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2006年1月

2006年1月29日 (日)

わたしは傷を持っている

わたしは傷を持っている
でもその傷のところから
あなたのやさしさがしみてくる

                 星野富弘

やさしさがしみてくるのは、傷があるからこそ
やさしくされる人だけでなく、やさしさの主こそ傷ついている。
傷があるから、人が見える。

「私は傷をもっている」という自覚は、
視界が開けるということ。
周りが見えるということ。
自分自身が見えるということ。
    
    
「鬼」と聞いて どんな想像をされますか?
怖いというイメージで語られることが多い「鬼」
(昔話では愛嬌がある存在として語られることも多々ありますが)。
厳しい人や環境や状況を「鬼のような」と形容することもあります。
怖い・厳しいものとして「鬼」が語られる。
でも、ある時ふと想ったのです。鬼の厳しさの背景には、どんなにつらいことがあったのだろうかって。
鬼の厳しさというものは、自身がつらさ哀しさを経験しなければ生まれてこないのではないか。
どれだけの傷が、その心身に刻まれているのだろう。
傷を受けたから他に対して厳しいということではなくて、傷があるからこそ他に対する厳しさを持ち続けられる。
厳しさとは反対に、愛嬌をもった存在として語られる鬼にだって、その背景にはどんな出来事があったのだろう。傷のない心身で他に愛嬌を振りまくことは、厳しさを保つこと以上に難しい気がする。
厳しい存在であるにしろ、愛嬌のある存在であるにしろ、その背景には想像を絶する物語が込められているのではないだろうか。

身の回りの、厳しくて嫌な奴 笑顔の素敵なあの人…その背景には、なにがあったのだろう。  

厳しさはやさしさの裏返し
愛嬌は哀しみの裏返し 
   
わたしは傷を持っている
でもその傷のところから
あなたのやさしさがしみてくる

やさしくされる人にも、する人にも傷がある。
傷がなかったら、やさしさの関係は生まれない。
傷があるからこそ、やさしさがにじみ出てくる。しみこんでくる。

2006年1月26日 (木)

傷ついたのは…

傷ついたのは、生きたからである。
                     高見 順

人と接するということは、
 誰かに傷つけられることでもあるし、
 誰かを傷つけてしまうことでもある。

誰かに傷つけられる
 こころの傷は、簡単に癒えるものじゃない。

誰かを傷つける
 意図的に傷つける人もいるかもしれないけど、
 自分でも気付かないうちに人を傷つけていることがある。
 いや、そっちのほうが遥かに多い。
 他人の刃には敏感でも、自分が持っている刃には鈍感なもの。
 
誰かに傷つけられ、誰かを傷つけ、それが怖いからと人と接することを遠ざける。
しかし、ひとりぼっちという孤独が私を傷つける。

私を傷つけるのが人ならば、
私を助けるのも人。

「傷つける」と「助ける」
「傷つける」人ばかりでもないし、「助ける」人ばかりでもない。
「傷つける」があるから「助ける」が成り立ち、
「助ける」があるから「傷つける」が生まれる。
矛盾するものが、必然として存在する。

「キズ」という響きが、つらさ哀しさを連想させる。

自分を奮い立たせる ことば や音楽。
自分を省みた想い。
それらを“胸に刻む”。

感動的な景色や場面。
それらを“目に焼き付ける”。

刻んだり、焼いたり…ことば を変えれば“傷”ということ。

つらさ 哀しさだけじゃない、自分の身に起こるすべての出来事が“傷”として私に刻み込まれていく。
傷ついたのは、生きているから。

2006年1月25日 (水)

傷つけないやさしさなんて…

傷つけないやさしさなんて偽物じゃないやろか
                     森 毅

真実を知るということは、苦しむということなのかもしれない。

大切な人を 苦しめたくないから嘘をつく。
嘘は嘘を呼び、雪だるま式に大きくなっていく。
大きくなった“嘘”という雪だるまは融けることなく、本来進むべき険しい道をふさいでしまう。
大切な人は、きれいに舗装された道を進んでいく。本来進むべきはずのない道を。
どんどん どんどん進んでいく。
なんの変化もない道は、視覚を奪い、思考を奪う。
人生という景色を眺めることもなく。
生きていると言う実感を味わうこともなく。
次第に、あなたのことも忘れて行ってしまうだろう。
いつか障害にぶち当たった時、大切な人は、その障害を乗り越えられるだろうか。
それともまた きれいに舗装された道をさがすのだろうか。

