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2005年11月22日 (火)

立ち止まることも「動き」である

今日、来年の手帳を買いました。
最近「手帳の使い方で生活が変わる!!」というようなキャッチコピーが目に付く気がします。
でも、手帳の使い方って、なかなか変えられないものですよね。

学生の頃から高橋書店の手帳を使っているのですが、手帳の中に
思わず手帳にメモしたくなった「身近な人の名言・格言」を大募集!!
ってチラシが挟まってました。
そのチラシに2004年の大賞作が書いてありました。

立ち止まることも
ひとつの「動き」である

自分の将来を考えたとき、焦ってしまう。
 なにかしなければ、
 なにか結果を出さなければ、
 進むべき方向を見つけなければ、
「まだ見ぬ未来のことなんだから、悩むよりも先ず行動だ!」って割り切ろうとは思うんだけど、でも、なにかしなければいけないって自ら追い立ててしまう。
或いは、周りが焦らせてもくれる。「どうするの?」「どうしたいの?」「今のままじゃダメでしょ!」
そんなことは、本人が一番自覚している。わざわざ焦らせることないのにね。

実際に体を動かして、なにかをしているように振る舞うことだけが「動き」じゃない。
 自分を見つめて自問自答することも、
 周りの様子を観察することも、
 ほんとに何もしないでいることも、
すべて次の一歩を踏み出すための「動き」に違いない。
いや、すでに踏み出しているんだ。

 一生懸命行動することも、 
 もがき苦しんでなにも手につかなくても、
 立ち止まることも、
私の人生において無駄なことなどなにもない。

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コメント

教育実習のときの先生に言われた言葉を思い出しました。
「経験に良い経験も悪い経験もない」
経験にしろ動きにしろ、確かにある時点でそれを選択できる立場にあったとしても、後で振り返ってみるときにはそれを良し悪しでくくるものじゃないですね。
全ては今の自分を培ってくれるもの。
選択したのも一つの経験、一つの動き。
いつもいつもそう考えられれば、一つの出来事を一つのケーススタディとして捉えられるんだろうな。
でも歓喜があったり後悔があったりして、なかなか冷静に捉えることが難しいですが^^;;;

☆ソファさん おはようございます。
経験そのものは良いものでも悪いものでもなくて、
経験を良いものにするのも悪いものにするのも、
私しだいなのかもしれませんね。
なんて言うけれど、ホント難しいですよね。
冷静に自分を見つめられる時もあれば、
慌ててしまう、自分を見失ってしまう時もある。

あっ、そういえば友人に、
「ただ自分の身に起こっただけのことが“体験”。
“体験”を通して身につけたことが“経験”」
と教えられたことがあります。

「身近な人の名言・格言」に応募しようかな^^

かつ様、こんにちは。

立ち止まることも1つの動き。なるほど!って思いました。

最近は、立ち止まることができずに、更に加速をつけて、突っ走っています。

心の奥底では、急ブレーキをかけるように立ち止まってみたいのに。。

止まった後を考えると不安になってしまう。


でも、立ち止まれない理由が、不安だけというのはすっきりしていなかったのです。

「動き」と考えると、「そうか。立ち止まるって、エネルギーがいるんだ。」って納得しました。走るのは同じ方向に加速をつけるだけですが、止まるには反対方向の力がいるから、走るよりもエネルギーが必要なんだなって。

なんだかつらつらと書いてしまいました。ヽ(゜ー゜;)ノ
この先、どうするかは模索中ですが、いずれにしろ日々を丁寧に生きていきたいです。(^-^)

☆じゅり様 こんにちは
立ち止まるのは、突っ走る以上にエネルギーがいる。
そうですよね!!
立ち止まるには正反対の負荷が必要なんですから。
それだけに、立ち止まることには決断力や実行力が伴うけれど、立ち止まってよく考えてみると、今まで見えなかったものが見えたりしますよね。
かえって近道だったりします。

勤労感謝の日、ゆっくり休んでくださいね。
心も体も肝臓も^^

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