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2005年8月30日 (火)

バラバラでいっしょ

バラバラでいっしょ
親鸞聖人から数えて本願寺8代目蓮如上人の500回忌法要が1988年に勤められました。「バラバラでいっしょ」は、ご遠忌に向けてのテーマです。

既に終わった法要のテーマを引き出してきたのは、「一期一会」「独生 独死 独去 独来」の記事を書いていたら、このテーマの壮大さをあらためて感じたから。

みんな仲良くいっしょがいいに違いないのだけれど、それだと“個”がぼやけてしまう。
個を大切にすると、勘違いされた自由の下、“みんな”という感覚がなくなってしまう(う〜ん、不器用)。

個性って、「独り生まれ 独り死ぬ」ということ。
誰もが持っている共通の出来事であり、一人ひとりの身に起こる出来事。
そのような独りの感覚で他者を見たとき、みんないっしょという感情が芽生えてくる。
みんないっしょという感覚があって、独りという感覚が際立つ。

「独生 独死 独去 独来」
独りのことでありながら、みんなのこと。
みんなのことでありながら、独りのこと。
「バラバラでいっしょ」
バラバラだけど、いっしょ。いっしょだけど、バラバラ。

   矛盾しているようで、矛盾していない。私たちの姿。

「バラバラ」って、離散ってことじゃなくて、それぞれが「独生 独死 独去
独来」の生を生きているってこと。
でも、孤独ではない。「独生 独死 独去 独来」の生を生きながら、そういう人と人が出会っていく。まさに「一期一会」。
だからこそ「バラバラでいっしょ」。


法要は終わったけれど、ことばは生き続けている。
ことばを噛み締めながら、私も生きる。

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コメント

「バラバラでいっしょ」でいいはずなのに、どうして人って
「全く同じでいっしょ」を求めてしまうんでしょうね。
全く同じになりがいがために、相手を変えようとしてみたり
自分を変えなくちゃとか思ってしまったり、
すごく大きな無理をしようとしてしまうことが多いですね。

私は「バラバラでいっしょ」、すごく共感していますが、
人と自分の重なり合う部分がみつかると、
この重なり合いがあるから、いっしょでいられるんだなあって
思えるようになってきました。
去年の私には、全く想像もつかないことを、
いろんな方と出会うことで、気づかせてもらっています。
「一期一会」で得られた、大事な思いのひとつです。

☆りるさん コメントありがとうございます
「全く同じ」人間が揃ったら、面白くないですよね。
全く同じだと、みんな同じわけだから、“いっしょ”という感覚そのものが湧いてきませんよね。
みんなバラバラだから、つながりを感じられる。
それを、出会いで気付かせてもらえる。
それこそ「一期一会」の気持ちなんでしょうね。

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