      
真実を知らせるべき時がある。
いや、わざわざ知らせなくても、自然と身につけていくはずなのだ。
生きるということは、苦難の連続であるということを。
人は老い、病気になり、いつか死ぬ。
“苦難”といったけれど、“必然”なこと。
すでに用意されていた道なのかもしれない。

やさしさ…相手のことを慕ってのこと。
その“やさしさ”によって、大切な人は
 きれいに舗装された道を歩んでしまうのか、
 すでに用意されていた道を進めるのか。

傷つけないやさしさ…誰を傷つけないのか。
“大切な人”かと思ったけれど、この私自身のことかもしれない。
自分が傷つくことなくやさしくしても・・・
 いや、自分が傷つくのが嫌だからやさしくするのか。
「人の為と書いたら、“偽”という字になりました」
自分を傷つけないやさしさなんて偽物じゃないやろか。

2006年1月24日 (火)

傷つけられるのは…

人間は起こることによって傷つけられる以上に、
 起こることに対する意見によって傷つけられる

                   モンテーニュ

傷つく時って、ある出来事が起きて、その出来事によって傷つくものと思っていた。
だけど、出来事そのもので傷つくことってないのかもしれない。ショックは受けるけれど。
身の回りになにか起これば、それについていろいろな声が聞こえてくる。
同情もあれば、非難もある。無関心という反応だってある。
出来事そのものに傷つけられるのではなくて、それぞれの意見によって傷を負うのかもしれない。

励ましてくれる意見もあるけれど、傷つく意見の方が より深く こころに刻まれてしまう。

励まそうと思って声をかけてくれる人がいても、それが余計にツライ時もある。「がんばれ!!」がそうかな。
非難されれば、いい気はしない。それが自分の目を覚まそうとしてくれている声だとしても。
無関心…実は一番キツイかもしれない。「誰にも干渉されたくない」なんて口では言うけれど、本当に誰からも干渉されなくなることほど怖いことはない。

人間は
起こることによって傷つけられる以上に、
起こることに対する意見によって傷つけられる。

でも、
だからといって、傷つけた意見の主を恨んでもいけない。恨みたくもなるけれど。

吾人は他人の為に苦しめらるるものにあらず
                        清沢 満之

起こることに対する意見によって傷つけられ、苦しめられているように感じてしまうけど、私が苦しむのは、私の“想い”による。
もし私が傷ついたのなら、それは、その意見が正しいから。的を射ているからこそ、腹も立ち、傷つき、苦しむ。それならば、反省し、自分の身を正さなければいけない。
もしその意見がまったく的はずれならば、傷つくことも苦しむこともない。そんな意見を述べた相手を哀れんでおやりなさい。決して怒るべきではありません。そんなことで怒り苦しんでしまうということは、それは他人によって苦しめられるのではなく、私が私を苦しめているのですよ、と教えてくださっています。


怒りにまかせてしまって、励まそうとしてくれている想いや、目を覚まそうとしてくれている気持ちが見えなくなってはいないだろうか。

2006年1月22日 (日)

つもった雪

  つもった雪 金子みすゞ
上の雪
さむかろな。
つめたい月がさしていて。

下の雪
重かろな。
何百人ものせていて。

中の雪
さみしかろな。
空も地面もみえないで。

    
昨日、東京にしては かなり雪が積もりました。
でも、東京の積雪程度では「上の雪・下の雪・中の雪」って発想は出てこないと思うのです。
実際に雪の壁を目にして生まれた詩のような気がします。それともイメージで書いた詩なのでしょうか。
金子みすゞさんは、山口県の生まれです。山口県はどの程度の雪が降るのでしょうか。

