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2005年10月

2005年10月28日 (金)

本を読みませんか

本離れが進んでいるらしい。特に中高年の。
〔読売新聞社「読書」に関する全国世論調査より
         (2005年10月28日読売新聞 朝刊)〕

自分も本を読むのが苦手だったので、「読書はいいよ!」と勧めるのもおこがましいのですが、楽しいことだと思います。

自分の世界観とピッタリはまる作家に出会った時のうれしさ。
そういう作家に出会えたら、読書が楽しくなってきます。
私は村上 龍さんと村上 春樹さんにはまった時期があって、短い期間におふたりの書物をむさぼり読みました。
こんなに素敵な時間の使い方があったんだぁ。それまで読書を敬遠していたことを悔やみさえしました。

本を読むと、自分の狭い世界観がどんどん広がっていきます。
本代だけで、自分の知らない世界を旅できるのですから。

俳優の武田鉄也さんは、
自分の外見の容姿が格好悪いのは仕方がない。せめて内面はいい男になりたかった。そのためにはどうしたらいいか考えて、本を読もうと思いました。たくさんの本を読みました
と語っているのを聞いたことがあります。自分も本をよむべきだなぁと思いました。

建築家の安藤忠雄さんは、
どんなに経済的に苦しいときも、たとえ食事を1回抜いてでも、本だけには惜しみなく金を遣った
と語っています。こういう人をお金の使い方を知っている人というのではないでしょうか。

読売新聞のインタビュー記事でタレントの佐藤江梨子さんは、
私は本の厚みに人の優しさを感じる。1枚1枚ページを自分の手でめくるから、まるで大切な扉を開くように感じる。本とは、新しい出会いではないだろうか
と語っています。読書とは出会いということ。
扉は勝手には開きません。私が開こうと手をかけるから開くことができるのです。
新しい出会いを求めて、本を手にしてみませんか。

2005年10月27日 (木)

なにを急いでいるの?

《シーン》
京王線に乗っていて、
お母さんと娘さんが乗ってきました。

娘「この車両、何号車?」
母「4号車よ」
娘「よかった。電車がぶつかっても死なないね。
  死ぬのは1・2両車に乗ってる人だもんね」
       
聞くともなしに耳に入ってくる母娘の会話。
「えっ!そんなこと言うの?
 まぁ、子どもらしい素直な感覚なのかなぁ…。
 お母さんは諌めないのかなぁ」
なんて思いながら聞いていると、

母「バカねぇ。横から突っ込まれたら4号車だって死ぬわよ」

「えっ!!」(心の中の叫び)

娘「じゃぁ、いちばん後ろの車両なら大丈夫だね」
母「後ろから突っ込まれたら死ぬでしょうが」
娘「そっかぁ」

母娘の、この件に関する会話はここで終わり、まったく違う話題に変わりました。
お母さんは、娘さんの他の話しかけはほとんど無視してたのに、その話しかけにだけ丁寧に(?)応じてました。
    
《考えたこと》    
この会話の根底にあるものは何なんだろう。
事故が起きるはずがないという、根拠のない思い。
自分たちが事故に遭いさえしなければいいという、自己中心的な思い。
そんな思いが見えてきます。

JR西日本福知山線の事故から半年経ちます。
JRはさんざん叩かれました。JRは安全運転に努める義務があります。事故が起きたら、責任も取らなければいけません。
しかし、事故が起きた背景を見直すと、1分1秒の遅れも許さない私たちの責任もあると思います。しかも列車は過密ダイヤ。普段事故が起きないことのほうが不思議です。でも、事故が起きないことは当たり前だと思っているから、感謝の気持ちなんてないでしょう。で、ダイヤが乱れたり、事故が起きたりしたら、責任追及。自分には責任がないとでも思っているのでしょうか。
   
少しのタイムロスも許せず、便利さばかり追求し、それが崩れたら責任転嫁。
そんな私の姿を省みず、他に責任を押し付ける。
「自分を省みず、他人のせいにする」
列車事故の件に限らず、日常の私の姿です。
           
               
不思議に思うこと…        
交通の便が良くなれば良くなるほど、時間に追われている。
電車やバスに乗り遅れても、すぐに次が来るのに。
閉まるドアへ駆け込み乗車。ダイヤの乱れにイライラ。乱れてなくてもイライラ。

交通の便が良くないところへ行っても、イライラしている人は見かけない。
電車やバスに乗り損ねると、次までかなり待つのに。
次の電車(バス)を待ちますか。ダイヤが乱れても気にならない。
電車やバスの運転手さんが待っててくれることもある。
    
