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2005年5月 6日 (金)

日々是好日

東京 午後7時30分 雨。

雨の日は、憂鬱な気持ちで出かけることがあります。出かける予定をやめてしまう人もいるのではないでしょうか。天気で自分の行動・気持ちを左右されてることがありますが、日や方角の良し悪し、数字(4とか9)を気にする人はいませんか?

「吉日に悪をなすに必ず凶なり。悪日に善を行うに、必ず吉なり」といへり。
吉凶は人によりて、日によらず。
(吉田兼好)

結論から言うと、まったく気にしなくていいことなんですよ。
六曜(仏滅や大安など)とか厄日・厄年を気にして、更には天気に左右されてしまう。終にはなにも出来なくなってしまいますね。
限られた人生の中で、なぜそのようなことで自分の行動を縛ってしまうのでしょう。
それとも、限られた人生だからこそ、最善の日・方角などを選ぼうというのでしょうか。

物事には原因と結果が必ずあります。
自分や家族にとって悪い結果が出たからといって、それは日や方角に原因があるわけではありません。
日や方角に気をとられていると、物事の原因・本質を見失ってしまいます。
かけがえのない今日一日を生かされていると考えれば、「日々是好日」〔雲門(中国のお坊さん)〕。日の良し悪しを気にすることはありません。

そのように考えれば、余計なことを気にせず、自分がすべきことを堂々と行えるのですが、
厄介なのは、日を気にする親戚や周りの人間ですよね。葬儀・結婚式・建築などの日取りにうるさく口を出す人はいませんか? 親切心から言っている人もいるのでしょうが、他にアドバイスすることはたくさんあると思うのですが。

気にするといえば、六曜。でも、勘違いして理解されているようです。
「大安」に結納や結婚式など祝い事をすることが好まれます。 
でも「大安」って「大いに安んずることが吉」という意味で、家でじっと休む日なのだそうです。ですから、忙しく祝い事をするということは、自ら良くない行動をとっていることになりますよね。
「友引」は「友を引く」という意味で葬儀の日としては嫌われますし、結婚式をするには喜ばれています。
しかし「友引」は元々「共に引き分け」勝ち負けのない日を意味します。

「気にする必要はないんです」といくら言い続けても、気にする人はいつまでも気にします。否定はしません。でも、世間一般に言われていることを鵜呑みにしているだけで、実はなにも根拠なく信じているという姿が浮き彫りになります。信じれば信じるほど、日の良し悪しは気にする必要がないことだということを、自ら示してくださっています。


付記(5月7日記)
気にするな 気にするな と言っていること自体、実は気にしているってことなんですよね。

「アンチ巨人」なんてわざわざ言うってことは、どこか気にしているから言うわけで(「アンチオリックス」とか「アンチカープ」とかって、聞かないじゃないですか)、そういう意味ではファン心理がはたらいているんですよ。
例に挙げたチームを応援してる方、ゴメンナサイ

気にしなくていいですよって言ってる私が気にしすぎているんだよなってことです。

こんなことがありました。
真宗のお勉強をして、「真宗では日や数字の良し悪しは言わないんだ!」って力んでいた頃、
車のナンバーを自分で選べるようになって、「44−44」にしたんですよ、
「良い番号だろう!」って友達に見せたら、
「良い番号だけど、だけど、これってくだらないよ」って言われました。
(ムンクの叫び!!!!)
「そうだ、気にしないといいながら、気にしてるからこんなことしてしまうんだ!」その瞬間に気付きました(もっと早く気づけよってなぁ)。

自分が割り当てられた番号をいただいて、自分が物事を成すご縁をいただいた日に物事を成す。
あるがまま生きればいいのに、気にする必要がないことに振り回されていました。
雨を止まそうと思ったり、晴れが続くことを不安に思ったりしなくていい、
雨の日は雨の中を、晴れの日は晴れの中を生きればいいんです。
「日々是好日」なんです。

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