ことばの日 生きるということは、言葉との出合い
今日は5月18日 こ・と・ば の日だそうです。
会話でことばを紡ぎましょう(^-^)
もとより琴線というものがあるのではない。しかし、真実の言葉に触れれば、自然に鳴りだす琴線を、人間は誰もが胸の奥にもっている。生きるということは、この琴線に触れる言葉との出合いではないだろうか。生きるということの喜びや感動は、本来、もっと素朴なところにあるのである。
(松本梶丸さん『生命の見える時 一期一会』中日新聞社より)
今日は5月18日 こ・と・ば の日だそうです。
会話でことばを紡ぎましょう(^-^)
もとより琴線というものがあるのではない。しかし、真実の言葉に触れれば、自然に鳴りだす琴線を、人間は誰もが胸の奥にもっている。生きるということは、この琴線に触れる言葉との出合いではないだろうか。生きるということの喜びや感動は、本来、もっと素朴なところにあるのである。
(松本梶丸さん『生命の見える時 一期一会』中日新聞社より)
ははの日、お花屋さんで娘にカーネーションの花束を選ばせる。
「どれがいい?」
「これ!」
娘にとっての“はは”の分は決まり。もう一束選ばせる。
「次は、ばぁば の分ね、もうひとつ選んでちょうだい」
「ばぁばの? じゃあねぇ、これ!」
私にとっての“はは”、娘にとっての“ばぁば”の分も決定。
こんなやりとりをしながら、ふと考えた。
“はは”は、子育てをし、経験を積み、“ばば(ばぁば)”となる。
積み重ねてきたもののぶんが、゛゛(点点)として付いたのかなぁ。
じゃぁ、“ちち”は、“じじ(じぃじ)”じゃなくて、“ぢぢ(ぢぃぢ)”が正しいなぁ。
なんてことを考えながらぼんやりしていると、娘は勝手にお花屋さんと話し始めている。
「いっちゃん(自分のこと)、さんさい になったんだよ」
「ほんとぉ! 生まれたばかりのときにお店に来てくれたの覚えてる? もう3歳になったんだ! はやいねぇ」
このお花屋さんに娘を連れて来たのは、娘が生まれた直後だった。A型のベビーカーに乗せてきたのを覚えています。覚えていてくださったんですね(厳密に言うと、私のことを覚えていてくださっていたのでしょうが)。ありがとうございます。
花は、いいですねぇ。
書類などに2つ穴を開ける文房具「パンチ」。
保存しておく書類も大量にありますし、他のお寺様の寺報もたくさんいただくので、「パンチ」は重宝しています。
以前は、書類や寺報と同じサイズの紙(A4かB5)を半分に折って、中心に線を引いて、一番上に乗せて“パンチ”していました。
そんなことをしていたら、なんと、そんなことをせずとも、紙のサイズに合わせてくれるゲージ付きの「パンチ」があることを発見。即購入、重宝しています。
で、毎度毎度そのゲージ付き「パンチ」で穴を開けるのですが、不思議なことに、書類や寺報に穴を開けてファイルに閉じたとき、微妙にずれているんですよね。おなじ「パンチ」で、ちゃんとゲージで調節しているのに、書類を束ねると、はみ出すものがあって、キチンとは揃わない。もちろん、ほんのちょとのズレです。当然、多少はズレるに決まってます、手作業ですから。
でも、微妙に、ちょっとずつズレている書類や寺報の束を手にするたびに思います。
俺の心根がズレてんだなぁって。ひとり笑ってしまいます。
ごめんなさいって
なかなか言えなくて
ごめんなさい
ありがとうって
言わせてくれて
ありがとう
2012年5月9日(水) 西蓮寺聞法会
如来の眼
選ばず 嫌わず 見捨てず
衆生の目
選び 嫌い 見捨てる
阿弥陀如来を、浄土を見ようとしても、見えはしない。
自分の姿を見つめ続ける中で、阿弥陀如来の本願が、ふと見えてくる。
心で見なくてちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ
(『星の王子さま』より…聞法会で このことばには触れませんでしたが、今、思い出したので書きました)