雪が積もると、自分の家のことだけで精一杯だと思うのです。
家は壊れないか。暖はとれるか。食料はあるか。道は通れるか。
でも、そんな中でも「さむかろな」「重かろな」「さみしかろな」と、他を想う気持ちが出てくる。
実際に雪の壁を目にしていたのか、イメージなのかは、分かりません。でも、どんな状況であっても、他を想う気持ちがなく生まれてくる詩とは思えませんでした。
金子みすゞさんの生涯は、自分のことだけで精一杯だったように感じます(誰しも自分のことで精一杯だとは思いますが)。それなのに、「さむかろな」「重かろな」「さみしかろな」って。
実際になにか出来るわけではないかもしれない。だけど、「さむかろな」「重かろな」「さみしかろな」ってことに、こころが届く。
優しさが伝わってきました。
   
        
金子みすゞさんの「つもった雪」。昨年の暮れ、ブログのコメントでこの詩を教えていただいてから、お気に入りです。
でも、本棚にある詩集を読み返したら、「つもった雪」が載ってました。詩集を読んでいる時は、気にもならなかったのでしょうね。しかし、今、この詩が私に響いてきた。詩と、こころの中で模索していたなにかが引っかかったから。
つらいことがあったり、なにか悩んでいたり、なにかに興味を持ったり、深く考えることがあった時、こころに響いてくるものがあります。普段交わしている会話、読み流している本、見過ごしていることば、なにげなく眺めている景色の中に。
いつもと同じことばや景色なのに、ある日突然、こころにとまる。自分を動かす力になる。
日々の出会いを大切にしたいですね。

2006年1月21日 (土)

鐘の声

東京は、この冬初の積雪です。
朝から雪かきをしていたのですが、腰を痛めてしまいました。軟弱です。
雪がシンシンと降る中に身を置いていると、シーンとした音(“音”と表現していいのでしょうか)の空間にポツンと取り残された感覚に襲われます。

  PICT0174


  PICT0176

山寺や雪の底なる鐘の声
                    小林 一茶

一茶は雪の中、どんな音を聴いたのでしょう。
鐘の“音”ではなく、鐘の“声”と詠っています。
雪がシンシンと降る中、鳴り響く山寺の鐘。
鐘の音となにか会話を交わしたのでしょうか。

2006年1月17日 (火)

自己を斬る刃

他を批判する刃が自己を斬らないような批判は、批判の名に値しない。
真の批判は、批判されるものを、批判するものが我とする。

                       和田 稠「真宗を生きる」

和田先生が亡くなられて、あらためて本を読み返しています。
自分の今の姿を見透かされているような文言が次から次へと突き刺さってきます。

他を批判する刃が自己を斬らないような批判は、批判の名に値しない
「批判」って簡単なんですよ。「批判されるもの」に乗っかってしまえばいいのですから。
「批判するもの」は、批判することによって、正しいものをぶつけた気になってしまうけれど、結局は批判している自分に酔っているだけ。
自分の主張をしているようでいて、「批判されるもの」が主張していることを否定する形でしか自分の言いたいことを言い表せない。なにもない所で自分の主張をして、自分が「批判」されるのが怖いから。
周りで見ている者も、「批判するもの」が出てくると、なんだかワクワクしてしまう野次馬状態。自分が批判されるのは嫌だけど、誰かが批判されるのは、冷静に眺めていられる。
和田先生は、そういうものは本当の「批判」ではない、と。

真の批判は、批判されるものを、批判するものが我とする。
「批判するもの」が、「批判されるもの」こそ私なのだという眼を持ってこそ、真の批判である。
自分の考え方とは違う人間だと見下してものを言うのが「批判」ではない。自分が相手を批判することを通して、自分自身の考え方を見つめなおしてこそ「批判」と言えるのであると。

相手を斬るための「批判」ではない、自分自身を斬りつける“慙愧(ざんき…自身を恥じること)”の心があって初めて「批判」と言える。

「それだけの覚悟があって、もの申しているのか!!」
本を読み返していて、そんな声が聞こえてきました。

2006年1月12日 (木)

