという節目を、常に私は生きている。
楽しいときに、「なぜこんなに楽しいんだろう」とはあまり思わないけれど、苦しいときは、「どうして私だけこんな目に遭わなければいけないんだ」という想いが私を支配する。
物事には時期があるんだと思う。今、私の身に起こる苦しい出来事は、苦しさを体験する時期だから。楽しいときは、楽しさを享受する時期なのだろう。
人生にはプラスとマイナスがある。どちらかが多いわけではない。後で振り返ると、ちゃんとバランスが取れている。単に半々というわけではない。マイナスがプラスを生み、プラスがあるからマイナスを感じる。
もし、世界に喜びしかなかったら、勇敢になるとか、忍耐強くなるとか、学ぶことは決してなかったでしょう
     (ヘレン・ケラー)

つらいことや哀しいことを経験すると、人に対する思いやりの気持ちが芽生えるという。確かにそういうことってあると思う。だけどそれって、つらさ哀しさを経験しなければ人が見えないということの裏返し。味わうべくして、経験しているのかもしれない。時期を与えられているのかもしれない。
苦しい出来事に直面するたびに、人生をリセットしていては、前へは進めない。
リセットするということは、
 積み重ねてきた節目を無かったことにするということ。
 経験したことを忘れてしまうということ。
 人に対する思いやりのこころをも失うということ。
 自分自身に対する思いやりも含めて。
だから、リセットしても、また同じ過ちを繰り返すことでしょう。

節目を重ねていくなかで、人は生きるヒントをつかんでいるのかもしれない。こころの動きひとつひとつが節目となる。感じるこころが感情を養い、私を成長させる。

同じような日々の繰り返し・・・
なにも変わらない私・・・
そんな気がしていたけれど、節目を重ね、私は成長している。人との出会いに支えられながら。

春、新しい歩みが始まる季節。人生にも季節と同じように節目があって、節目を重ねて、人は大きくなっていく。


(付記)
今月の掲示板のことば「四季があるように 人生の節目で人はまたこころをあらたにする」は、ブログで知り合った方のことばです。  
「苦しいことにも楽しいことにも訪れる時期がある」そんなことを考えていたときに ことばに出会い、表現したいことを言い当てられているように感じました。
すぐにメールをして、ことば引用の了解をいただきました。ありがとうございます。

« 2006年3月 | トップページ | 2006年5月 »

フォト
2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