数日前の竜巻が起き、雹(ひょう)が降ったときのような天気になるという予報だったにもかかわらず、本日の聞法会にお越しくださり、ありがとうございます。
王貞治さん(現ソフトバンク球団会長)のことば
「若いときにベテランの知識があれば、何本ぐらいホームランを打てるのか。そういう話題になって、『それは無理』と。『若い時は体で打ち、年を取れば知識で打つ。その時々にしか出来ないことがある』」
(2012年5月8日 読売新聞朝刊「Gの群像」より)
含蓄がありますね。
スポーツ選手に限らず、仕事でも勉強でも、若いときは体が動くし、年を重ねたら知識と経験で事を成せる。
子どもは、ちっとも休まずに動き続けます。その姿を評して「あれだけの運動量で働けたら、何億円も稼げる」と言われた方がいますが、当然、幼いときにビジネスはできません。
仕事をはじめた頃は、仕事を覚えることや人脈作りで精一杯。
仕事を覚え、人脈も出来た頃には、昔のように体が動かない。
でも、その時々で出来ることを、その時においては一生懸命にやっているんですよね。
肝心なのは、体の動きが落ちてきたときに、若いときと同じ事をしようとしないこと。それこそ、本当に知識や経験を積み重ねたのであれば、自分のスタイルを変えるとか、他の人の手を借りるとか、そういうことが出来るはず。
経験を積み重ねた知識と、若いときの体で動けたら…
仮に、そんな夢みたいなことがかなったとして、何本ぐらいホームランが打てるか。おそらく、まったく打てなくなると、王さんは感じていたのでしょうね。知識に体は対応できないし、体が動こうとするときに知識が邪魔をしてしまうから。
今の体と知識で、出来ることを懸命に努めたい。
今しか出来ないことは、未来にはないのだから。
寺報(ペーパーメディア)の整理をしました。毎月発行で今月は165号、14年弱になります。ファイリングしてあるものを、1号から見直してみました。
「10年ひとむかし」と言われるように、10年も経てば いろいろなことが変化しますね。はじめはワープロで作っていましたし、文章やレイアウトもも硬い硬い。時代背景・社会状況も変わったなぁと感じます。
見直していて目に留まった ことば たち
○人は、笑顔の中に どんなにたいへんなことがあっただろうか
門徒さんに文章を書いていただき、その文中に出てきたことば。
お子さんを亡くされ、先の見えない悲しみの暗闇の中で、親鸞聖人のおしえに出遇われました。
悲しんでばかりいたけれど、亡き子は、私に仏法に出遇わせるために、我が身をもって諸行無常の理を教えてくれました。そのように思えてから、笑顔が出るようになりました。でも、人の笑顔の中には、誰もが悲しみを抱えているのですね。そのことに気付かせていただきました、と。
「人は、笑顔の中に どんなにたいへんなことがあっただろうか」という ことば をいただき、私は、親鸞聖人のおしえの真髄がここにある!!と感じました。今でも大切にしている ことば です。
○事件とか悲しいニュースとか、その責任追及をするのではなくて、自分の内面に責任とか原因の一端があるんじゃないかと常に感じていたい(Mr.children 桜井和寿)
ミスチルのボーカル 桜井さんが、ニュース23に出演していたときに話していた ことば。
事件や事故が起きたとき、報道も世論も、その犯人捜しに躍起になり、犯人が分かれば 非難を浴びせます。
たしかに、事件・事故を起こした事実は消えないし、許されることではありません。でも、私たちは、歩んできた道がちょっと違えば、出会う人々がちょっと違えば、行動を起こすタイミングがちょっとずれていれば、それだけのことで被害者にもなるし、加害者にだってなり得る。誰もがみんな。そんな当たり前のことを忘れて、罪を犯した人間を責めるだけ責め立てる。どこにそんな権利があるのでしょうか。そのように私は思っています。
桜井さんは桜井さんの意図・想いがあって、この ことば を発したのでしょうから、私の想いとは違うかもしれません。しかし、桜井さんの ことば に共感し、ことば を掲示しました。