朝には紅顔ありて 夕べには白骨となれる身なり

2006年1月1日、和田稠先生が浄土へ還られました。

ご法話の前に拝読する「三帰依文」。
和田先生が拝読される「三帰依文」がとても好きでした。
「無上甚深・・・微妙の法は・・・百千万劫にも・・・遭遇うこと難し・・・我いま見聞し・・・受持することを・・・得たり・・・願わくは・・・如来の・・・真実義を・・・解し・・・たてまつらん・・・」
ご法話の講師として全国を周られていた先生。当然、何度も「三帰依文」は読まれている。それでも、読むたびに確かめながら、味わいながら、自分の身に尋ねられながら、いただいている。
その姿を見るのが好きでした。その姿を、直に見ることはもうできません。

最後にお会いしたのは、2004年9月13・14日の学習会。
先生88歳。東京で続けてきた学習会でしたが、先生の体調を考えて地元の石川県で開かれました。
話し初めは、体調が優れないのなかと思ってしまうような感じなのだけど、話しているうちに、どんどん声が大きくなり、艶が出て、元気が出てくる。その声に、姿に、聴衆は引き込まれいく。進行係が休憩を入れない限り、話は続く。どんどん溢れてくる。どんなに語っても、語りつくせないのだと思う。自分の人生の限り、メッセージを伝えようとされていた。

昨年11月7・8日、横須賀のお寺の報恩講に先生のお話を聞きにいくことになっていた。
が、私は風邪をひいてダウン。無理して行けないこともなかったが、先生にうつしてはいけないと気を遣ってしまった。
先生の体調が優れないのは聞いていた。それなのに先生は石川から横須賀まで出てこられたのに。聞くところによると、横須賀のお寺に来る前日、高山のお寺でお話をされていたとのこと。「あぁ、私はなにをやってんだか」。
こころのどこかで「またお話を聞く機会があるさ」なんて思っていた。先生の体調が優れないと聞いていたのに。

しかし、先生の訃報を聞いて湧いてきた感情は、お話を聞き逃した後悔ではなかった。
先生の姿が脳裏に浮かんできた。
「あなたたち、真宗門徒として生きているといえますか?」。優しい語りで、厳しい内容。
何があっても、誰から誹謗中傷されようとブレることのない信念。
あの細い体から満ち溢れるパワーは、「私は悟った」と自己完結してしまった人からは出てこない。「私は迷っている」と告白しているからこそ出てくるもの。
一生迷い、一生親鸞聖人のあとを追いかけていった先生。
波の満ち引きのようにブレまくっている私のこころに一本の太い杭が打たれた気がした。
「このまま行きなさい!!」
訃報を聞いて、そんな声が聞こえてきた。
和田先生、ありがとうございます。
                南無阿弥陀仏

(付記)
和田 稠(しげし)先生
 1916年 石川県生まれ
 真宗大谷派 浄泉寺 前住職

2006年1月10日 (火)

信じるということ

昨日、フジテレビの「西遊記」を見ました。

玄奘三蔵は、かつての師 仁丹とその娘を救うために牛魔王を退治することを約束します。
しかし仁丹は、牛魔王と密約を交わしていました。三蔵を差し出す代わりに、娘と村は救ってくれ、と。
三蔵は捕まり、牛魔王に喰われそうになります。
謝る師 仁丹に対して三蔵は言います。
信じて裏切られたのなら本望です

ドラマを見ながら、自分だったら この師は許せないなぁなんて思いました。
見ていた方、どう思われました?

「信じる」ことの背景には、「裏切られない」という想いがあります。
「裏切られない」から「信じる」。
ところが、裏切られたりすると、その“信”は怒りや失望へと変わります。「信じたのに!!」と。
しかし玄奘三蔵は、自分が喰われそうになっているにもかかわらず、
信じて裏切られたのなら本望です」と言います。
「人を信じることの大切さ」を教えてくれた師に向かって。
    
    
師に対する“信”を貫き通す玄奘三蔵。
その反面、仁丹の裏切りに気付き、見捨てるように進言する孫悟空を玄奘は破門してしまいます。
師をののしる悟空を、玄奘三蔵は信じられなかったのです。
   