交通の便が良い方が、イライラする必要はないのに。
交通の便が悪い方が、乗り遅れまいと必死になりそうなのに。
おもしろい現象です。

2005年10月23日 (日)

兄貴として

親父の一番長い日   (作詞・作曲:さだまさし)

 おばあちゃんは
 夕餉(ゆうげ)の片付けを終えた時
 弟は2階のゆりかごの中で
 僕と親父は
 街頭テレビのカラテ・チョップが白熱した頃に
 妹の誕生を知った
 それから親父は
 占いの本と辞書と
 首っぴきで
 実に一週間もかけて
 娘のために
 つまりはきわめて
 何事もないありふれた名前を見つけ出した
  お七夜 宮参り
  夫婦は自画自賛
  可愛いい娘だと
  はしゃぎ廻るけれど
  僕にはひいき目に見ても
  しわくちゃの失敗作品
  やがて彼女を訪れる
  不幸に胸を痛めた
  兄貴として
  
  
 妹の生まれた頃の我が家は
 お世辞にも豊かな状態でなかったが
 暗闇の中で何かをきっかけに
 灯りが見えることがある
 そんな出来事だったろう
 親思う心に勝る親心とやら
 そんな訳で妹は
 ほんのかけらも
 みじめな思いをせずに育てられた
 ただ顔が親父に似たことを除けば
  七五三 新入学
  夫婦は狂気乱舞
  赤いランドセル背負ってか背負われてか
  学校への坂道を
  足元ふらふら下りてゆく
  一枚のスナップが
  今も胸に残ってる
  兄貴として
  
   
 我が家の血筋か
 妹も足だけは早くて
 学級対抗リレーの花形で
 もっとも親父の応援のすごさに
 相手が気おくれをして
 随分助けられてはいたが
 これも我が家の血筋か
 かなりの演技派で
 学芸会でもちゃんと役をもらった
 親父の喜びは言うまでもない
 たとえその役が一寸法師の
 赤鬼の役であったにしても
  妹 才気煥発
  夫婦は無我夢中
  反抗期を過ぎて
  お赤飯を炊いて
  中学に入れば 多少
  女らしくなるかも知れぬと
  家族の淡い期待
  あっさり裏切られてがっかり
  兄貴として
  
  
 妹の初恋は高校二年の秋
 相手のバレー部のキャプテンは
 よくあるケース
 結局言い出せる筈もなく
 枯葉の如く散った
 これもまたよくあるパターン
 彼氏のひとりもいないとは情けないと
 親父はいつも笑い飛ばしてはいたが
 時折かかる電話を
 一番気にしていたのは
 当の親父自身だったろう
  危険な年頃と
  夫婦は疑心暗鬼
  些細な妹の言葉に揺れていた
  今は我が家の
  一番幸せなひととき
  も少し  
  このままいさせてと
  祈っていたのでしょう
  親子として
  
  
 或る日ひとりの若者が我が家に来て
 “お嬢さんを僕に下さい”と言った
 親父は言葉を失い
 頬染めうつむいた
 いつの間にきれいになった娘を見つめた
 いくつもの思い出が親父の中をよぎり
 だからついあんな大声を出させた
 初めて見る親父の狼狽
 妹の大粒の涙
 家中の時が止まった
  とりなすお袋にとりつく島も与えず
  声を震わせて
  親父はかぶりを振った 
  けれど妹の真実を見た時
  目を閉じ深く息をして
  小さな声で…
  “わかった娘はくれてやる
  そのかわり一度でいい
  うばって行く君を
  君を殴らせろ”と言った
  親父として
   
    
 妹の選んだ男に間違いはないと信じていたのも
 やはり親父だった
 花嫁の父は静かに
 娘の手をとり
 祭壇の前にゆるやかに立った
 ウェディング・ベルが避暑地の教会に鳴り渡る時
 僕は親父を見ていた
 まぎれもない父親の涙の行方を
 僕は一生忘れないだろう
  思い出かかえてお袋が続く
  涙でかすんだ目の中に僕は
  今までで一番きれいな妹と
  一番立派な親父の姿を
  刻み込もうとしていた
  兄貴として
  息子として

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2005年10月22日 (土)

常識

常識とは
18歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう

アインシュタイン

自分の言いたいことを相手に突きつける。
まるで自分こそが正しいかのように。

人それぞれ正義や常識がある。
その正義や常識を振りかざし、ぶつかり合い、争いへと発展していく。

じゃぁ、正義や常識が似てたり、同じならば争わないのか。
いや、実は似てるほど危ういのかもしれない。
というか、争いの対象にならないために、自分を殺して、わざと周りに合わせてはいないか。
その結果出来上がるマジョリティ。
多数派だから、なんでも自分の思い通りになると勘違いしてしまう。
多数いるから正しい。多数いるから常識。多数いる方に進めば安心だ。

本当にそうかな?