ある日、ひとりの女性が寺を訪ねました。毎日バスに乗って西蓮寺前を“通過”しているとのこと。しかし、この長い ことば を、「なんて書いてあるんだろう?」と、毎日目を凝らして読んでいるうちに、「責任は自分にもある」と書いてあることに驚き、その感動を伝えに、わざわざバスを降りて寺に来てくださったのでした。もちろん、想いは私が考えていたのと同じようなこと。周りのみんなが、「犯人はひどい奴だ」と言い放つ姿に悲しさと違和感を覚えていたとのこと。そんなときに、「責任は自分にもある」と公に言ってくれる人がいて、気持ちが落ち着きました。そのことを伝えに、お寺に来てくださいました。もう少し寺でお話をして、帰って行かれました。ありがとうございます。
○「ゆとり」って、時間の余裕じゃなくて こころの余裕なんだよね
朝、山門前の掃除をしているときに、ある女性に声をかけられました。毎朝顔を合わせている方でした。それまでは挨拶程度で、話をしたことはありませんでしたが、初めて話しかけられました。
「今月のことばを見て、こころがホッとしました。なにか時間に追われて、焦ってばかりいました。世間では“ゆとり・ゆとり”って言うけれど、全然“ゆとり”なんかないし。それで、追い詰められた感覚になっていたときに、この ことば に出あいました。時間的ゆとりばかり考えていたけれど、気持ちの余裕なんですね、“ゆとり”って。そう考えられるようになってから、なんだか“ゆとり”が生まれました。あせったときには、ことばを思い出しています。ありがとうございます」
その後も、この ことば の話をしたものですが、最近お会いしていません。元気でいらっしゃるでしょうか。
目に留まった ことば たちと書きましたが、ことばを通して人に出遇っていました。
ことば から教えられることがあるというよりも、ことば が出遇いを紡ぎ出してくれます。
寺報の歴史は、出遇いの歴史でした。有り難いことです。南無阿弥陀仏
お寺でご法事
長女と同じ年ほどの女の子が来ていました。
はじめは、お互いの様子をうかがっていました。
仲良くなるのも早いもの。
ご法事までの待ち時間、お座敷をふたりで走り回っていました。
お参りには、他の方もいらっしゃいます。
「すみません」と謝ると、
「いいんですよ、元気があっていいじゃないですか
」
住職に言わせると、私もあんなだったとか。
時代は繰り返すというか、
親子は似るというか…
お客さんのお茶を飲まなかっただけ、私より娘の方がお利口さんでした![]()
2012年5月4日(金) 多摩動物公園に行ってきました。
3歳になる娘は話し始めるのがけっこう早く、会話も成り立っていました。なので、親としては つい何でも理解しているもの、分かりがいいものと勘違いしてしまいます。あるものを指さして、「ほら、○○だよ」と言っても、どこを指さしているのか分からなかったり、見れば分かるだろうと思いながら「○○があるよ」と言ってもまったく気付かなかったりします。そうすると、こちらの勘違いは棚に上げてイライラしてしまったりします。まだ2、3歳なのに。分からなくて当然です。
しかし、今春から幼稚園に通うようになり、幼稚園でいろいろ教わり、友達との交流が急激に増え、言葉や出来ることが目に見えて増えてきました。指さしたものもハッキリ認識できるようになりました。動物園でも、私が指さした 遠くにいる動物がハッキリ分かるようになっていました。
今日までに何度か動物園に行ったことはありますが、「ほら、あそこに子猿がいるよ」「木の陰にキツネがいるよ」などと言っても、まったく通じないのです。しかし今日は、指さしたものがどこにいるか、動物がどこで休んでいるか、ハッキリと認識していました。それゆえ本人も、今までに見せたことがないほど、動物園に興奮していました。楽しかったのだと思います。
とはいえ、園内を飛び回るチョウチョを気にしたり、動物そのものよりも、動物が体をつける貯め水に興奮していました。 「ほら、カバだよ」「あっ、お水があるよ! お水だ!」(どうして水に興奮?)






