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2005年12月 2日 (金)

心を込めて花束を

心を込めて花束を (サザンオールスターズ)

 夢追う無邪気な子供の頃に
 叱られた理由が今解るの
 今日まで幸せくれた
 パパとママに花束を

 若さにまかせて家を出た時
 励ます言葉が身に沁みたよ
 どんなに背伸びをしても
 腕の中で甘えてた

    
つい自分ひとりで頑張っているなんて考えてしまう瞬間(とき)がある。
 誰も頼りに出来ない。
 自分は間違ってない!!
 信じられるものは自分だけ。
 どうして分かってくれないの?
突っ張ってしまう時代(とき)って誰にでもある。
 自分こそ正しいんだ。
 人がなんて言おうと、私はこの道を歩む。
突っ張ってしまう時代って、周りの声が聞こえないもの。
でもいつか気付く。
 あの時の忠告を聞いていれば。
 あの時素直に受け入れていれば。
気付いた時には遅すぎたなんてことがないように、こころのゆとりを持っていたい。
でも、どんなに突っ張っていようとも、私のことを心配し続けてくれる人がいる。
家族であり、友人であり、仲間であり、恋人であり…
そのことに気付かない時期(とき)がある。
温もりに気付いたとき、涙がこぼれてくる。
ごめんね。
 こんなに温かい手で包んでくれていたのに。
 こんなに優しいまなざしで見つめてくれていたのに。
ありがとう。ホントにありがとう。心の底から花束を贈ります。
ありがとう。そして、ごめんなさい。

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コメント

こんにちは。
我を張る。我が破れる。その破れた感動を記しておられるようですが、何とも感心します。
私なんぞはとてもとても、そういった感覚に乏しい生活を送っております。無い、というか無かったわけではないです。ごく限られた人間関係の中では、現にあるように思われますし、またあったような気もします。
限られた人間関係というのは、具体的には家族です。親子とか夫婦の間では、なんだかんだ揉めたりしても、ある時ふっと憑き物が落ちるような感覚をおぼえることはあります。
ところが、それ以外、一番きついのは職場です。正直いって、疑心と憎悪が渦巻いています。恥ずかしい話ですが。
中小企業と呼ぶのも大げさなような小さな職場なのに、まるで安いテレビドラマのような複雑で解決不可能なトラブルが頻発しています。
ここで辞めるのは簡単です。しかし、安易な選択には実りはない。この一念で踏ん張っていますが、ため息ばかりの毎日です。
いつか私にも、かつさんのように、大事なことに気づけるような瞬間が訪れるのでしょうか。訪れてほしいなと、強く願っています。

☆ケイスケさん こんにちは
「我を張る。我が破れる。その破れた感動を記しておられるようですが、何とも感心します」
ありがとうございます。
でも、
「ここで辞めるのは簡単です。しかし、安易な選択には実りはない」
ケイスケさんの、自分の身に起こる事実を受け止めて模索されている姿に感動いたします。
私は人生から逃げました。弱い人間です。だから ことばに頼り切っているのかもしれない。
「大事なことに気づけるような瞬間が訪れるのでしょうか」
きっと訪れます。絶対訪れます。

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