みんなで渡っても赤信号は赤信号。
気をつけないと轢かれてしまいますよ。


正義や常識って、ひとつではない。
極端に言えば、人の数だけあるもの。
正義や常識が人の数だけあるってことを知ることが、
争いの緩衝材にならないだろうか。
人の数だけある正義や常識を、ひとつでも多く知ることが、
いろいろ起こる出来事に対して心構えが出来るのでは。

「正義や常識を振りかざし、ぶつかり合い、争いへと発展していく」
のではなくて、自分の正義や常識しか知らないから、争いへと発展していくのかも。


2005年10月20日 (木)

平等

もしある朝目を覚ますと、
全ての人間が同じ人種、
同じ宗教、同じ肌の色になっているとしたら、
我々は正午までに別の偏見のタネを捜し出すことだろう

ジョージ・エイケン

「平等」が願われてはいても、世の中全然平等じゃないですよね。
なぜなら、平等を願ってはいるけれど、他者と同じでは許せない、
他者より優れていたいと思う“私”がいるからです。

平等の「等」という字、「イコール」のイメージがありませんか?
まったく同じ、まったく等しい。
でもね、インド人の発想はすばらしいですよ。
「等しい」とわざわざ言わなければならないということは、
イコールじゃないんですよ、って発想です。
イコールなら、「同じ」って言えばいいのですから。
「平等」…「平に等しい」ということは、真平じゃないんですよ。
よく見たら凸凹してるんです。

みんな同じ、みんな等しい状態を求めながらも、
それじゃつまらない、それじゃ許せないという気持ちが、
“私”の中にある。
「平等」という言葉は、そのような事実を“私”に突きつけているのです。

2005年10月18日 (火)

自分を見つめる

差別を論じたものの殆ど全てが駄目なのは、
その筆者が
自分だけは そんなものとは無縁だと
心の中で決めてかかるからである。

オーウェル

「合理化」という言葉があります。
現代では、“効率的”とか“無駄を減らすこと”の意味のように使われていますが、「理屈に合った」という意味。

誰の理屈か?
私の理屈ですよね。
私の理屈に合わないもの、反するものは排除していく。

私の理屈こそ間違いないと思い込んでいる「合理化」は、
殆ど全てが駄目でしょう。
   
   
このブログも、そうなってはいないでしょうか?

2005年10月17日 (月)

愛国心

愛国心という卵から、戦争が孵化する
モーパッサン

人類から愛国心を叩き出してしまわないかぎり、
 あなたがたは決して平穏な世界を持たないだろう

バーナード・ショー


国を愛するこころ
…否定されることではないようだけど、たくさんの悲しみと表裏一体。

自国を愛するあまり、周りが見えなくなってしまう。

国に限った話ではない。
愛する人・大事な家族・大切な仲間たち、等々…そして私自身。
何を愛するにしても、それだけを大事にするということは、争いの火種となる。

愛するもの以外が見えなくなるだけでなく、
愛するものすら見えなくなるのだから。

2005年10月16日 (日)

たからもの

「毎日おなじことの繰り返し」「面白味のない生活」などと言うけれど、本当にそうかな?
日々変化してるし、いろいろなものが日常落っこちているのでは。
そう思いながら生活してると、今まで見えなかったものが 見えてくるかもしれませんよ。

2005年10月14日 (金)

時のある間にバラの花を摘むがよい

今日、新宿に買い物に出かけました。
驚いたことに、クリスマスの飾り付けをしているお店がありました。
「えっ!もう!?」
早い気もしましたが、考えてもみると、バーゲンが始まるのも早まっていますよね。
シーズン到来した時には、次の季節の物が売り出されてもいます。
来年のカレンダーや手帳も売り出されていますね。
11月12月はダルマ落としの下の段みたいにスコーン スコーンと抜けていく感じがします。