ドラマを見て感じたこと…   
ある一方を「信じる」ということは、他方に対する「不信」につながるんだなぁということ。
一方に対する“信”が強ければ強いほど、他方が見えなくなるもの。
すべてを信じようとすることは、結局すべてを裏切ることにつながる。
「信じたのに裏切られた」なんて思ってしまう私自身が、すべてを裏切ることになる。

信じるとは…
 「裏切られてもかまわない」という覚悟とともに、
 他方に対する「信じない」という覚悟もなければ、
 「信じる」と言ってはいけない。
    
     
「西遊記」…
“信じる”とか“つよいこころ”とか、今では恥ずかしがられてしまいそうなことが中心に置かれているように感じました。CG頼りのドタバタ劇かなぁとも思っていましたが、そんなことはないようですね。
これからの展開が楽しみです。

2006年1月 9日 (月)

5kgの重さ

誘拐されていた赤ちゃんが無事保護されました。犯人も捕まりました。
お母さんやお父さん、身内の方の心配は、テレビや新聞を通して心配する者の想いをはるかに越えたものがあります。
昨年、児童殺害の事件が相次ぎました。そして今回の誘拐事件。
こころが痛む事件が続きます。

「どうして、そんなことをするんだろう」
率直な疑問です。

事件を起こす者には、その背景に、そうせざるを得ない理由があります。
「どうして、そんなことをするんだろう」と思う我々だって、そうせざるを得ない縁にぶち当たった時、どんなことをしてしまうか分かりません。
しかし、当然のことながら、どんなに正当な理由があったとしても、許されるものではありません。
        
           
以前、少年院で教誨師をしている牧師さんのお話を聞く機会がありました。
「事件を起こした少年たちと話していて思うのは、本当に悪い人間はいないということです」
「今、家庭に足りないもの…家族での会話です」
「親は子に無関心か、必要以上に甘やかす。今の親はなんでも与えてしまう。それがどんなに子どものためにならないことか。
子は、気に食わないことがあるとその怒りが親に向く。
親は、自分が経験した産みの苦しみを思い出して欲しい。子は、自分がどうやって生まれてきたか、知って欲しい。5kgの重りをお腹に巻いてみて下さい。それだけでも、子どもを生むことの苦労、自分が生まれてくるために親がした苦労を分かるはずです」      
       
「5kgの重り」の話を聞いた瞬間、ズシッときました。
5kg…軽いようで、とても重い。ひとの一生の重さです。
「そうせざるを得ない理由」にぶち当たった時、5kgの重さを思い出してください。お腹に巻いてみて下さい。
「そうせざるを得ない理由」は、その重さよりも重たいですか? 自分に問うてみてください。

2006年1月 6日 (金)

横に見る世界と 竪(たて)に見る天地と 異なることを知る
                     夏目漱石、病床での日記より

「横に見る世界」は病床から見える世界
「竪に見る天地」は病気になる前に見えていた世界のことでしょね。
そのふたつが、まるで異なっていた、と。
何に対して異なることを知ったのかは分かりませんが、病気になる前となった後で、漱石の中でなんらかの転換が起きたのでしょうね。
   
   
夏目漱石のことば、1月5日の読売新聞朝刊「編集手帳」で引用されてました。
「新撰組」を見て、土方歳三の転換について記事を書いた後でもあったので、こころに引っかかりました。
   
   
病気になったり、生死に係わる局面に立った時、今まで見えなかったものが見えてくる。
世界・天地(状況や環境)そのものは、まったく変わらないわけです。でも、見え方が変わったり、今まで見えなかったものが見えたりする。私の内面が変化するんですね。
   
   
逆に考えると、
物事がうまくいっている時や健康な時というのは、周りの何も見えてないのでしょうね。
物事がうまくいっている時は、困っている人の姿が見えない。
健康な時は、病気や障害を持った人の気持ちに寄り添えない。
   
   
或いは、
物事がうまくいかず困った経験をして、そこから盛り返した時に、私はどんな行動をとるだろうか。
困っている人の姿が見える私になれるのか、姿が見えない私に戻ってしまうのか。

