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2005年9月20日 (火)

どう答えますか?

今日は彼岸の入りです。
先の3連休にけっこうお墓参りにみえているので、今日はお彼岸の
お中日のような感覚です。
でもお彼岸は今日から1週間。すでに体が疲れてしまってます(年ですかね)。
  
   
お参りにみえた門徒さんから相談を受けました。
5歳になるお孫さん(女の子)がいるのですが、その子が生まれて6ヶ月の時にお父さんは亡くなられました。
今までは「お父さんは遠い国にいるんだよ」と話してきたそうですが、
最近なにか変だなぁということに気付いたらしいのです。お父さんに関する質問攻めだそうです。
で、本当のことを話すべきなのか否か、おじいちゃんとおばあちゃん、おかあさんは迷っているのです。

私は、「話す時期が来たということだと思います」と言いました。
その子にはお兄ちゃんがいて、お兄ちゃんはすべて理解しているらしいので、なおさらキチンと話してあげた方がいいなと思いました。
葉っぱのフレディ』という絵本を薦めたのですが、すでに持ってらしたので、お孫さんと一緒に読んで、折を見て、本当のことを話してあげたらいかがですかと言いました。


子供は、大人が考えるよりも、ずっとずっと賢いです。理解力があります。隠そうとしても、ごまかそうとしても、そのことに気付きます。
こちら側から事細かに説明を切り出す必要はないけれど、聞かれた質問には、大人に対するのと同じように答えてあげるべきだと思います。

あなたなら どのように答えますか?

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コメント

うん、子供って賢いよね。
理解する能力は本当に高いと思います。
上手く伝わりますよに・・・・。

私も、子供に「話す時期が来た」のだと感じました。
子供のわかりやすい言葉でシンプルに伝える。
子供は子供なりにその事実を受け入れることだと思います。
「遠い国」にいると信じていたら、
「どうして私に会いに来てくれないの?」と思うのが素直な気持ちだと思うし、
それ以前に「会いたい」って思うのが自然な心の動きだよなあって思うんです。

我が家の娘達も、盛んに「死」について私に聞いてきます。
死んじゃったらどうなるの?
体はお墓に入るけど、心は天国に行くんだよね?
死んじゃっても、私のこと、覚えていてくれる?って。

私は死後の世界は全くわからないから、
「わからないけれど、こうなるんじゃないかなあ。」と
私なりの想像で話して聞かせています。

わからないから知りたいという好奇心だけではなくて、
「生」と「死」について、考え始める時期に入ったのだなあと
大娘を見ていて感じています。
「死」を教えることは難しすぎることだけど、
「死」を教えることは「生」を教えることなんだなあと
私も娘達から学ばせてもらっているところです。

あらら。。。私の話ばっかり^^;
どう答えたらいいのかなあ。
きっと正解はないのかもしれないけれど、
ありのままに伝えたら、きっと大人が思っている以上に、
子供なりに受け入れてくれるのではないかなあ、
受け入れることができるのが子供に備わっている能力のひとつでもあるのだろうなあって、
そう思いました。

☆ameさん こんばんは
コメントありがとうございます。
そうですね、うまく伝わるといいですね。

「話してあげてください」って言うのは簡単だけど、
実際にお孫さんにお話するおじいちゃんとおばあちゃんは
つらいですよね。

ちょっと前に見た海外の番組で、子どもの時間の理解の獲得する時期をやってました。
詳しい年齢は忘れてしまったのですが、3歳くらいでは10分待てといっても通じない。それが5歳くらいになると、10分という時間をはっきり理解しなくてもそれがそれほど長くないとわかって待てる。
また、3歳くらいの子に自分の赤ちゃん時代の写真を見せても、それは弟または妹と思い、自分に小さかった過去があることを理解できない。
それが年齢とともに現在、過去、未来を認識できるようになり、小学校に入るくらいで生と死を理解できる。
そして、小学校3年生くらいで一人が死んでもそれですべてが終わりになるのではなく、いろんな人の生と死を繰り返しながら世界は続いていくのを理解できる。
というような内容でした。
今、何歳だからこれを話しても理解できないわね、と言って話さないのではなく、やはり聞かれたことに対しては答え、それをその子がどこまで理解できるかを見ながら、聞かれるたびに答えていくのがいいのかなって思いました。
その子にどんな理解力があろうとも、父親の死を受け入れるのはショックも大きいことでしょうし。

