2020年1月 2日 (木)

2020年1月のことば

2020年、明けましておめでとうございます
本年もよろしくお願い致します

人間は、節目を大切に生きています。
節目節目で冠婚葬祭をお勤めして、竹が成長とともに節目を築くように、人間も節目を刻みつつ成長してゆきます。
ですから、新しい年が始まって、「明けましておめでとうございます 今年もよろしくお願いいたします」と挨拶し合うことも大事な節目だと思うのですが、でもそれと共に、いつもと変わらぬ一日であることを忘れてもいけないと感じている新年です。
困窮や淋しさのさなかにいる人、虐待を受けている人にとって、元日だから気が休まる、ということはありません。それどころか、節目を迎えることによって、かえってつらい想いをしている方もいるかもしれません。
人生において特別な一日もあります。けれど、特別な一日も含めて、いつもと変わらぬ一日一日です。
困窮のなかに身を置きつつも一所懸命に生きている方々、その方々を支援されている方々の活動報告を読ませていただいて、新しい年を迎えてこれからどう生きるべきかを考えています。
「これからが これまでを決める」

真宗大谷派では、2023年に「宗祖親鸞聖人御誕生850年・立教開宗800年慶讃法要」をお迎えします。
親鸞聖人の誕生から850年、念仏の教えをよりどころとして主著『教行信証』を著わされてから約800年を迎えることをご縁としてお勤めする法要です。
2019年の暮れ、新年最初2020年1月の掲示板は、その慶讃法要のテーマを掲示しようと決めました。
それゆえ、2019年12月は慶讃法要テーマに真向かいになって過ごしていました。一人ひとりが、それぞれの人生を歩いています。でも、それと共に、すべての人々と一緒に人生を歩んでもいます。
どうしてこれほどまでに人が人を見下すのだろう、差別をするのだろう。
どうしてこれほどまでに貧富の差がひらくのだろう。
どうしてこれほどまでに、権力を手にした者がいばるのだろう。
いつの世も、どこの地でも、誰であっても、人が人であることに変わりはない。
だからこそ、南無阿弥陀仏は、いつでも、どこでも、誰でも称えられるものとして、親鸞聖人は私たちにお示しくださいました。

慶讃法要テーマ
 南無阿弥陀仏 人と生まれたことの意味をたずねていこう

を胸に、たずねて生く歩みをしていきたいと思います。南無阿弥陀仏とともに。

   ☆ ☆ ☆

2020年1月のことば (以下、西蓮寺寺報「ことば こころのはな」の文章です)


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南無阿弥陀仏 人と生まれたことの意味をたずねていこう

 

阿弥陀

南無阿弥陀仏の「阿弥陀」は、「無量寿」「無量光」を意味します。人知では量り得ない「寿(いのち)」と「光」。

「無量寿」。何年もの時を経て、何人もの人と人との縁が重なり合って、私は生まれました。そのうちの誰か一人でも違う人であったなら、今の私はいません。

「無量光」。この同じ時間と空間に、多くのいのちが生きています。光は空間に広がり、すべてを照らします。同じ時間と空間を生きるすべてのいのちが、同じ光に照らされています。一生会うことのないいのちであっても、関係がないとは言えません。

「寿」という縦糸と、「光」という横糸が織物のように織り成しあって、私という模様となりました。その模様は、私だけではなく、すべてのいのちと共に描かれています。既に亡くなったいのちも、これから生まれるいのちも含めて。人生で直に出会ういのちだけでなく、出会うことのないいのちも含めて。

私の快適な生活は、環境の破壊に貢献しています。私が便利な生活を享受しているとき、その便利な生活を支えるために苦労している誰かがいます。私の願いが叶うとき、多くの犠牲が生じています。
いのちある者は、いつか必ずいのちを終えて往きます。大切な人・身近な人の死は、私の価値観を覆します。また、自身の死期が近付いたとき、「まだ死にたくない」と狼狽したり、「遺される人のことを想うと」と受け容れられなかったりします。いのちを授かることと他者の悲しみは、切っても切り離せません。そして他者の悲しみは、自身の痛みとしてこころに刻まれます。

つながり合いながら生きているのですから、皆が「喜」を味わうことはありません。私が「喜」を味わうとき、誰かが「悲」の渦中にいます。ですがお釈迦さまは「それゆえに一切が皆苦である」と言われたのではありません。我が身を、現実を観察することを通して「すべてはつながっている。すべては縁によって成る」ことを覚られました。

南無阿弥陀仏

「寿」と「光」をあらわす「阿弥陀」に 「南無」がついています。

インドの人々は、相手の目を見て合掌をして「ナマステ」と挨拶します。「南無阿弥陀仏」の「南無」は、その「ナマステ」が由来です。「あなたに会えてよかった」「あなたを敬います」という想いがこもった言葉です。

