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2006年1月 2日 (月)

2006年1月のことば

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生のみが我等にあらず。
 死も亦た我等なり。
  我等は生死を並有するものなり。
          清沢 満之

      
       
あなたには愛する人がいますか。
愛するあまり憎しみが生ずることがあります。愛すると言いながら、愛に徹底できない。気に食わない、気が合わない、裏切られたといって、憎しみへと変わっていきます。関係が近ければ近いほど、愛が深ければ深いほど、憎しみも大きくなります。
「愛と憎」。正反対のものに思えるけれど、しっかりと結びついている。

         
誰かのためを慕(おも)って働いている、尽くしている、自分を犠牲にしている。そんな気持ちで物事を成している人はいませんか。
「人の為」と 横に書いたら「偽」という字になりました
「人の為」という慕いが「偽」だった。
『「人が為(な)す」と読んでも「偽」ですよ』と教えていただいたこともあります。
人が生きるということは、他者を傷付けることもあるということ。自分でも気付かないうちに。そのようにしてしか生きていけない私であることに心のどこかで気付いていたい。
地獄への道は、善意で敷き詰められている
善意の否定ではない。「善と悪」。正反対のものに思えるけれど、常に両面を備えている。
「善と悪」。正反対のものに思えるけれど、常に入り混じっている。
          
         
許す許さないの間で苦しんでいる人はいませんか。
「許したい。でも許せない」。
「絶対に許せない。だけど、許したい」。
許すということは、相手が何をしようとも、すべて受け容れるということ。その覚悟があって初めて許すといえる。
ゆるすということはむずかしいが、もしゆるすとなったら限度はない。ここまではゆるすが、ここから先はゆるせないということがあれば、それは初めからゆるしては いないのだ。
              (山本 周五郎「ちくしょう谷」より)
このような心境にはなかなかなれるものではない。許す許さないの間で悩み苦しむのが人間の姿なのでしょう。
       
         
正反対の感情の間で苦しむ人間模様。正反対と表現してきたけれど、実はしっかりと結びつき、入り混じり、行ったり来たりしている。だからこそ悩み苦しむ。愛に、憎に、善に、悪に、許すに、許さないに徹底できれば、これほど気持ちが楽なことはない。楽なことはないけれど、生きている実感もないことでしょう。
        
         
「生と死」…正反対に思える最たるもの。
元気な時は、死について考えることがない。病気になると、死は恐れの対象にしか思えない。死んでしまうと、今まで生きてきたことすべてが無になってしまうように感じてしまう。「人は死んだらゴミになる」と発言した人がいましたが、死は生の全否定と捉えるところからそんな発言が出てくるのでしょう。
正反対のようだけど、実は同質のもの。生も死も我等の姿。並(あわ)せ有(も)っているのです。生きることは死ぬことであり、死ぬことも含めて生きること。
生のみが我等にあらず。死も亦た我等なり。
我等は生死を並有するものなり。

このことばの原型は、明治31年11月19日の日誌にあります。
「生ノミガ吾人二アラス、死モ亦吾人ナリ。吾人ハ生死ヲ並有スルモノナリ」とあり、
「(正反対ノモノヲ並有スルハ大矛盾ナリ)」と続きます。
生と死を分けて考えるところに矛盾は生じません。正反対のものを並せ有つという認識があるからこそ矛盾が生じ、悩み苦しむ。その時に初めて「生死」と真向かいになる。
真向かいになることもなく叫ぶ「いのちの尊さ」は誰の心にも響かない。「いのちの尊さ」を叫び続けることが大切なのではない。叫ぶ必要がなくなることが大切。そのためには、大矛盾を引き受けて生きていかなければ。
この大矛盾の中を生きていけるのは、阿弥陀如来の慈悲の光に包まれているからと、清沢師(明治期の真宗の教学者)は告白されています。

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コメント

あけましておめでとうございます。

今年も、色々とこのプログから学ばせて頂きたいと思います。

坊守さん・・
タクシーの運転手さんと話しが弾むのは、おしゃべりを
「聴いている」
からではないでしょうか。

私は「傾聴」を商売としてますが、この「聴く」と「聞く」では大違い。。
いまだ、不肖の私議・・出来ないこと多々あり。。


西蓮寺さんの若院さん、坊守さんの何に対しても
「聴いていこう」
というスタイルに、いつも学んでおります。

聞法・・といいますが、心で「聴く」一年でありたいと思ってます。

☆ねこ吉さん 明けましておめでとうございます

『坊守さん・・タクシーの運転手さんと話しが弾むのは、おしゃべりを「聴いている」からではないでしょうか』
なるほどぉ☆(手を叩きました)

昨日、近所のお寺の修正会(お正月の法要)に行ってきました。
そのお寺のご住職が年頭法話で、
『今年の私のテーマは「耳をすます」です』
と、おっしゃってました。
まさしく「傾聴」ですね。

自分で意識して「きく」ことを「聴く」。
その結果「きこえてくる」のが「聞く」。
貪欲に聴いていこうと思います。

「心で聴く」
素敵な響きですね。今年のテーマにします^^ 

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