長時間は疲れるので、午前で切り上げて帰宅しました。帰ってから雨が降り始めました。
夕刻、雨がやみ、少し光がさしたとき、空に虹がかかっていました。
「ほら、虹だよ、空に虹があるよ!」 娘が指さします。
暗くなり始め、月が見え始めました。
「ほら、お月さんだよ、まん丸だよ!」 娘が呼びます。
なにか特別なことがあって、驚いたり感動したりするのではなく、
ほんの些細なことにでも驚いたり感動したりする気持ちを大切にしたいです。
2012年5月3日(木)
ご近所の存明寺様の永代経法要に出仕。
お寺の玄関にタイムカプセルの大きな箱が置いてありました。存明寺様は、今年の報恩講で御遠忌法要を勤められます。その一環として、50年後の御遠忌に向けてタイムカプセルを用意されています。
50年後、日本は、世界はどうなっているでしょうね。子どもたちが元気に外で遊べる世界だったらいいなぁ。
タイムカプセルを見て50年後を想い、あらためて50年前のことを考えました。
まだ原発に依らない生活をしていたとき
まさにこれから原発がある生活に足を突っ込もうとしていたとき
「あのとき あのようにしていたら(していなかったら)」という考え方は好きではないので、原発がなかったらなどとは言いません。現に原発のある生活を営んできたのですから。
でも、50年ほど前、原発で明るい未来が開かれると信じ込んでいた(信じ込まされていた)人々にとって、まさか50年後にこのような世の中になっているなんて、思いもしなかったことでしょう。
だけど、予測・予期しながらも原発を推進した人もいたことを思うと、私利私欲に突っ走ることの恐さを思います。
未来のことを思うとき、
同時に過去のことを思い起こされます。
そのことによって、現在(いま)が明らかになってきます。

人は慣れると、
手ですることを足でする
子ども(3歳)に手を洗わせるとき、洗面台の前で子どもを抱き上げて、足で踏み台を動かして、子どもを台に乗せてしまうことがあります。
子ども(1歳)のオムツを替えるとき、子どもを抱えたまま、床に散らばるおもちゃを足でどかして、スペースを作ってしまうことがあります。
格好良いことではないなぁと思いつつ、つい足を使ってしまいます。
「人は慣れると、手ですることを足でする」…相手を邪険に扱ったり、見下したり、まともに対応しなかったりすることを、「足でする」と教えられます。思い当たることはありませんか?
「五月病」ということばがあります。希望や決意をもって、新しい歩みを始めた4月。一ヶ月の歩みを経て、想いと違ったり、人間関係で苦しんだり、生活のペースが変わったりして、気分が落ち込んでしまうのが5月。新しい歩みになかなか慣れないのも無理はありません。
反面、慣れすぎてしまうという厄介な問題も人間は抱えています。熱意をもって頑張っていたのに、長いこと続けていると対処方法を身につけてしまい、手や気を抜きながらこなしてしまいます。まさに「足でする」状態ですね。
以前、寺の掲示板に、
「あぐらをかいて字を書けば、字もあぐらをかく」
と掲示をしたことがあります。後で分かったことなのですが、このことばが掲示してあるときに、作家の阿川弘之さんが友人の墓参で西蓮寺に来られたそうなのです。
寺の掲示板のことばなど説教くさくて嫌だと気にも留めない阿川さんも、このことばには、おやと足を止めました。阿川さんは、原稿を書くのは気にならないけれど、手紙などを書くときは、自分の字が嫌で筆が進まないそうです。で、どうしても書かなければいけなくなってから嫌々筆を執ります。パジャマを着たまま。
掲示板のことばを見て、「パジャマを着て字を書けば、字もパジャマを着るということだなぁ」と感じられたそうです(と、ある雑誌のコラムに書かれていました)。
嫌々やっていると、やったことのすべてに嫌々な雰囲気が染み付いてしまいます。
ダラダラやっていると、やったことのすべてにダラダラ感が染み付いてしまいます。
足ですると、邪険に取り組んだ跡が残ってしまいます。
たとえ形は整っていたとしても、嫌々な雰囲気・ダラダラ感・邪険に取り組んだ跡が漂っていては、あなたにお任せすることは出来ませんと、他者(ひと)に愛想を尽かされることでしょう。