「南無」「阿弥陀仏」は、すべてはつながり合いながら生きている「一切皆苦」の人生を、そこに何か大切な意味があるんだと、敬い、尊重の気持ちを持って生きる者となります、という告白です。

人と生まれたことの意味

「人と生まれたことの意味をたずねていこう」とするとき、個人的な「意味」をたずねてしまいがちです。「私は、なんのために生まれてきたのだろう」「私は、〇〇のために生まれてきたんだ」と。

親鸞聖人は、「人間」という言葉に「ひととうまるるをいふ」と左訓(注記)されています。つまり、「人と生まれることを人間という」と確かめられているのです。

「人間」という言葉には、「関係性を生きている者」「つながり合いながら生きている者」という意味が内包されています。

私のことを見つめて見つめて見つめたとき、私は私だけで成り立っているのではなく、外からの縁によってあることが見えてきます。私の内側に、私には持ち得ない外側の世界が広がっていることが見えてきます。

そして、外側の世界を観察すると、「私」が見えてきます。外側の世界は「私」がいることによって構成されています。一人ひとりの「私」によって世の中はあります。

私の内を見つめて外が見え、外を見つめて私が見える。私のなかにすべてがあり、すべてのなかに私がいます。

私は、私だけで完結して生きているのではありません。他者やさまざまな事物との関係性において私となりました。

関係性を、つながり合いを生きているのであれば、人は淋しさや不安や孤独とは無縁な気もしますが、そうではありません。私の周りには多くの人がいるのに、でもひとりぼっち。自分の居場所を見失っている人が多いのが現代です。

人は、自分の名前を呼ばれることによって「私はここに居ていいんだ」「私の居場所はここなんだ」と安心できます。

生まれてから今日に至るまで、そしてこれからも、私の名前を呼び続ける声がします。それは、阿弥陀如来が私を呼ぶ声です。その声が聞こえているからこそ、私の口から「南無阿弥陀仏」と念仏の声が出ます。私が念仏を称える声は、阿弥陀如来の呼びかけに応じている声です。「南無阿弥陀仏」と念仏称えるとき、阿弥陀仏と私は呼応しています。「南無阿弥陀仏」は、私の存在の証です。

あみだとあなたとわたし

南無阿弥陀仏は、いつでも、どこでも、誰でも称えることができます。つまり、いつでも、どこでも、誰にとっても、念仏称えたその場所(境遇)が、私の居場所となります。

阿弥陀如来は、すべての一人ひとりに呼びかけています。あみだから、あなたもわたしも呼びかけられています。「あみだとあなたとわたし」、決して崩れることのない関係が築かれています。

「意味」は、私ひとりのこととして答を求めるものではありません。あみだとあなたと共に、決して崩れることのない関係を生きています。今、私があること。その事実そのものに意味があります。

つながり合っているからこそ私があることの「讃嘆」と、たとえ他者を傷つける気持ちはなくとも、他者を傷つけながら生きている私であることの「懺悔」は、聞法を通して自覚されます。お釈迦さまや親鸞聖人の教えを聞く歩みが、「人と生まれたことの意味をたずねてい」く歩みとなります。

聞法の歩みを大切にしてきた人々の姿が、後を生きる人に伝わり、教えが、南無阿弥陀仏が今に至ります。種から芽が出て花が咲き、やがて花は枯れて散ってしまっても、種が残ってまた花を咲かすように。

南無阿弥陀仏

 

~掲示板の人形~
干支の鈴人形
元日の朝、キチンと干支の順番で並べたつもりが、昼前に娘から「パパ、龍とヘビが逆だよ」と指摘を受けて、あわてて並べ直しました。
すぐに指摘してくれて助かりました(^∀^)
昨年までの12年間、干支のお手玉を並べていましたが、干支がひとまわりしたので、今年は違う人形にしました。何年続けられるいのちなのかなぁ・・・なんて考えながら。
限りあるいのちであることを想いながら生きます。南無阿弥陀仏
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2019年12月31日 (火)

実におもしろい

2019年も暮れようとしています。
10月から久しぶりに集中してブログを書いていましたが、11月下旬に体調を崩してから投稿が滞ってしまいました(^∀^)

48歳という年令を過ごした2019年。
40代になってから、そんなに体の変化を気にしたこともありませんでしたが、今年はいろいろと、いわゆる老化を感じる年でした。

右肩の50肩の痛みがひどく、電車の吊革は右肩を上げることもできず、プールでクロールで泳ぐこともできません。

老眼も本格化してきました。寺報に描いている絵の色塗りに苦労しています。枠のなかの色塗りができず、はみだしてしまいます。

お酒は、もともと強くはないのでそんなに量は呑めませんが、それでも翌日に残るようになりました。

右肩の痛みを感じたり、老眼で小さい字が読めなかったり、お酒が残っていたりすると、和田先生のことばを思い出します。

「年をとると、足が曲がらなくなってね、耳が遠くなってね、おもしろいねぇ! はじめての体験だからねぇ。足が曲がらなくなると、こんな生活になるのか。耳が遠くなると、こういう思いをするものなのか。はじめて分かりました。日々新しい体験をさせてもらっています。おもしろいねぇ!」

