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2005年4月 2日 (土)

私の誕生日こそ母の日

誕生日こそ母の日です

“母の日が私の誕生日”ではありませんよ。
“私の誕生日こそ母の日”なのです。
違い、わかります?

誕生日というと、誕生日を迎えたその人をお祝いします。コングラッチュレイション♪
それと同時に、誕生日は、自分を生んでくれた母に感謝をする日でもあるわけです。
5月の第二日曜日(だっけ?)が“母の日”ということになってはいますが、自分の誕生日こそが母の日と言えるかと思うわけです。

家庭・仕事・社会活動などにおいて、「私がいなければ」「私でなければ」と自負することがあると思います。でも、家庭・仕事・社会活動などにおける私って、実はいくらでも代わりがいるものです。「私がいなければ、家庭は(職場は、この活動は)、どうなってしまうか分からない」なんて思っていても、いざいなくなっても、ちゃんと代わりが現われて、キチンとこなしてくれるものです。ご心配なく。
さて、何を言いたいのかと言うと、役割における代わりはいくらでもいるんです。でも、私の代わりは誰もいないのです。○○ ○○(ご自分の名前を入れてください)の代わりは○○ ○○しかいないんです。代わりのいない大事ないのちを頂戴しているわけですね。

「なんで生んだんだ!」「お前が勝手に生んだんだ!」なんて思ったことはありませんか? 芥川龍之介の『河童』を読むと、父河童が、母河童のお腹の中にいる子河童に聞くんですね「お前は生まれたいか?」って。で、お腹の中の子河童が「生まれたくない」と言うと、父河童は殺すわけです。それを読んだときは衝撃的でしたが、私たちがこの世に生を受けたのは、自分自身の判断によるものなんだなぁと強く思うわけです。ですから、「なんで生んだんだ!」って言うのは、筋違いだと思います。

自分の判断で生まれてきて、代わりのない私を生きている。誕生日には、そういう私の生の事実を受け止め、母に感謝をする日なんだなぁと思います。
私、本日4月2日、34歳の誕生日を迎えました。
とても「お母さん、生んでくれてありがとう」なんて面と向かって言えませんけどね。(オイオイ) 

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コメント

はじめまして(blogに)
お誕生日おめでとうございます
私は来月誕生日(32回目)
今日は、ぎっくり腰で仕事休みました
さて、飲みにいく予定立てましょうよ 誕生会的な会。

ぎっくり腰。無理は禁物です。
できるだけ安静にして、痛みが引くのをひたすら待ちましょう。(経験者は語る)
治ったら飲みましょうかね。誕生会的に。

おじゃましてます。
自分が子どもを産むまでは 誕生日は自分の生まれた日でした
出産してからは 生まれた日半分、母が私を生んだ日半分 になりました
自分ひとりの命じゃないこと、身に染みています
『河童』ってそんな話だったのですね
読んでみたくなりました^^

Giraffeさん こんにちは。
コメントありがとうございます。
「生まれた日半分、母が私を生んだ日半分 になりました」
自分の姿に顧みられて発せられることば、いつも素敵だなと思って拝見していました。
こちらこそ、ブログにお邪魔させていただきます。

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