時のある間にバラの花を摘むがよい。
時は絶えず流れ行き、
今日微笑んでいる花も明日には枯れてしまうのだから。

へリック「時のある間に花を摘め」


 綺麗な花や景色。
 カメラに撮ろうとして、綺麗な瞬間を逃し、撮り損ねてしまう。

 いいなぁと思った本や洋服。
 今度買おうと思っても、次にお店を訪れたときには売り切れだった。

 伝えたいことがあるんだけど…。
 「また今度」と思って、結局何も告げられなかった。

そんな経験ありませんか?
「また今度」…“今度”っていつでしょうね。
 今度という名の明日はない。
 あるのは、“今”という名の明日だけ。

季節を先取りして生きる私たちには、
バラの花を摘む時間すらないのでしょうか。
いえ、時間はあるのです。
時間はあるのですが、永遠に時間があると思い込んでいるために、瞬間の時間が見えなくなっているのです。
バラを摘む瞬間の時間が。

一輪のバラに こころ 動かされない人間が、
 バラの花束を手にすることはありません。

2005年10月12日 (水)

杉原 千畝物語

「日本のシンドラー 杉原千畝物語 六千人の命のビザ」(日本テレビ 10月11日放送)を見ました。

外交官の杉原千畝(反町隆史)がリトアニアに赴任して暫く経つと第二次世界大戦が勃発。 ナチス・ドイツはポーランドの西半分を制圧し、ユダヤ人への迫害を始める。そしてリトアニアはソ連に併合される事になり、日本領事館に閉鎖命令が下される。 そんな折、日本領事館にポーランドから逃れてきたユダヤ難民が押し寄せ、日本の通過ビザの発給を求めてくる。千畝は外務省に再三に渡ってユダヤ難民にビザを発給する許可が欲しいと電報を打つが、ビザは出せないという最終通告が届く。だが、退去期限がひと月に迫った時、千畝は外務省の命令に背く事を決意し、ユダヤ難民たちにビザの発給を行う…。

(日本のシンドラー 杉原千畝 物語HPストーリー紹介より)

日本帰国後、杉原千畝は外務省の通告に逆らってビザを発給したため、外務省を解職されます。
想像を絶するつらさがあったことでしょう。仕事を解職されたつらさよりも、6,000人のユダヤ人の命を救ったと讃えられていますが、救えなかったユダヤ人がいるということにつらさや苦しみを感じる人だったのではないでしょうか。
今振り返って、「勇気ある人がいたんだなぁ」「外務省は冷たいなぁ」などと言えるが、果たして自分がそのような立場に置かれたとき、何ができるだろう。ユダヤ難民を見殺しにしていたのではないだろうか。
   
   
イジメや虐待が身近で起きているのに、何も出来ない私がいる。
イジメや虐待に直接関わっていないから、自分には罪はないと言い切れるか。
「ユダヤ人じゃなくてよかった」と思ってしまうのは、ユダヤ人を迫害していることと同じだという、千畝の妻幸子のセリフに頭を打たれる。
   
    
ある日、千畝を訪ねる男性がひとり。
「私は、あなたが発給してくれたビザのおかげで生き延びた者です。このビザは私のいのちです」
肌身離さず持ち続けてボロボロになったビザを千畝に見せる。
「ユダヤ人はあなたのことを忘れたことはありません。あなたをずっと探していました。あなたは、幸せでしたか?」
「今あなたに会えて、私は幸せだったことが分かりました」
幸せ…今、私たちは“幸せ”を目標・目的に生きています。しかし、“幸せ”とは目標・目的にするものでしょうか。
千畝の生涯は、現代の私たちの価値観からいうと、幸せとは言えないものと思われます。
しかし、自分のことを必死に探し回って訪ねて来てくれたユダヤ人に会うことによって、その時初めて「私の人生は幸せでした」と言える。
“幸せ”って求めるものではなく、気がついたらそこにあるものなのではないでしょうか。
つらさ哀しさがない人生が“幸せ”なのではない。つらさ哀しさがあったからこそ、ふと“幸せ”を感じる瞬間がある。

“幸せ”は先にあるものではなく、今あるもの。
それに気付いていないだけ。
今、“幸せ”なのに。

2005年10月 9日 (日)

ぬくもり

今まで強く生きてきた。
 自分ひとりで生きていける。
 誰の手助けもいらない。

でも、
強い自分だと思っていけど、強がっているだけだった。

頼りとするものが見つかって、そのことに初めて気付く。

頼りとするものは、自分で探して見つけるものではない。

「私を頼りにしなさい」
そうやって声をかけてもらっていたのに、
私が気付かなかっただけ。
今まで気付かなかっただけ。

信じる・信じない。
頼りにする・しない。
自分の意思のように思っていたけど、
そんなもんじゃない。
すでに、この私自身が信じられていた。頼りとされていた。
あたたかい手のなかにいるからこそ、ぬくもりを感じる。
信じられているからこそ、私の中に“信”が芽生える。

信のなかを生きている。
そのぬくもりを感じずに生きてきたから、
  「自分ひとりで生きていける」
  「誰の手助けもいらない」
なんて言えたんだな。
強いつもりでいたけれど、単なる強がりだった。
つまり、弱い私だった。

「あなたのぬくもりのなかを生きていきます」
こう言える人こそ、強く生きていけるんだなぁ。

2005年10月 5日 (水)

ポッカリ

淋しいとき 哀しいとき 虚しいとき
なにかをやり遂げたとき
 ポッカリ穴があいたようだと表現する

なにに穴があいたんだろう?
 こころ? 気持ち? 精神? 時間? 空間?