「おもしろいねぇ」(^∀^) って、つぶやいています。

2020年も、おもしろくなるんだろうなぁ

みなさま、当ブログにお越しいただき、ありがとうございます。
2020年もよろしくお願い致します。よいお年を!!

白山勝久拝

(東本願寺出版発行の、法語カレンダー随想集『今日のことば』、5月の随想を書いています。お持ちの方はお読みいただけたら嬉しいです)

2019年12月22日 (日)

つくべき縁 はなるべき縁ともに

「言の葉」サイトで取り上げられていました。

2019年師走(12月)の言葉

つくべき縁あればともない、はなるべき縁あれば、はなるる

2019年12月 5日 (木)

中村哲先生

2019年12月4日 アフガニスタンで長年支援活動をされてきた中村哲先生が銃撃され、亡くなられました。
はじめの報道では、一命は取り留めた旨伝えられたので、銃撃されたことに驚きつつもホッとしました。
けれど、悲しい現実が待ち受けていました。

中村哲先生の指導によって作られた用水路は、砂漠地帯に潤いをもたらし、緑化に成功しました。

砂漠が緑化されるように、中村哲先生の生涯を通しての歩みは、先生亡き後を生きる者が潤いをもたらす歩みへと続いて行きます。そうでなければいけません。

けっして襲ってはいけない人(本当はすべての人がそうなのですが)を銃撃し、殺してしまった。犯人もその目的も確実には分っていないので、これ以上は書けないけれど、
AI(人工知能)が人類の知恵を超えるシンギュラリティ が2045年だとか、もっと早まるだとか言われている。
シンギュラリティは、「AIの進化」を見越しての計算だと思うが、「人間の退化」も計算に入れてしかるべきだろう。
シンギュラリティは、もっと早くに訪れそうだ。

中村哲先生の活動は、先生に一時期随行されていた方のお話を聞いたりして気に留めていました。実際にお会いすることは叶わなかったけれど、身を動かして活動される姿に元気づけられていました。中村哲先生ありがとうございます。南無阿弥陀仏

「マガジン9」HP内 「この人に聞きたい」バックナンバー「中村哲さんに聞いた~アフガニスタンという国で、9条をバックボーンに活動を続けてきた~
(2008年4月30日UP) 

2019年12月 2日 (月)

2019年12月のことば

2019年も12月を迎えました。
暖かな11月でした。ご本山の報恩講も暖かいなかお参りすることができました。
が、報恩講後半から時期相応に寒くなり、暖かかった分寒さがこたえ、11月末は体調不良に陥りました。寺報を書かねばと思いながらも手に着きませんでした。何とか書き終え、ホッとしています。さて、暮れは印刷所もお休みになってしまうので、新年の寺報も作り始めなければ。
暮れに向かって、皆様体調を整えてお過ごしください。

 ☆ ☆ ☆ 

2019年12月のことば (以下、西蓮寺寺報「ことば こころのはな」の文章です)

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老いも病気じゃないですよ

 

老いも病気じゃないですよ

ネットで次のような投稿に出あいました。

 

優先席で朝から大声でおしゃべり中のおばさん2人組。前に妊婦さんが立ってても

「妊娠は病気じゃないから、年配が座るべきよね」って。

そしたら横に座ってたもっと年配のおじいちゃんが、ニッコリ笑って

「老いも病気じゃないですよ」って妊婦さんに席譲ってた。

おじいちゃんカッコイイ。

 

「老いも病気じゃないですよ」というセリフに感銘を受け、ふと思いました。老いと病気・・・仏教では「生老病死」を「四苦」と教えます。けれど、四苦、四つの苦と教えられながら、「生・老・病・死」ではなく、「生老病死」というひとくくりの苦として捉えてはいなかったか? それこそ、「老いと病気を一緒にしていませんか?」と問われているような気がしました。
「苦」について、あらためて想いを巡らせました。

(しょうく) 生まれること

(所感)「生苦」というと、「自身の、生まれた苦しみ」として受け止めるかもしれません。けれど、虐待のニュースや、妊婦さん・幼いお子さんやその保護者への風当たりの強い現代、「生む」「生まれる」「生きる」ことが苦であるように感じてしまいます。

