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2005年7月 9日 (土)

希望

東京大学では、「希望を社会科学する」そうです。

   東京大学社会科学研究所では2005年度から
   希望学プロジェクトを開始しました。

   希望とは何か?
   希望はどこから来て、そしてどこへ行くのか? 
   希望と社会のあいだの本質的なかかわりとは?

   希望学は、
   思想・制度研究、経済・歴史分析、社会調査など、
   研究所の全精力を結集し、
   希望を社会科学します。
            (東京大学社会科学研究所HPより)

新聞を読んでいて、なんでも学問になるんだなぁ、どういうことを研究するんだろう?って感心してしまいました。

研究することは大切ですが(うわっ、なんだか偉そうだ)、あまり突き詰めすぎると、大事な部分や本来の目的を見失ってしまいがちです。
それこそ、希望を社会科学して、希望を見失わないでくださいね^^


  もし、世界の終わりが明日だとしても、
                 私は今日、林檎の種を蒔くだろう。

                                ゲオルギー

他にするべきことがあるのかもしれない。でも、これをせずにはおれない。そういう“希望”があってもいいですよね。
でも、“希望”が社会科学されると、「こういうのは“希望”とは言わない」なんて言われてしまうのかなぁ。

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コメント

突き詰めたい欲望、解明したい欲望、
人間の欲望は止まらないものですね。

希望の持ち方、希望の表し方は人それぞれでいいのだと思うけど
何らかの定義がされてしまったら、“希望”とは言えない希望は
どうしたらいいのだろう、今まで抱いていた希望は別のものだったのか、と、
またそれを解明したくなるのかもしれませんね。

カタチの掴めないものがあるからいいんだよなあ~って思う私は
ちょっと安易すぎるのかな?と思ってしまいました^^;

「新種の希望が発見され、学会発表される」
なんてことが新聞の1面を飾ったりしたら楽しそうですね。
でも、自然科学ではなく社会科学ですか。
ちょっと違いますね。
今の社会、現状に希望を持てない人に、希望の持ち方を教えてくれるものになるのかな。

☆りるさん♪
カタチの掴めないものを、認めない人と、
何とかして解明してしまおうという人がいるような気がします。
カタチないものは カタチないままに享受したいですよね^^

☆ソファさん♪
自然科学としての希望学って、おもしろそうな気が…。
希望を持ってる人を「新種発見」なんて言われる世の中、嫌ですね。


★雑感
新聞やニュースなどで「希望を持てない人が増えている」とか指摘されるけど、希望を持って輝いている人って、たくさんいると思う。そういう人を、珍しく思ったり、貴重に思ったりする人が増えているだけのことだと思う。どんなことでもいいから、希望を持って生きたいなぁ。
なんて言ってはみたけど、私の希望って何だろう?
みんなにも宿題ね^^(偉そうだ^^;)

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