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2005年11月 4日 (金)

七転び八起き

七転び八起き…七回転んだのに、八回起きる?
そんな疑問を持ちません?
それは、最初の状態を、起きた状態と考えると出てくる疑問です。
でも、最初は転んだ状態だと考えると、七転び八起きで理屈が通ります。(正確に言うなら、「八起き七転び」かな)
と、いうことを聞いたことがあります。

何事も、起きている状態、立っている状態、キチンとしている状態を起点において考えます。
転んだ状態から始まるとは、あまり考えないのではないでしょうか。

転んだ状態、人生につまづいた状態がいけないことで、
そこから立ち直らなければいけないと考えてしまう。
でも、転んだ状態、つまづいた状態こそが私たちの普段の姿。
なにも悪くない。
立ち上がらなければと無理したり、焦ったりすると、自ら苦しめることになる。それは、起きた状態、しっかりした状態こそ普段の姿と考えるから。

「人生七転び八起き」という励ましは、
「失敗してもまた立ち上がればいいよ」という意味なのでしょうが、
「つまづいたっていいじゃないか。その姿も“私”であることに変わりはないんだよ」と教えてくれているようにも感じます。

転んだ状態から、
立ち直って、
つまづいて、立ち上がって、
暗くなって、明るくなって、
失敗して、成功して、
ブルーになって、元気になって、
やる気がなくなって、頑張って、
道に迷って、迷いが消えて、
道を見失い、光が見えて…

「光が見えて」一直線…ではなくて、
また転んで、また起きて。
人生って、その連続なんですね^^

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コメント

連続ですね、ほんとにそう思います。
一直線なんてあり得ないと思うし、
一直線だとしたら、
それはいろんなことを諦めている状態、
もしくは「こんなもんだよ、これでよし!」って
思っている状態なんだと思います。
転んでいる状態・起き上がっている状態をどう受け取るか、
それによって、生きていく姿勢も違ってきますね。

☆りるさん こんばんは
転んだとき、
「なんで私だけこんなことになるの!?」と怒ってしまうと、
周りが見えなくなる。

転んだとき、
つらいけれど、その状態を受け容れていると、
手を差し伸べてくれる人が出てくる。
きっと出てくる。
ずっと見守って、理解してくれている人がいる。
きっといる。
そう思います。
で、そう思えるのは、立ち上がれたとき。
立ち上がれたときに、その恩を感じるか、
自分の努力で立ち上がれたと思ってしまうか。

起こる出来事は同じだとしても、
私の思い方しだいで、
「生きていく姿勢」はまったく変わるのだと思います。

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