そもそも、「四苦」の「苦」とは、「苦しいこと」というよりも、「思いどおりにならないこと」を意味します。「生苦」とは、「自分の思いで生まれてきたのではない」「生まれたくて生まれたのではない」という思いを意味します。その思いを出発点として、人として生まれたことの意味をたずねるものです。けれど、思いどおりにならないというイライラを、他者(ひと)への批判や非難としてぶつけてはいないでしょうか。

(ろうく) 老いること

(所感)「老い」というと、いわゆる老人をイメージしがちですが、「老い」とは、すべてのいのちある者に現在進行形で起きている厳粛な事実です。刻一刻と老いている。その事実は、80、90、100歳の方も、生まれたばかりの赤ちゃんも、老いる身を今現に生きていることに変わりはありません。そう考えると、誰もが皆老人です。
若いときは「成長」と呼んで喜び、年を重ねると「老化」と言って抗うのですから、苦しみも深くなります。

(びょうく) 病や痛みの苦しみ

(所感)年が明けると、新年のお参りに出かけ、「健康第一」や「無病息災」を願う方もいることでしょう。けれど、健康を願うあまり、病気になったときの落胆が大きくなることもあります。「今まで出来ていたことが出来なくなってしまった」「健康でなければ生きていてもつまらない」と。

「健康」を願いながら、病気に対する無知や誤解から、病に苦しむ方々への差別心が生じてはいないでしょうか。自身にとって良いことを願うとき、他者の姿が見えなくなることがあります。見えなかったものが見えるようになること。それを「健康」というのだと思う。

(しく) 死ぬことの恐怖や不安

(所感)癌で亡くなられた門徒さんが、生前語っていたことが忘れられません。

「私は死ぬこと自体は怖くないんです。ただ、死ぬまでの間、この癌と共に生きることが怖いんです」と。

死ぬことの恐怖や不安は、生きることの恐怖や不安であることを、その門徒さんの生き様から教わりました。
人(いのち)は、死にゆくものなのか、生き尽くすものなのか。捉え方の違いで、苦の内容も変わります。

 

「四苦八苦」の「八苦」は、「四苦(生老病死)」と「愛別離苦」「怨憎会苦」「求不得苦」「五蘊盛苦」をいいます。

(あいべつりく) 愛する者と別れる苦しみ。

(所感)別離という、実際の別れだけでなく、気持ちが離れることも別れでしょう。愛するゆえに憎しみが湧くことがあります。愛が憎しみへと転化する。いや、愛する感情には、憎しみの感情が伴っているのかもしれません。愛憎は、ひとつのものであるがゆえに苦しい。

(おんぞうえく) 怨み憎んでいる者とも会わねばならない苦しみ。

(所感)「愛別離苦」の所感で書いたように、愛に憎しみが伴うならば、憎しみにも愛が伴うもの。怨み憎い奴を、怨み尽くし憎しみきることが出来るならば、それはとても楽なこと。しかし、愛情とは言わなくとも、相手を気遣う気持ちが芽生えることもある。怨み憎い奴なのに、そいつやその家族のことを慮ってしまう。ひとつの感情で生きられたら楽なのかもしれない。けれど、人間はさまざまな感情が複雑に入り混じりながら生きている。「怨憎会苦」は、そんな人間の姿を浮き彫りにしているかのようだ。

(ぐふとくく) 求める物を得られぬ苦しみ。

(所感)求める物が実際に手に入らない苦しみもあるけれど、手に入れてみたら思っていたものと違うという苦しみもある。
地位・名誉・伴侶・家族・財産等々。「こんなはずではなかった」「もっと良いものだと思っていた」「より良いものが欲しくなった」。
人間の欲は、手に入らないときよりも、手に入れてからの方が深くて大きい。

(ごうんじょうく) 心と体が思いどおりにならない苦しみ。

(所感)厳密に言うと、心と体が思いどおりにならないことが苦しいのではなく、心と体への執着が、私を苦しめる。「生・老・病・死」も、それぞれの現象自体が私を苦しめるわけではない。「こうあるべきだ」という執着が、苦しみを生んでいる。
その苦しみを、自分自身の苦しみとして受け止めたならば、「なぜ生まれたのだろう?」「なぜ生きるのだろう?」という人生の問いとして開花するときがくる。けれど、時として自分自身の苦しみを他者への蔑み(さげすみ)や嫉み(ねたみ)として転化してしまうことがある。そのような私の姿に気付いた苦しみが「五蘊盛苦」ではないだろうか。であるならば、「五蘊盛苦」という苦しみを感じずに死にゆくよりも、感じながら生き尽くしたい。

