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2006年2月16日 (木)

人生は橋

人生は橋。
渡ることはできるが、
その上に家を建てることは出来ない。

                 インドのことわざ

橋は渡るものであり、とどまる所ではない。
橋の下の景色を眺めるために足を止めることはあるけれど、そこに滞在することはない。そこにずっといるわけにもいかない。
人生は歩み続けるもの。ふと歩みを止めて休んだり、後ろを振り返ることはあっても、いつまでも同じ場所に立っているわけにはいかない。

インドの時間の流れをゆっくりだと感じ、日本の時間の流れをあわただしく感じる。インドに旅行した人の感想としてよく聞かれます。
しかし、このような諺が生まれるということは、やはりインドも時は流れているということ(当然だけど)。
ただ、時の流れの捉え方が違うのだと思う。
日本人、時の流れを早く感じる人にとっての橋の長さは「自分の一生分」程度。
インド人にとっての橋の長さは「はるか昔(生命の誕生)から、永遠の未来まで」ではないだろうか。
日本人でもインド人でも、人ひとりが生きる長さはそんなに変わるものではない。
けれど、自分のいのちの中に、
「自分ひとり」しか見えてないのと、
「連綿と続く いのち」の中を、今たまたま私が生かされていると想うのでは、
感じる時の流れ、空気、雰囲気もまるで違うのではないだろうか。
橋の長さが違うというよりも、橋の幅が違うのかもしれませんね。
「自分ひとり」しか見えていない橋は、幅が狭くて細い。心細く、淋しい。つい立ち止まり、歩みを止めてしまう(家を建ててしまう)。
「連綿と続く いのち」という橋の幅は広くしっかりしている。私だけのいのちではないという自覚。私に受け継がれたいのちは、私を通して、次のいのちにつながっていく。立ち止まってはいられない(家を建てることは出来ない)。

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