病気でつらい思いをして、病気が治ってから、私はどんな人間になるだろう。
病気や障害を持った人の気持ちに寄り添える私になれるのか、なれないのか。
   
   
何が見えるかが問題なのではなく、どんな人間になるかが問われているのかもしれない。
いや、そういう転換が起こるということは、私の中の“傲慢さ”を知らしめるためなのかもしれない。
病気になったり、生死に係わる局面にでも立たない限り、なにも見えていない私。
病気になったり、生死に係わる局面に立ったとしても、なにも見えないままかもしれない。     
     
私の中にある闇です。
でも、闇だからこそ光を感じることができる。
光に光が射してもなにも感じませんから。

2006年1月 5日 (木)

1月5日

1月5日は住職の誕生日です。62歳になります。

自分は京都の大学に行き、入れ替わりで妹が長崎の大学に行き、そのまま就職したので、
自分や妹が正月に帰ってきた時、1月1日の晩におせち料理を食べながら住職の誕生会をするのが恒例になっていました。
しかし、昨年10月に妹が結婚したので、今年は妹がいないお正月を迎えました。
今思えば、家族4人揃わなかったお正月は初めてじゃないかな。
というわけではないけど、1月1日に住職の誕生会という形では特にしませんでした。

で、本日1月5日
坊守が急用で留守だったので、住職と私、ふたりで夕飯を作って食べました(家事全般、難なくこなすふたり)。
男ふたり、「誕生日おめでとう!!」なんてことはしませんでしたが(そんな歳でもないか)、住職の大好物のアップルパイを買ってきて、誕生日ケーキとして食べました。

そんな住職62歳の誕生日でした。

2006年1月 4日 (水)

転換

昨晩、NHKの「新選組!! 土方歳三最期の一日」を見ました。
近藤勇亡き後、自分の死に場所を求めて戦い続けてきた土方歳三。
しかし、最後の戦いの地函館で、榎本武揚と議論するうちに、生きるために戦うことを決意します
(歴史に疎いので、臨場感溢れる書き方が出来ないのが残念です)。

戦の作戦を立てるために函館の街の模型を眺める土方。
今まで死ぬために戦ってきた。だが、生きるために戦うと決めてから眺めるこの函館の街は、今までとはまるで違って見える
地形を覚えてしまうほど見てきた模型。作戦も手を尽くしたことでしょう。
しかし、生きるために戦うと決意して函館の街の模型を眺めると、今まで考えつきもしなかった作戦が浮かんできた。

日々の生活の中で起こる困難な出来事に対し、「生きるため」「死ぬため」というほどの想いで向かい合うことは、あまりないと思います。
「生きるため」「死ぬため」は極端かもしれませんが、発想の転換で、今まで見えなかったものが見えてくるということはよくあることです。現状はなにも変わらないけれど、私の想いひとつで、困難な出来事の中にも光明が見えてくる。

「発想の転換が大事だから、考え方を変えてみよう」と、自分の中だけで発想の転換を試みても、大きくは変わらないでしょう。
ドラマでは、土方と榎本、大鳥圭介も加えた議論の場が丁寧に描かれていました。
まるで異なる考え方をしたものどうしが、話し合いを通じて、想いがひとつになる。
そこから、土方の中で「死ぬため」から「生きるため」へと転換が起こります。
榎本の中でも「降伏」から「もう一度戦う」へと転換が起こります。

窮地に立って、転換が起こるとき、光明が見える。
転換とは、自分で起こすものではなく、呼び起こされるものなのかもしれない。
「この道を歩みなさい」
呼び起こしの声に、耳を澄ます。

脚本 三谷幸喜さんのコメント
敗者だけが見ることのできる、絶望の淵から顔を覗かせた「希望」。それが僕の描きたかった「五稜郭」でした。

2006年1月 2日 (月)

2006年1月のことば

PICT0117
生のみが我等にあらず。
 死も亦た我等なり。
  我等は生死を並有するものなり。
          清沢 満之

      
       
あなたには愛する人がいますか。
愛するあまり憎しみが生ずることがあります。愛すると言いながら、愛に徹底できない。気に食わない、気が合わない、裏切られたといって、憎しみへと変わっていきます。関係が近ければ近いほど、愛が深ければ深いほど、憎しみも大きくなります。
「愛と憎」。正反対のものに思えるけれど、しっかりと結びついている。