と、ここにも執着が生じている。
「執着」は、決していけないものではない。苦しみを生じさせるとともに、生きていることを痛感させるものでもあるから。

「四苦八苦」も病気じゃないですよ。

~掲示板の人形~
理由(わけ)あって、親と離れて施設で暮らしている子どもたちがいます。そういう施設の子どもたちへ、手作りのサンタクロースをプレゼントしている方が、お寺の近所にいらっしゃいます。
「副住職、お寺さんにサンタさんの人形はおかしいかもしれないけれど、娘さんたちが寺報に描いている絵が大好きなんです。娘さんたちにプレゼントしていいですか?」と声をかけていただき、サンタさんの人形をいただきました。
ありがとうございます。大歓迎でいただきました♡
掲示板にも飾らせていただいています。サンタさんは、サンタさんだけでは意味がないので、子どもの人形も一緒に飾っています^^

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2019年11月25日 (月)

真宗本廟 報恩講2019

というわけで、11月22日~24日、家族で真宗本廟報恩講へ参拝してきました。
今年の報恩講は暖かかったです。娘たちは半袖で過ごしていました。
とはいえ、21日は寒かったそうで、日によって寒暖差が激しいのがつらいところです。報恩講を支えてくださっている皆様、お風邪など召しませんように。

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23日、「子ども報恩講のつどい」に参拝(東京教区からは、うちの家族だけでした)。
子どもと保護者とスタッフを合わせて200名を越える参拝者。
阿弥陀堂と御影堂でお参り。子どもたちの正信偈の声が響き渡りました。
和敬堂の食堂でお昼ご飯。次女は、「子ども報恩講」の昼食のカレーライスが大好きで、大人盛りで2杯分のカレーを食べました(夕食もしっかり食べました)。
食事の後は、同朋会館でつどいの時間。楠信生先生のおはなし・光善寺念仏一座さんの音楽紙芝居。最後は200人超の集合写真撮影。

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今年で8回目の「子ども報恩講のつどい」
そのうち5回目の参加。娘たちも楽しみにしているようです。
お堂に入るとき出るときはみんな頭礼をし、「正信偈」をお勤め。
泣く子もいるし、じっとしていない子もいるし、じゃれている子たちもいる。そんなカオス状態が、「真宗大谷派 子ども報恩講のつどい」の醍醐味だと感じます。素晴らしい空間です。この場も、親鸞聖人や南無阿弥陀仏の念仏をよりどころとしてきた方々が作ってくださいました。後に続いていくことでしょう。
来年もお参りできますことを(‐人‐)

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2019年11月22日 (金)

偶然という必然

昨日(2019年11月21日)より、ご本山 真宗本廟(京都 東本願寺)にて報恩講が始まりました。
毎年11月21日から28日(親鸞聖人のご命日)にかけて報恩講が勤まります。

各寺での報恩講の法話・法要も楽しみですが、ご本山の報恩講にお参りに行くと、今までに出会った方々との再会が果たせたり(ほとんど偶然の産物)、初めての出会いがあったり(いや、必然なのかもしれない)、ワクワクします。

昨年は、10月に長女が得度式を受式したので、11月の報恩講にはお参りに行けませんでしたが、今年は2年ぶりに家族揃ってお参りに行けます。
本日(22日)から24日までお参りに行ってきます。

今年は誰に会えるだろう。

先ずは阿弥陀さまと親鸞さまにお会いしてきます。南無阿弥陀仏

2019年11月21日 (木)

明日ありと・・・

寒さが厳しくなってきました。
といっても、11月も下旬、この寒さが本来だったのかもしれません。

門徒さんの葬儀が相次ぎ、少し滅入っています。
秋彼岸にお墓参りにみえて挨拶を交わしたのに、思いもよらぬきっかけでお浄土へ還られました。
斎場に着き、横たわる門徒さんの顔を見た途端に涙が溢れてしまいました。葬儀社の方も驚かれたことでしょう。
葬儀の読経中にも泣いてしまうのではないかと思いましたが、泣くときに泣くことができたので、読経中は落ちついてご遺族と向き合うことができました。
お名前から一字いただき、法名に「元」という字を入れさせていただいたので、葬儀中、ご遺族や参列の方に問いかけながらお話ししました。
「一般的には、“浄土へ往く”と言いますが、本当は“浄土へ還る(かえる)”のです。元に戻る、元に帰る(還る)ということです。“還る”というからには、元々居たところなんです。“行ったことのないお浄土へ初めて往く”のではなくて、元居た阿弥陀の浄土へ還るのです。海から生じた波が、また海に還り、海と一味となるように、いのちあるものは、今の姿として生じはしますが、またひとつの大きないのちに還ってゆきます」と。

葬儀をお勤めし、車を運転中、いろいろな想いが脳裏を駆け巡りました。
寺へ帰ると妻が、「あのね・・・」と言いにくそうにしています。
近所の門徒さんがお亡くなりになったとのこと。
台風一過、近所の公園の掃除を一緒にしたばかりでした。
娘たちに会えば、いつもニコニコ声をかけてくださり、秋彼岸もほぼ毎日お参りされていました。

