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2005年9月21日 (水)

涙があるからこそ

 束縛があるからこそ
 私は飛べるのだ
 悲しみがあるからこそ
 高く舞い上がれるのだ
 逆境があるからこそ
 私は走れるのだ
 涙があるからこそ
 私は前に進めるのだ

     マハトマ・ガンジー 「遺言詩」
   
  
昨日から「」について考えています。
そこで心に留まったのがガンジーの「遺言詩」

 束縛の対が飛べること
 悲しみの対が舞い上がること
 逆境の対が走ること
 涙の対が進むこと
   って読んでしまいそうだけど、そうではなくて、
   
 束縛って飛べること
 悲しみって舞い上がること
 逆境って走ること
 涙って進むこと
   対となる言葉のようだけど、実は同義なんじゃないかな。

   
死があるからこそ
私は生きられるのだ
  死と生は相反するものではなく、実は同義。
  切り離して考えてはいけないこと。
  切り離して考えてしまうから、
  「死」は暗いもので「生」は明るいものと分類してしまう。
  「束縛」はマイナスで、「飛べること」はプラスと勘違いしてしまう。

  生死あるからこそ人生
  束縛と飛べること(自由を意味してるのかな)あってこそ人生。
  
  どちらか片方だけの人生なんて、成り立たない。

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コメント

死というものを考えるからこそ
今自分が生きていることをも
考える、感じることができるのですよね
暗闇の中に光が灯ったら、
その光によってまわりが暗闇だったことがわかる、みたいな・・

でも今自分は、与えられているその「生」を
ちゃんと考えて生きているかな と考えました

「束縛と飛べることあってこそ人生」
なんだか、いいですね!
両方あってこその人生。

光のように周りを照らす役割になりたいと
なんとなくいつも心の奥で思ってきましたが
暗闇のように周りをしっかり包む役割でもいいかもしれない・・と思いました。
(ちょっとずれているかな、ごめんなさい。)

☆fairmoonさん こんばんは
暗闇の中を、たとえば10年間生きてきたとします。
ある日、光が差し込んできました。
その光が暗闇を明るくするのは、一瞬ですよね。
10年間暗闇だったから、光が差し込んで10年かけて明るくなるわけではない。一瞬で明るくなる。これって、すごいことだと思いませんか?

じゃあ、いつ光が差し込むのか。
実は、既に光は注がれている。私が気付いていないだけ。
自分の経験や思想といった暗闇の中に閉じこもってしまっていることを、私自身が気付いていないから、光も感じない。

「死というものを考えるからこそ
 今自分が生きていることをも
 考える、感じることができるのですよね」
考え、感じ、迷うことを通して、初めて光が見えてくる。
その時、一瞬にして私の人生が明るくなる。

暗闇あってこその光。
光は、当たる対象物がなければ、光と認識できない。
迷い、悩みがあってこその光、ですね。

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