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2005年4月 9日 (土)

ユズリハ

春らしいポカポカ陽気な週末、いかがおすごしですか?
境内の木々からは新芽が芽吹き、桜や海棠(かいどう)が咲き乱れ、生命の息吹を感じます。
ところが…
境内に一本の大きなユズリハがあるのですが、全く元気がないんです。
数年前に木のお医者さんに診てもらいました。そして、一時的に元気になったのですが、やはりダメでした。
それでね、今、ユズリハの姿を見ていて思ったんです。ユズリハの元気がなくなったのは寿命なのかな?って。
病気なら治すこともできたでしょうが、寿命で元気がなくなってしまったものを、薬を使って元気を出させても、無理が来ますよね。今、そういう状態なんだと思います。
これって、人間にも当てはまることだと思いません? 病気を治すことはできても、老いを止めること・若返ることはできません。気持ちを若く持つことはいいことだと思います。でも、いつまでも「あのころ」を背負って生きるのは、実は本人が一番つらいんですよね。
ありのままを受けいれるのは残酷なことでもあります。でも、受けいれてしまえば、これほど楽なことはありません。

PICT0165

突然ですが、「衆生(しゅじょう)」と聞いて何を思い浮かべますか? 人間(だけ)のことだと思っていませんか?
“衆生”とは、生きとし生けるもの全てのことです。人間に限ったことではありません。
いつからか、どういうわけか、人間がこの世の生物の中で最高の生き物であるというような考え方がはびこってしまってます。そのような考えを基にしてしまうと、「人間さえ良ければ」「人間さえ救われれば」という発想につながってしまいます。こんな発想をしてしまう生き物が最高の生き物なわけはないわけで(その考え方も、比較しているという点では、同質の間違いを犯しています)。
えっと、つまり、木も人間も、その他の生き物も、同じいのちをいただいて生かされているんだなぁということを、ユズリハから教えられましたということを言いたかったのです。

幼い頃、毎日登って遊んだユズリハを見て。

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