☆りるさん こんばんは
コメントありがとうございます。

死後のことは、私にも分かりません。
でも、分からないということが分かっているわけで、
つまり、今を生きるしかないわけですよね。

“「死」を教えることは「生」を教えることなんだなあ”
そうですね。

“私も娘達から学ばせてもらっているところです”
うん、私たちが子供たちから教わっているんですよね。

それに、亡き人から「死」について学びの場を与えられているわけです。

つい自分が教える立場に立ってしまうけど、実は教えられることの方が多いんですよね。
子供や亡き人、教えてもらうなんて思いもしない人たちから。

☆ソファさん こんばんは
コメントありがとうございます。

「小学校3年生くらいで一人が死んでもそれですべてが終わりになるのではなく、いろんな人の生と死を繰り返しながら世界は続いていくのを理解できる」

いろいろ教えていただいて、ありがとうございます。
ちゃんと理解できるんですよね。というか、固定観念や自分なりの答えみたいなものがないから、子供の方が大人よりもキチンと受け容れられるのかもしれませんよね。

かつさん、こんばんは。

私なら、どう答えるか?
きっと、私が思うこと、考えていることを、そのまま伝えると思います。
どんなに幼くても、子どもは、その子なりに理解してくれると思うんです。
わからなければ、さらに聞いてくるでしょうし。
子どもが物事を感じ取る力は、大人より何倍も鋭いので、こちらが期待したことよりも多くのことを理解してくれると思います。
質問してきてくれた時が、伝えるタイミングだと思うんです。
質問してきてくれるということは、「もう、準備ができたよ」と、教えてくれているんじゃないでしょうか?

子どもは6歳ぐらいから、死の現実的な意味(誰もが死ぬこと、死んだら生き返らないこと、など)を理解し始め、死に対して情緒的な反応(悲しい、かわいそう、など)も示すようになります。
これ以前では、生と死をはっきり区別しておらず、死んでもまた帰ってくる、というような認識だったりもします。
9歳10歳ぐらいになると、死を「脈が止まる」「呼吸をしない」など科学的にとらえられるようになる半面、「霊」等に対しての興味が強くなる時期(こっくりさんとか、怖い話、とかが大好きな時期ですね)になり、精神的なものに強くひかれる時期になってしまいます(この時期に、「(生まれ変わるという意味で)生き返れる」という反応が出てくることもあるようです)。

3年生ぐらいまでが、死を理解するための最初のピークのようです。
それをすぎると、霊や生まれかわりなど、様々な情報が入ってきて、死についての理解が揺らいでしまうこともあるようです。

長々と書いてしまいましたが、理屈は理屈であって、その子が必要としている時に、伝えてあげられることが、一番良いことだと思います。

☆mebaさん こんにちは
コメントありがとうございます
目からウロコです。
子供と接するときって、つい自分を幼い方に合わせてしまいますが、
それだと、どう教えれば、どの程度教えればいいか悩んでしまう。
そんなことする必要なんですよね。
ひとりの人として接すればいい。
「私はこう思います」って。

霊や超常現象といったものに惑わされてしまうのって、必要な時期に、必要な情報をキチンと教えられなかったり、経験しなかったからなのかもしれませんね。

子供に、おじいちゃんおばあちゃんの遺体を見せないようにする方がたまにいるのですが、おじいちゃんおばあちゃんからの大切なメッセージを無にしてしまってますね。

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