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2005年3月10日 (木)

子どもにじかに語るなら、どんな話も子どもに害は及ぼさないでしょう。

父親または母親が、あるいはそれに代わるような方々が、子どもにじかに語るなら、どんな話も子どもに害は及ぼさないでしょう。大人が気にかけなければならないのは、親身になって子どもに語る人の少ないことで、個々の残酷な言い回しではありません。
〔『グリム童話ー子どもに聞かせてよいか?』野村ゲン(「さんずい」に「玄」)著、筑摩書房刊〕

グリム童話って、けっこう残酷な描写があるんですよね。学生時代は、グリム童話のイメージが覆されて、その残酷さの裏にある人の本来の姿を見られるような気がして、よく読んでました。
残酷なシーンが著されている書物を子どもに読ませたくない親が増えているらしいですね。
書物に限らず、ゲーム・アニメ・ドラマ・映画も。
見せなければ済む問題かな?
見せたほうがかえって抑止力になるとか、そういうことを言いたいのでもない。
親身に語ったからといって、みんながみんな、残酷なことをしない子に育つわけでもないでしょう。

先ず、グリム童話に限らず、自分で読んでみてほしい。そうすれば、単に残酷なだけなのか、残酷さの奥にメッセージがあるのかわかるはず。「奥のメッセージ性なんか子どもに分かるか?」と考える人もいるかもしれないけれど、ナゼ分かるか分からないかの部分を親の方で考えてしまうんでしょう。それは子どもの領域ですよ。
「子どもにじかに語る」作業が大切だと思います。
自分で考える作業を通せば、マニュアル通りでなくたって、なにも気にする必要はないんですけどね。

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