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2005年11月23日 (水)

枯れない涙

今日、法事を勤めました。
ご遺族は、初老の男の方ひとり。
亡くなられた奥さんの一周忌でした。

寺に来られて、笑顔で「今日はよろしくお願いします」。
深々とお辞儀をされました。

ご法事が終わって、本堂からお座敷に戻られて、坊守(母)がお茶を持っていくと、目に涙を溜めていたそうです。
そしてつぶやかれました。
女房が亡くなって、泣いて泣いて、もう泣けないってくらい泣いたのに…。涙って枯れないものですね

涙って枯れないものですね。
泣いて泣いて泣いて泣いて、もう泣かないぞって決めて立ち上がったのに…。
ふとした瞬間にまた涙が溢れてくる。

涙流す感情が薄れてきたとき、涙が溢れるように出来ているのかな。
「(私があの人のことを)忘れちゃいけない!!」という自発的なサインじゃなくて、
「(私はあなたのことを)忘れていませんよ」という涙の対象の人からの呼びかけのように想えます。

私の記憶の中に留まっているから泣けてくるんじゃなくて、
あの人が私のことを覚え続けていてくれるから涙流すことができるのかもしれない。
   
    
笑いとは、
 地球上で一番苦しんでいる動物が発明したものである

ニーチェ

笑顔の背景には、どんなに哀しいことがあったのでしょうか。

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