いのちあるものは、やがていのち終えてゆく。

「諸行無常」を説きながら、そうはいっても一人ひとりの死に向かうときは、胸がドキドキします。
平均寿命が80歳だ90歳だと騒ぎますが、その歳の前に亡くなる方もたくさんいます。
自分も50歳を目前にし、自分と同じくらいの歳の方の葬儀を勤めることも多くなりました。
その度に、一呼吸先の自分の姿を見せてくださっているのだなぁと想いながら、お勤めさせていただいています。

お世話になりました。ありがとうございます。多謝 南無阿弥陀仏

2019年11月20日 (水)

周囲の気遣いによって、安全が保たれている

今日は高速道路を使って移動。運転しながら思う・・・

今年は「あおり運転」が話題になりました。
ターゲットを決めて、後方からあおったり、横から喧嘩をふっかけてきたり、前方に回りこんで道をふさいだり・・・。ターゲットにされた車のみならず、周囲の車から見ても危なくてヒヤヒヤします。
けれど、あおり運転をする車を含んで事故に発展することは、あまりありません。
あおり運転をする人からすれば、「俺は運転が上手いから」というおごりがあることでしょう(あ、「おごり運転」だ)。けれど、周囲を走る車や、ターゲットにされた車も、事故を回避すべく運転をしているわけです。周囲や、自分がターゲットにした車のおかげで、あおり運転の車は事故に遭わずに済んでいるのです。
言いがかりをつける前に、周囲からの気遣いによって無事故で済んでいる事実に気付いたならば、カッとなるよりも感謝の気持ちの方が大きくなるのではないでしょうか。

あおり運転のドライバーに限った話ではありませんが、周囲との協調によって、車の運転って成り立っているんだなぁと思います。そんなことを思いながら、運転していました。

安全運転 安全運転

2019年11月19日 (火)

新しい風が吹いてきた!!

久しぶり開催 好きな画家さんの個展を見に行く。

あぁ、素敵だなぁ (^-^)

お気に入りの絵の前で、じっと見入る、魅入る。

じっと見るほどに、細かい描写に気がつく。

 あぁ、こんなに細かい線 こまかいスケッチが・・・

 これ、以前の絵にも描かれていた描写だなぁ つながってるんだぁ・・・

 え、この絵の奥に、さらに絵が描かれてる!!・・・

欲しいけれど、
これほどまでに細かく、気を遣いながら、今まで描いてきたことが塗り重ねられて(人生でいろいろな経験を積み重ねられて)描かれた絵を、私なんかが買っていいのだろうか。私は、この絵を買うに値するような生き方をしてきただろうか。ということを、絵を見ながら感じました。
自分自身で、「うん、買っていいと思うよ^^」と言えるようになってから、堂々と絵を買おう!!と誓いながら、展示場を後にしました。
(画家さんからすれば、買ってくれた方がありがたいことでしょうが)。

他者(ひと)から求められるものを創作できるって、素晴らしいなぁ

2019年11月18日 (月)

立派になる

若い僧侶と話していて、
「一生懸命修行・勉強をして、立派なお坊さんになりたいと思います」
と、力強い言葉を聞きました。

またある日、別の僧侶から、
「自分は以前、“立派な僧侶にならなければいけない!”と、自分を追い詰めていました」
という、落ちついたお話を聞きました。

「立派」・・・「非常にすぐれているさま」「不足や欠点のないさま」という意味です。
そうありたいものの、それもまた難しい。それに、仮に立派な人になれたとして、面白味のない人になってしまいそうです。

立派になるってどんなことだろう?と考えたのですが、向上心だと思うのです。
「立派な人になって出世をめざす」といったことを言います。不足や欠点のない人間となり、周囲からの評価を得て、出世する。そのように願うのが、世間における考え方かもしれません。
けれど、僧侶が「立派になる」とは、一派を立ち上げるほどに三蔵(経蔵・律蔵・論蔵)に精通した者となることを指すのでしょう。もちろん、世間の人びとから信用されるようになることも、立派なお坊さんになるということなのかもしれませんが、僧侶とは、そもそも世間から出た者、出世間した者のことを言います。そのように根本を考えると、「立派になって出世する」のではなく、「出世して、立派を目指す」のが僧侶の道です。世間とは逆ですね。
ですから、「立派なお坊さんになりたい」と決意したのであれば、名誉欲や信用を得るという意味での立派を目指すということではなく、ただひとすじに教えに聞いていく生き方(生涯聞法)をしていくということでしょう。

目指せ 立派!!