         
誰かのためを慕(おも)って働いている、尽くしている、自分を犠牲にしている。そんな気持ちで物事を成している人はいませんか。
「人の為」と 横に書いたら「偽」という字になりました
「人の為」という慕いが「偽」だった。
『「人が為(な)す」と読んでも「偽」ですよ』と教えていただいたこともあります。
人が生きるということは、他者を傷付けることもあるということ。自分でも気付かないうちに。そのようにしてしか生きていけない私であることに心のどこかで気付いていたい。
地獄への道は、善意で敷き詰められている
善意の否定ではない。「善と悪」。正反対のものに思えるけれど、常に両面を備えている。
「善と悪」。正反対のものに思えるけれど、常に入り混じっている。
          
         
許す許さないの間で苦しんでいる人はいませんか。
「許したい。でも許せない」。
「絶対に許せない。だけど、許したい」。
許すということは、相手が何をしようとも、すべて受け容れるということ。その覚悟があって初めて許すといえる。
ゆるすということはむずかしいが、もしゆるすとなったら限度はない。ここまではゆるすが、ここから先はゆるせないということがあれば、それは初めからゆるしては いないのだ。
              (山本 周五郎「ちくしょう谷」より)
このような心境にはなかなかなれるものではない。許す許さないの間で悩み苦しむのが人間の姿なのでしょう。
       
         
正反対の感情の間で苦しむ人間模様。正反対と表現してきたけれど、実はしっかりと結びつき、入り混じり、行ったり来たりしている。だからこそ悩み苦しむ。愛に、憎に、善に、悪に、許すに、許さないに徹底できれば、これほど気持ちが楽なことはない。楽なことはないけれど、生きている実感もないことでしょう。
        
         
「生と死」…正反対に思える最たるもの。
元気な時は、死について考えることがない。病気になると、死は恐れの対象にしか思えない。死んでしまうと、今まで生きてきたことすべてが無になってしまうように感じてしまう。「人は死んだらゴミになる」と発言した人がいましたが、死は生の全否定と捉えるところからそんな発言が出てくるのでしょう。
正反対のようだけど、実は同質のもの。生も死も我等の姿。並(あわ)せ有(も)っているのです。生きることは死ぬことであり、死ぬことも含めて生きること。
生のみが我等にあらず。死も亦た我等なり。
我等は生死を並有するものなり。

このことばの原型は、明治31年11月19日の日誌にあります。
「生ノミガ吾人二アラス、死モ亦吾人ナリ。吾人ハ生死ヲ並有スルモノナリ」とあり、
「(正反対ノモノヲ並有スルハ大矛盾ナリ)」と続きます。
生と死を分けて考えるところに矛盾は生じません。正反対のものを並せ有つという認識があるからこそ矛盾が生じ、悩み苦しむ。その時に初めて「生死」と真向かいになる。
真向かいになることもなく叫ぶ「いのちの尊さ」は誰の心にも響かない。「いのちの尊さ」を叫び続けることが大切なのではない。叫ぶ必要がなくなることが大切。そのためには、大矛盾を引き受けて生きていかなければ。
この大矛盾の中を生きていけるのは、阿弥陀如来の慈悲の光に包まれているからと、清沢師(明治期の真宗の教学者)は告白されています。

2006年1月 1日 (日)

人生は一冊の書物

明けましておめでとうございます。
新しい年になりましたね。
特になにかが変わったわけではないのに、気が引き締まります。
この引き締まった気持ちのまま過ごせれば、いろいろなことが出来そうな気がするんだけど…。
一晩寝ると、元に戻ってしまうんですよね(早すぎますか?)。

人生は一冊の書物に似ている。
馬鹿者たちはそれはパラパラとめくっているが、賢い人間はそれを念入りに読む。
なぜなら、彼はただ一度しかそれを読むことが出来ないのを知っているから。

  ジョン・パウル

うっ、馬鹿者です。
人生の行間にある意味や問いかけを大切にしていきたいものです。

本年もよろしくお願い致します。

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