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2005年8月31日 (水)

今、いのちがあなたを生きている

今、いのちがあなたを生きている
このことばは、2011年に勤められます親鸞聖人750回忌にむけてのテーマです。

一見すると、意味が通りづらいかもしれませんね。
“いのち”を自分のものとして所有化してしまうと、分からないと思います。

自分の“いのち”だから、どうしたっていいだろうと、自殺に踏み切る。
あんな奴の“いのち”だから価値はないといって、他を殺める。
人間は動物の中でもっとも賢いなんていって、生きとし生けるものの中で“いのち”の順位をつける。

誰のものもであろうと変わらぬ“いのち”を、軽重の比較をし、順位付けをし、価値の有無で見て、自分の“いのち”は自分の好きにしていいだろうと考える。
そういう闇の部分に目を向けずに「いのちを大切に」なんて叫んでも、伝わらないし、響かない。

この私の中に生きている“いのち”は、私のものかもしれない。
でも、私の中には、自分から遡って先祖代々の血が流れている。
血だけではない、あなたが今身につけている生きる知識や智慧は、今まで出会った人々から脈々と教え受け継がれてきたもの。

「一期一会」
人に会う。生涯を通じて会わずに終わってしまう人々の方が遥かに多いのに、その中で出会う人がいる。
その人がいなければ、今の自分はないという出会いもあったことでしょう。

「独生 独死 独去 独来」
誰も代わることのできない“いのち”を頂戴して生きている。
自分の中にある“いのち”はひとつかもしれないが、誰もが同質の、誰も代わることのできない“いのち”を生きている。

「バラバラでいっしょ」
個々それぞれバラバラの人生を歩んでいても、こころのどこかで通じ合えるものを抱えて生きている。
その想いが、“いっしょ”という連帯感を生み出す。
同じ目的を持ち、同じ方向を見、同じ未来を目指すことだけが、いっしょとか連帯とか共生ではない。
たとえ目的・方向・未来はバラバラでも、こころの中はいっしょといえる生き方がある。
今は「いっしょをめざしてバラバラ」。本当は「バラバラだからこそいっしょ」。

「今、いのちがあなたを生きている」
私の中の“いのち”は、私のものでもあり、みんなのものでもある。
自分ひとりの所有物ではない。

 生きとし生けるものすべてが持つ同質の“いのち”が、
  過去から連綿と伝わってきた“いのち”が、
   今あなたの中を生きている。

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