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2005年10月 9日 (日)

ぬくもり

今まで強く生きてきた。
 自分ひとりで生きていける。
 誰の手助けもいらない。

でも、
強い自分だと思っていけど、強がっているだけだった。

頼りとするものが見つかって、そのことに初めて気付く。

頼りとするものは、自分で探して見つけるものではない。

「私を頼りにしなさい」
そうやって声をかけてもらっていたのに、
私が気付かなかっただけ。
今まで気付かなかっただけ。

信じる・信じない。
頼りにする・しない。
自分の意思のように思っていたけど、
そんなもんじゃない。
すでに、この私自身が信じられていた。頼りとされていた。
あたたかい手のなかにいるからこそ、ぬくもりを感じる。
信じられているからこそ、私の中に“信”が芽生える。

信のなかを生きている。
そのぬくもりを感じずに生きてきたから、
  「自分ひとりで生きていける」
  「誰の手助けもいらない」
なんて言えたんだな。
強いつもりでいたけれど、単なる強がりだった。
つまり、弱い私だった。

「あなたのぬくもりのなかを生きていきます」
こう言える人こそ、強く生きていけるんだなぁ。

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コメント

私も弱い自分のまま大人になってしまいました。
ブログで、人の内面に触れるようになって、
ようやく自分の強がりや傲慢さに気づかされました。

決してひとりで生きていけるはずがないのに、
ひとりでやってきたと言い切って、
誰も信じることができなかった頃の自分を思い出す度に、
やり直せないものかと思ってしまいます。

でも、そういう大切なことに今さらだけど
気づけて良かったです。(気づいただけなんですけどね)
あの頃のやり直しはできないけれど、
塗り替えていくことはこれからでもできるかな、と
思っています。

心の底から「あなたのぬくもりのなかを生きていきます」を
言えるようになれたら、
私も誰かにぬくもりを感じてもらえるような人間になれるかな。

先は長くて見えないけれど、そういう人間になりたいなって思っています。

☆りるさん こんばんは
文章を書いた後で、“強い弱い”ってなんだろう?
って自問していました。
“強い弱い”って表現してしまうと、
固定化したイメージがつきまとうけれど、
「誰かにぬくもりを感じてもらえるような人間」かどうかってことかなと、今は思っています。

「先は長くて見えない」
  …だから生きる力になるのかもしれませんね。

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