2019年11月17日 (日)

身を粉にしても ほねをくだきても

2019年11月17日(日)
自坊での法務を勤め、都内のお寺の報恩講に、今日は出仕のため出かけました。
報恩講のお勤めの巡讃(親鸞聖人が書かれた和讃を読む順番)で、三重の二、つまり恩徳讃の和讃をまかされました。
恩徳讃は、法要に出仕している僧侶の中でも、老僧が勤める和讃です。
恩徳讃の巡讃があたり緊張もしましたが、今日の出仕が今年の報恩講のお勤めの最後でした。今年を締めくくるに相応しい大事な役をいただいたなと思い、丁寧にお勤めさせていただきました。

 如来大悲の恩徳は
 身を粉にしても報ずべし
 師主知識の恩徳も
 ほねをくだきても謝すべし

「身を粉にしても」「骨をくだきても」というのは、苦悩を抱えながらも生きている私たちの姿です。
阿弥陀如来の慈悲のこころを信じたから、身を粉にする、ほねをくだくほどに報いるということではありません。
苦悩を抱える私たちが、親鸞聖人の教えに出あい、親鸞聖人の教えを頼りとして聞法の人生を歩むということが、「身を粉にしても」「ほねもくだきても」ということだと思います。
つまり、教えに出遇い、聞法の人生を歩んでいる私は、すでに如来大悲の恩徳に、身を粉にしながら報じています。師主知識の恩徳に、骨をくだきながらも謝しています。

信じたから、何かをするのではない。
私に、粉骨砕身の慈悲が阿弥陀如来から注がれているからこそ、私はそれに応える、南無阿弥陀仏と念仏申すことができる。
恩徳讃とは、そういうご和讃であるといただいています。
南無阿弥陀仏

2019年11月16日 (土)

今年はどんな年でしたか?

2019年11月16日(土)
自寺での法務を勤め、都内某お寺の報恩講へ出講。
15年も報恩講のお話でお育てをいただいています。
報恩講に参拝される門徒さんとも顔見知りになり、お互いに「今年もお目にかかれましたね^^」って雰囲気のなか、お話をさせていただいています。
そんな雰囲気なので、こちらのお寺での報恩講へは、法話の内容を固めずにうかがいます。
「今年はどんな年でしたか?」とお尋ねすることから始まります。

上がった声は、「台風」「異常気象」。
被災されて、いまだ避難生活を余儀なくされている方々のことを思うと胸が痛みます。
そんな思いをみんなで共有した後、「首里城の火災」という声も上がりました。
形あるもの、実体としてあるものは、建造物も人も、なくなってからその大切さに気付くということがあるものです。誰もが経験されているのではないでしょうか。
「首里城の火災」を通して、首里城そのものの意義だけでなく、“戦争”が残した傷跡・沖縄が“戦争”の地上戦の舞台となってしまったことなどが共に思い起こされます。
建造物も、人も、なくなったときに その大切さに気付く。で、歎く、悲しむだけで済むか? いや、なくなったことを通して感じる、考える、想像するといったことがあるのではないか。感じる、考える、想像するといったことをしてきたのが、宗祖親鸞聖人の死を縁として、今に至るまで勤められている「報恩講」の意味なのではないか。亡き人を偲んで終わる法事ではなくて。だからこそ、親鸞聖人の教えが今に伝わってきた。報恩講が大事に勤められてきたのだと思います。

後半は、もう15年もお育ていただいている皆さんだから・・・ということで、私の身に起きた出来事をお話することを通して法話させていただきました。

人は、目に見えないはたらき・支えによって生きている。自分ひとり頑張れば、自分ひとり耐えれば、自分がなんとかする、などと考えるけれど、それがどれだけ他者(ひと)を傷つけることか。守ろうとした人、助けようとした人に、既に支えられている私でした。喪失感や、どんなに泣いても尽きることがないほど悲しい出来事によって、そんなことに気付かせていただきました。気付けてよかった。

今年の報恩講は、そんなお話をさせていただきました。南無阿弥陀仏

(付記)
法話の後、報恩講のお勤め。お寺の長男さんも出仕されました。40分ほどのお勤めが終わって足がしびれてしまい、立てずに倒れてしまいました。
その場にいるのも恥ずかしいよね。肩を貸してあげて、一緒に下がってきました。
「足、大丈夫? 今日出仕してたお坊さんたちみんな同じ経験してきたから^^」と言って、さよならしてきました。
次の世代に受け継がれているなぁということを感じられて、とても嬉しい報恩講でした(‐人‐)

2019年11月15日 (金)

