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2005年6月21日 (火)

100万人のキャンドルナイト

今日は、「100万人のキャンドルナイト」です。
宇宙から地球を眺めると、東京の辺りが煌煌と光輝いています。
地上から空を眺めても、星はほとんど見えません。
街は、いつの時間も光が溢れ、人も多く、いつまでも賑やかです。

100万人のキャンドルナイト。今日の午後8時から10時まで電気を消して、大切な人との語らいの時間にしましょう。日常から離れ、光のない非日常の世界へ…。
う〜ん、どっちが日常で、どっちが非日常なんでしょう。書いてて「オヤ?」っと思いました。
非日常が日常となり、日常だったものを非日常にしてしまった。
今、そういう世の中を生きているのではないでしょうか。

こういう呼びかけって、やっただけで満足してしまう、イベント化してしまうという恐れがあります。かなりのキャンペーンになっているようですが、その宣伝には電気も必要不可欠という矛盾を抱えている。
批判してるんじゃないですよ。こういう呼びかけって個人的には好きなんですけど、午後10時過ぎたら一斉に電気が点くのかなって思ったら、首を傾げてしまいます。出来ることから少しずつということかもしれませんが。

あれ?この「100万人のキャンドルナイト」って、電気を使わないことを呼びかけてるのかな、電気を消して大切な人との語らいの時間にすることを呼びかけているのかな。それとも両方?
ここまで書いておきながら、こんなこと言い出してすみません。

「○○をしましょう」「××はいけません」などという呼びかけ(スローガンとか)って、出来てないからスローガンとして成り立つわけで、本当なら、呼びかける必要もないっていうのが理想ですよね。
電車の優先席の条件って、細かく指摘しすぎると思いませんか? 自分が小さい頃は、「お年寄りと体の不自由な人」としか書いてなかったような記憶があります。それでも、それ以外の人(妊婦さんとか赤ちゃんを抱っこしているお母さんとか)にも席を譲る気持ちがはたらいていたと思うのですが。
今は、「お年寄り・体の不自由な人・妊婦・ペースメーカーをつけている人」と細かく指摘されています。そうすると、それ以外の人に席を譲る目が養われてなくなってしまうんですよね。

譲り合う、語り合う、無駄な電気を使わない等々、人に言われなくても、自発的に出来るようになりたいものです。


追記
21日午後8時から10時まで、寝てました…酔っ払って。
電気は消して寝ましたよ…って問題かい?

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コメント

アレはダメ コレはダメ 言われ続けている子は
自分で考えるということが できなくなる気がします
子供の頃に 考える余地を与えられていたかどうか・・
考えるという習慣を 与えられていたかどうか・・
そういえば、うちの母は 口うるさすぎたなぁ・・苦笑
そういえば、わたしも口うるさいなぁ・・反省 
今ならまだ 間に合うかな^^

敬老の日・勤労感謝の日・父の日・母の日 エトセトラ
特別な日を作れば作るほど その日だけ大切にして
他の日が薄れていくような気がするのは悲しいですね 

そうですね。
特別な日をきっかけに、普段忘れている感謝の気持ちを思い起こせればいいのですが、その日だけ感謝するようになってしまっているような…その日すら感謝してないか^^;

最近「子供が乗ってます」ステッカーが車に貼ってありますが、どの車に対しても、安全運転を心がけなければいけませんよね。
(誰ですか?今 よく言うよねって顔した人は?
            …実は運転が荒いかつさんです)

今夜は100万人のキャンドルナイトなんですね。。。
去年、そのイベント?に参加しました。
雨の降る中、なかなか火のつかないロウソクに悪戦苦闘したなあ。
なんか、あれから一年経ったんだなあって、
一気にいろんなことを走馬灯のように思い出しました。

あらら…とりとめもなくて、ごめんなさいです^^;

一年経つのって、早いですよね。
イベントもいろいろあるみたいですね。

そういえば、うち(寺)にはたくさんロウソクがあるなぁ…。

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