なにが穴を埋めてくれるんだろう?
 人? 物? 時間の経過?

穴があくということは、元々埋まっていた、満ち足りていたということ。
そっか、充実してたのか。満ち足りてたんだ。
それに気付いていなかっただけのこと。

外は雨
雨音と一緒に、なにかが流れていく

2005年10月 1日 (土)

2005年10月のことば

  PICT0047
    経験というのは、
     単なる時間の積み重ねではなく、
    人を感じる眼であり、
     耳であり、
      皮膚感覚なわけだ
   松田 優作

 年を取るにつれて、時が経つのを早く感じるのは、経験という蓄積があるからだそうです。
 今までの人生経験で、だいたい何が起こるのか、他人が何を考えているのか推測するので、その度に推測し直さなくて済みます。思考のパターン化により、時間が効率的に使われ、時が経つのを早く感じるわけです。子供は、出来事のひとつひとつが初体験なので、じっくりと自分の中に刻み込まれていきます。だから、子供の頃は1年1年がとても長かったように思い返されるのです。

 経験は、物事を効率的に進めてくれます。体の動きが鈍くなっても、経験に基づいて行動できるので、無駄なく事を進めることが出来ます。反面、経験が邪魔をして、行動する前にあきらめたり、挫折したり、見誤ってしまうこともあります。
 経験は、自分が今まで生きてきた時間の積み重ねによって身についた財産ですが、自分や他者の行動を規制してしまうようでは、人生をつまらなくもさせてしまいます。

 私の思考というものは、私の経験に基づいて出来たものです。しかし、その殻に閉じこもっていては、他者とのコミュニケーションが取れなくなってしまいます。自分の経験に基づいた考えこそ正しいと、お互いが思っていては、相手の話が耳に入ってきません。

 経験が、単なる時間の積み重ねの結果得るものならば、ここまで述べてきたように、自分の行動を規制したり、自分の殻に閉じこもってしまいます。そこからは自分以外の人間に対する思いやりは生まれてきません。
 しかし、経験というものが、人を感じる眼であり、耳であり、皮膚感覚であるのならば、他者を思うこころが生まれてきます。
 人との会話で、自分の話したいことさえ話せれば満足。聞きたくない意見には耳を貸さない。そんなことしていませんか?
 人が集まったところで、自分勝手な行動をとってはいませんか? 他者に対する気遣いを忘れてはいませんか?
 この人は何を見ているのだろう。何を伝えたいのだろう。何を感じているのだろう。困っていることはないか。こころが疲れてはいないか。
 人の温もりを感じる眼・耳・皮膚感覚を失ったまま人生を生きていても、私には何も蓄積されません。そんなだから「私はひとりでも生きていける」「誰々は邪魔だ」といった思い上がった気持ちが芽生えてしまうのです。
 年を取るにつれて時が経つのを早く感じるのは、誰のことも気にせず、何も身につくことなく、身軽に生きてきた結果かもしれませんね。
   
   
 松田優作さんのことばをもうひとつ。

 俺はまだ発展途上人なんですよ。
 かつて積み上げていったアクション・スターとしての自分が邪魔っ気でね。やたら 飾りばっかりたくさんつけて。
 今はひとつひとつ、それを外していく作業をしているわけです。

 自分が努力して獲た地位・名誉・評価が邪魔っ気だという。それをひとつひとつ外す作業をされていた。
 松田優作さんの死は早すぎたと人は言う。しかし、自分の殻に閉じこもり、自己満足の経験を単に積み重ねるのではなく、人を感じる眼・耳・皮膚感覚を持ちながら、邪魔っ気なものをひとつひとつ外す作業をしながら生きた人生には、長い短いでは計れない深さがあったことでしょう。
 数字で表わすと短い人生だったのかもしれません。しかし、数字では表わすことの出来ない長さと深さと広さを備えた人生を送られていたことでしょう。どんなに長く生きようとも、なかなか獲られないほどの経験を積みながら。

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