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2005年2月18日 (金)

人がつらい時に励ませる私でありたい。

良い時に一緒にいることって簡単なんです。
人がつらい思いをしている時に、そばで励ませるようになりたい。
〔2005年2月17日(木)放送 NHK「夢・音楽館」より〕

槇原敬之さんがこのようなことを語られていました。
(私の記憶のまま書いたので、実際のことばと違いますが)

そうなんですよね。人が困っている時や苦しんでいる時に、そばにいる、励ますっていうことは難しいことです。
反面、つらい時に励まされるのって、鬱陶しく感じることもありませんか?「黙っててくれ!」「お前に何が分かる!」みたいな。悲劇のヒーロー・ヒロインになってしまうんですよね。人がつらい思いをしているときに、それを励ますことが難しいというのは、そういうことも原因としてあるのではないでしょうか。

でも、槇原さんがこういうことを言えたのは、自分自身がつまづいた時に、励ましてくれた、元気をくれた人がいて、その人たちを受け入れることができたからなんですね。
「私は自分で堕っこちていったんですけどね。その時に周りにいてくれた人たちと、今も仕事をしています」と語られていました。
テレビでは、どん底から這い上がってきた人しか取り上げないですから、「この人たちは、周りに優しい人たちがいていいよなぁ。それなのに、私の周りには誰もいない」なんて思う人もいることでしょう。でも、励ましてくれている人はいるものです。自分が堕ちた時に、励ましを受け入れるのか、それとも自暴自棄になってしまうのか。その違いだと思います。
励ますことは難しいけれど、(自分が苦しい時に)励ましを受け入れることはもっと難しい。


同じ星空の下、悲しんでいるあなたに何もできない私がいます。ごめんなさい。


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