昨日は、がっつり話し合いをしました

昨日(2019年11月14日)は、僧侶仲間との談合の会(語りあう会)
LGBについて学びました。
Lesbian(レズビアン、女性同性愛者)、Gay(ゲイ、男性同性愛者)、Bisexual(バイセクシュアル、両性愛者)、Transgender(トランスジェンダー、性別越境者)の頭文字をとってLGBTと言います。セクシュアルマイノリティ(性的少数者)の総称のひとつです。

昨日は、セクシュアルマイノリティの方とお話して、いろいろとお話を聞きました。
お話していて思ったのは、「セクシュアルマイノリティ」と書いてはいるけれど、どうして少数者とわざわざ表現しなければならないのだろう? どうして少数者と位置付けなければならないのだろう?ということ。

それから、

「LGBT」と表現されているけれど、「X」や「A」もあり、「ノンセクシュアル」もあって、私たち自身もハッキリ言ってわけわからない^^

というお話を聞きながら、どうして分類をしなければいけないのだろう?とも感じました。
分類の必要性というか、理解する過程で分類がなされてきたのだろうけれど、分類が進んでいくと、そこに多様性が見えてくる。同じところに分類されたとして、それでもひとり一人を見ると、さらに違う面もある。それは、のんけ(異性愛者)だって同じ。

「のんけ」(異性愛者)の者も、異性を好きになるということを、誰かから教わってそうするようになったわけではなく、湧き起こる感情として好きになったのが異性なだけ。
同性愛者も、同性を好きになることを意図的にしているわけではなく、湧き起こる感情として好きなるのが同性なだけ。

「受け容れられない」とか「生産性がない」とか言う人がいて、べつにその人たちに理解してほしいとは思わないけれど、自分をマジョリティ(多数者)において、自分の思考のテリトリー外の人をマイノリティ(少数者)と見なすのは悲しくて淋しいことだと思う。

LGBTについていろいろとお尋ねするところから始まったのだけれど、いつの間にか出身地の話や方言の話、食事の嗜好の話で盛り上がっていました。目の前の方がLGBTであろうがそうでなかろうが、それぞれにそれぞれの人生を歩んでいる人間です。マジョリティ・マイノリティで分けられるわけはなく、理解しようとして分類を試みても、分類では表現できない、ひとり一人の人間である。
そういう当たり前のことに、人と話すことによって気付かせていただきました。
南無阿弥陀仏(‐人‐)

2019年11月14日 (木)

花は咲き、枯れるからこそ美しい

「桜を見る会」来年2020年は中止とのこと。
今、「桜を見る会」そのものの賛否を語るつもりはなく、そこに招かれる方々は「各界の功績のあった方や功労があった方」というところが、こころにひっかかっています。
職場においても、PTA等の活動においても、NPO等の活動においても、ボランティア等の活動においても、功績・功労・実績を残される方々はいらっしゃって、頭が下がる想いの方々がたくさんいらっしゃいます。その功績を讃えることも自然に湧き起こる感情だし、讃えられることによってモチベーションが上がる方もいることと思います。

今ひっかかっていることは、「お宅のお寺には、〇〇の功績がある方が眠っておられるそうですね」というお尋ねをいただいて、私自身把握していないのですが、どうやら事情通の方によると、歴史的に功績のある方のお墓があるようなのです。
あるいは、「お宅のお寺には、有名人のお墓はありますか?」「どなたのお墓がありますか?」といったお尋ねを受けることがあるのですが、どうしてそういうことを尋ねるのだろう?と常々思っていました。

亡き人のことを慕う(おもう)ことは、関係が深ければ深いほど自然に湧き起こることだし、なくなる感情ではありません。亡き人もまた、のこされた者がその人のことを慕うかぎりにおいて、亡くなったとはいいきれません。いつまでも生き続けます。
ただ、功績・功労において亡き人を見るということが、私には解せなくて(私がひねくれているということはわかっていますが)、淋しくて。
誰もが名を持って生きていたのだから有名人であり、記録や記憶に残る功績・功労はなくても、生きた事実が充分な功績・功労であり、そうであるならば、特別に「〇〇さんのお墓がある」ということを気に留める必要もないのではないかと考えています。

今、生きているときにおいて、自分の為したことを誉めてもらいたい気持ちは分るけれど、そういうのって身近で私のことを見ていてくれた人が「お疲れさま」「よくがんばったね」って言ってくれるだけで報われた気持ちになるものです(ではないですか?)
たまには自分で自分を誉めてあげることもありです。「自分で自分を誉めてあげたい」。誉めてあげましょう。で、明日からまた頑張れる^^

花は咲き、咲き続けるのではなく、枯れるからこそ美しい
また咲く姿を想像できるから。また咲けば感動するから
咲いて枯れての循環があるから、こころ動かされる
咲いたまま(実績を残し続ける)というのは、窮屈だろな


「桜を見る会」花の咲いてないときに開催するというのは味わいぶかいのではないだろうか。

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