「足でする」と、他者から愛想を尽かされます。それだけでなく、何事をも「足でする」態度を続けていると、自分で自分自身を軽んずることにもなります。他者を粗末にし、仕事を粗末にし、責任を粗末にするということは、実は自分自身を粗末にしていることの表われなのです。
掲示板には「人は慣れると」と書きましたが、「なれる」には「慣れる」だけでなく「馴れる」もあります。「人と親しくなる」という意味の「馴れる」です。「馴れ初め」とか「馴れ馴れしい」と言いますよね。
「人は馴れると、手ですることを足でする」という面も持ち合わせています。せっかく親しくなり、分かり合えるほどの仲になったのに、大切に接するどころか、高慢な態度で相手に接するようになってしまう。出会えた有り難さを忘れ、そばにいてくれることが当たり前になってしまうのですね。そばにいなくなったときに、その存在の大きさに目覚めても、気付いたときにはもう遅いのに。
さて、「足でする」ということで文章を書いてきましたが、どうしても「足でする」=「失礼なこと」という文章になってしまいます。しかし、書いていて思いました。足でしてはいけないことを足でしてしまうのは、実は私自身の問題なのでした。足は、まったく悪くありません。「慣れて(馴れて)しまうと、手ですることを足でしてしまう私です」ということばでもよかったですね。
足の偉大さを思うとき、作家の高 史明さんのお話を思い出しました。
ある日、「死にたい」と訴える女子中学生が高さんのお宅を訪ねます。
高さんが「死にたいって、あなたのここ(頭を指して)が言っているの?」と尋ねると、女子中学生はコクリと頷きます。
高さんは言います。「頭で〝死にたい〟と考えていると言うけれど、あなたが死ねば、手も足も死んでしまいます。手を開いて相談しなさい。そして、あなたを支えている足の裏に相談してみなさい。足の裏を洗ってから」と。
彼女は帰り、数か月して手紙が届きました。その手紙には「足の裏の声が聞こえてくるまで、歩き続けることにします」と書いてあったそうです。
誰もが平等に立つことが出来る大地があります。大地があるからこそ、私たちは立ち、歩み、生きることができます。そして、その大地に私たちを立たしめてくれるのが、足です。大地を踏みしめているのが、足の裏でした。
足の裏の声に耳を澄ませながら、一歩一歩の歩み(立ち止まることも含めて)を大切に生きて往きたいです。
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掲示板 5月の人形

毎月1日に発行している西蓮寺寺報「ことば こころのはな」
4月最終日の30日 夕食にて
若坊守「寺報、書けた?」
私 「いや、まだ。まったくの白紙」
若坊守「素敵じゃない!」
私 「?」
若坊守「だって、白紙ってことは、これからいろいろなことが描かれるわけじゃない!」
私 「そうだねぇ…」
ただ今、日付が変わる20分前…
寺報、できるのか?
2012年4月29日(日) 西蓮寺永代経法要
日本に仏教を伝えてくださった聖徳太子。「南無阿弥陀仏」のお念仏に生きられたインド・中国・日本の七高僧。宗祖親鸞聖人は、これらの先達を讃えておられます。先達のおかげで「南無阿弥陀仏」のお念仏に出遇え、 苦悩のままに生ききる人生をいただいた、と。
親鸞聖人亡き後も、念仏をよりどころとして生きられた人々の歴史が、こんにちに続いています。
「永代経法要」とは、亡き人に対する永代にわたるご供養をする法要ではありません。念仏とともに生ききられた人々の歴史が、私にまで届きました。そして、「南無阿弥陀仏」と私が口にすることを通して、これからのいのちを生きられる人々に、念仏は伝わります。
仏法に触れる場・仏法を聞く人の誕生が、後の場・人を誕生させてゆきます。その歴史が永代に続く場が「永代経法要」なのです。つまり、今を生きる私のための法要なのです。
今日という場は、私に先立って生ききられた方が、我が身をもって用意してくださったのです。私が、亡き人のために手を合わせるのではありません。先往く人のご縁が、私に手を合わさせてくださるのです。
南無阿弥陀仏
(西蓮寺永代経法要2012 参詣者に配布するプリントより)
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