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2005年6月18日 (土)

善魔

 善いこととなると、これは意外と努力なしに感情だけでやれるものだ。しかし感情に突き動かされて行った愛なり善なりは(正確にいうと自分では愛であり善いことだと思っている行為が)相手にどういう影響を与えているか考えないことが多い。
 ひょっとするとこちらの善や愛が相手には非常な重荷になっている場合だって多いのである。
 それなのに、当人はそれに気づかず、自分の愛や善の感情におぼれ、眼くらんで自己満足をしているのだ。
 こういう人のことを善魔という。そしてかく言う私も自分がこの善魔であって他人を知らずに傷つけていた経験を過去にいくつでも持っている。
 その苦い体験を今かみしめてみると、やはり原因は二つある。
ひとつは相手の心情に細かい思いをいたさなかったこと、
もうひとつは自己満足のあまりに行き過ぎてしまったことである。

                     (遠藤 周作『生き上手 死に上手』)

人の為と書いたら、偽りという字になりました
厳しい ことば です。
「ヒトノタメ」とも読めるけど、「ヒトノナス」とも読めるよ、と教えられたことがあります。
なるほど、人がすることって、危ういことだらけなんだなぁと思います。
知らないうちに、どれだけの人を傷つけてしまっていることか。

かく言う私も善魔です。

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