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2005年5月 4日 (水)

祝婚歌

  祝婚歌    吉野 弘

  二人が睦まじくいるためには
  愚かでいるほうがいい
  立派すぎないほうがいい
  立派すぎることは
  長持ちしないことだと
  気付いているほうがいい

  完璧をめざさないほうがいい
  完璧なんて不自然なことだと
  うそぶいているほうがいい

  二人のうちどちらかが
  ふざけているほうがいい
  ずっこけているほうがいい

  互いに非難することがあっても
  非難できる資格が自分にあったかどうか
  あとで疑わしくなるほうがいい

  正しいことを言うときは
  少しひかえめにするほうがいい
  正しいことを言うときは
  相手を傷つけやすいものだと
  気付いているほうがいい

  立派でありたいとか
  正しくありたいとかいう
  無理な緊張には
  色目を使わず
  ゆったりゆたかに
  光をあびているほうがいい

  健康で風にふかれながら
  生きていることのなつかしさに
  ふと胸が熱くなる
  そんな日があってもいい
  そして、なぜ胸が熱くなるのか
  黙っていても
  二人にはわかるのであってほしい

昨日に続いて、吉野 弘さんの詩をご紹介します。
「祝婚歌」 披露宴のスピーチで聞いたことがある方もたくさんいるのではないでしょうか。
吉野さんが自分の姪御さんの披露宴に出席できなかったときに贈った詩だそうですが、そのまま詩集に載り、新たな一歩を踏み出すふたりのために贈られています。

「正しいことを言うときは/少しひかえめにするほうがいい/正しいことを言うときは/相手を傷つけやすいものだと/気付いているほうがいい]
私はこの部分が特に好きです。
「祝婚歌」とはいっても、結婚されたふたりだけへのメッセージではないと思うんですよね。
誰に対しても通じるメッセージだと思います。

「正義」が何なのか、分からない世の中です。
いや、分かっているのでしょう。私の考え方が正しいと思っている人にとっては。
仮に正しいことを言ってたとしても、人を傷つけることってあるわけで。
いや、正しければ正しいほど傷つけるのかも。

JRの脱線事故をニュースで見ていてですね、遺族の怒りの様子が映し出されています。
遺族にしてみれば、当然の怒りだと思います。
でも、あの怒りに ついていけない第三者もそろそろ登場するわけです。
「謝っているんだから、許してあげて」「そんなに怒ることないじゃないか」って。
それもまた否定できない感情だと思います。
悲しいのは、遺族と、遺族に対して「謝っているんだから、許してあげて」と思い始めた人たちが争ってしまうこと。
直接に争いが起こることはないでしょうが、争う必要のない人どうしが争い、傷つけあうことがとても悲しい。
遺族の怒りも真実ですし、それを見て辛く思う人の感情も真実。

「正義」が何なのか。それは分かりきっている。自分なんですよ。そこは外せない。だから、正義と正義が対立してしまう。正義の反対は悪じゃないんですよね。
自分が正義という考え方は誰だって外せません。
お前の「正義」に、悲しみの共感はあるのか。そういうことを問う眼を持ち続けていたい。そういうことを問うてくれる人こそ一生の伴侶なのでしょう。

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コメント

今日のお話を聞いて わたしなりに思ったことをつらねます^^

今月の一日に取り上げられた『償い』 という歌を聞くと、
何とも言えない気持ち になるのは
この事故の 第三者的立場に立って 被害者の遺族に対して
よく許してくれたね よくがんばったね っていう気持ち 
許すことによって、あなた自身も あるいみ解放されるんですよ
これで よかったんだよ っていう気持ち
それから 加害者に対して 
よかったねぇ・・・ あなたの優しさが通じたね
あなたのことだから その罪は忘れないはず
その気持ちを持っているかぎりは 
許されたと思ってもいいんだよ っていう気持ち
すべてが入り混じって こみ上げる、客観的だけれど
それもまた ヒトの優しさからくる気持ちの仕業
第三者は どこまでも第三者
両者を 長い時間をかけて そっと見守り、
彼らの気持ちの移行の手助けはできたとしても
被害者に対しても、加害者に対しても こうあるべきだと
気持ちの持ち場所を、確定したり、無理強いすることは 
ただのお節介ではないかということも
この歌から学ぶ気がします

数学のようには その場ですぐには割り切れない だからこそ
ヒトは悲しくて 苦しくて そして すばらしい
そこには正義とは何か そういう問いかけを超えた世界がありますね
気持ち というものを ヒトに与えられた意図は
それを きっとすばらしいものに変えていける力を
長い人生をかけて 勉強していくためなのかも と思うこのごろです

「償い」の歌詞に

  人間って哀しいね
  だってみんなやさしい
  それが傷つけあって かばいあって

とありますね。
ホント、感情って数学のようにキチンと答があるものじゃない。やさしいのに傷つけあうなんて。
でも、私の身に起こる事で、意味がないことってないと思います。私の身に起きた出来事を通して、すばらしいものに変えていく力があるんですよね。きっと。
一生勉強です。

最近、何度も何度もこの詩を読んでいます。
自分に置き換えて、本当に何度も何度も。
日に3回くらい、この画面を出して確認して、また日常に戻る・・・・みたいな(笑)

でもでもやっぱり足りない事だらけです。
こんな風にいられたら・・・良いなぁ。

私もかつさんと一緒で、「正しい事をー」の部分が一番好き。そしてそうありたいと思いながら、心のどこかに自分の正当性を強く主張する自分がいるようです。
まったくもって、いつになったら我をなくせるのかなぁ~。課題、山積みって感じの毎日です(笑)

「祝婚歌」って知ってました?
私は友人の披露宴で、スピーチをした人が読んだのを聞いて知りました。
しかも、ふたり続けてこの詩を読まれたんです。2人目の方はばつがわるそうでしたが。
でも、2人目の方も「私がこの詩を読んだカップルはみんな幸せなので、今日も読ませていただきます」って読んでました。
そんなことがあったので、印象に残っています。

「正しいことを言うときは/少しひかえめにするほうがいい/正しいことを言うときは/相手を傷つけやすいものだと/気付いているほうがいい」
分かってるんですけどね。でもなかなか。
実は、昨日も自分の正当性を主張して人に突っかかってしまったんです。
自己嫌悪でした。ここだけの話ですよ(ってコメントするのもおかしいですが)。

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