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2005年3月27日 (日)

すべての人間は、生まれつき、知ることを欲する

「おい、スゲー本があるぜ!!」
「なになに?」
今日、法事で寺に来た子供たちが本棚の前で騒いでます。
(ん!そんなスゲー本、置いてあったかな?)
何かと思って子供たちの様子を見ていたら、その「スゲー本」とは、地獄絵の本でした。
なるほど「スゲー本」だ。表現がストレートで素敵です。
地獄の様子を描いた本。今の子供たちは、そんな本見ることも教わることもないのでしょうね。
自分が小さい頃は、「悪いことをすると地獄に堕ちるぞ!!」という叱り方をする大人がいてくれたものです。地獄絵の本も見せられました。
「悪いことをしたら地獄に堕ちるんだ。悪いことをするのはやめておこう」と子供心に思ったものでした。
その教え方が良いとか悪いとか、本当か嘘かなんてことは問題じゃなくて、この会話の中には大人と子供のコミュニケーションがあります。「そんなの嘘だぁ」という子供だっていたでしょう。「嘘じゃないぞ!」とムキになる大人もいたりして。親子の会話に限らず、近所のお年寄りが子供たちにそのように語ったり、学校の先生も地獄絵を生徒に見せていたような記憶もあります。

ところが、小学校の先生が地獄絵を生徒に見せたら、親からクレームがあったという話を聞いたことがあります。
「子供が怖がってしまった。なんてものを見せるんだ!!」って。

こういう話もあります。
給食の時間、先生がクラスで“合掌して、いただきます”するようにしたら、「宗教の押し付けだから、やめろ」と言い出す親がいたそうです。

(個人的な視点での)都合の悪いものを、子供に見ない・触れないようにさせる行為。
見なければ、触れなければ、聞かなければ、知らなければそれでいいのでしょうか。
知ったうえで判断するという作業こそが必要なのだと思いますが。
「子供にそんな判断できるわけないだろう」というのが、大人の意見。
判断した内容の良し悪しを気にするから、「そんな判断できるわけない」と思い、大人が判断しなければということになる。その結果、特定の大人が良しとしたものしか子供に与えない。判断する、考えるという力を奪ってしまいます。
子供を甘く見ちゃいけない。見せれば、触れさせれば、聞かせれば、知らせれば、ちゃんと自分なりに判断します、考えます。現に、大人のことをよ〜く見てますよ。この大人は良い人か悪い人かって。

すべての人間は、生まれつき、知ることを欲する。
アリストテレス

知ることは抑えられても、知りたいという欲望までは抑えられません。

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