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2005年5月 7日 (土)

苦しみがなくなるということ

  苦しみがなくなるということは
  その苦しみを生かしていくことが
  できるということ

               蓬茨祖運

以前、仏の「慈悲」とは「与楽抜苦」であるという話をしました。
 仏さまが、衆生を想うはたらきを「慈悲」と言います。
 「慈悲」は、「与楽抜苦(よらくばつく)」といって「楽を与え、苦を抜く」
 という意味があります。
 この「与楽抜苦」とは、私たちの欲望レベルの“与楽”や“抜苦”を
 指しているのではありません。
 悩み苦しみの中を生きるという、身の事実に目を向ける、
 そのことこそ「与楽抜苦」であると教えてくださっています。

下線部分をもっと分かりやすく表現できないかなぁと思いながら書いたのですが、
今日蓮光寺さんのHPで 、この ことば に出会い、「あぁこういうことかなぁ」と感じました。

苦しみがなくなるということは その苦しみを生かしていくことができるということ

苦しみを生かすことなしに 苦しみがなくなるということはないんですね。
苦しみから逃れたいと思っても、実際に苦しみがなくなることはありません。
酒や遊びでごまかしても、苦しみはそのままです。
日の良し悪しを選んで行動したところで、苦しみに遭うことはあります。
時が経てば解決するということもありますが、苦しみがなかったことになるわけではありません。

苦しみを生かすのは、私じゃない。
苦しみを生かしていくことができるようになることが、仏の慈悲「与楽抜苦」なのです。
教えの ことば に触れて、
前向きになったけど、やっぱり落ち込んで、でもまた頑張って、でもまた・・・。
この繰り返しです。でも悪循環ではない。
仏の慈悲が、この私に注がれているから立ち直る力が湧いてくるのです。

「じゃぁ、落ち込まないように常に慈悲を注いでください」
「常に仏の慈悲は注がれていますよ」
「それなのにどうして落ち込んでしまうのでしょう?」
「それは、私がしばしば仏を忘れてしまうから。でもね、仏さまは常に私のことを見ていてくださっていますよ」

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