2026年10月のことば
2026年10月を迎えました。
9月は、東京はずっと雨模様でしたね。体調崩されませんでしたか? 10月に入っても曇天が続きますが、ご無理なくお過ごしください。
10月1日から3日、真宗大谷派東京教区報恩講(ほうおんこう)がお勤めされました。お参りいただいた皆様、ありがとうございます。
キャパ200人ほどの真宗会館ですが、スタッフも含めて賑わいのある報恩講となりました。スタッフの皆様、真宗会館の職員の方々のお力添えがあり、報恩講をお勤めできました。感謝の念に堪えません。ありがとうございます。今回は報恩講プロデューサーを務めておりました。企画会にお声がけした皆様。度重なる会議に当日の任務、お疲れさまでした。ありがとうございます。皆さんのおかげで一切疲れが出ず、報恩講後の法務を務めております(-人-)
これから各地の真宗寺院において「報恩講」が勤まります。そして、11月21日(土)~28日(土)には、ご本山 東本願寺において「報恩講」が勤まります。お出かけになれる「報恩講」に、ぜひお参りください。
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2026年10月のことば
(寺報版はこちら)
毎日掃いても落ち葉がたまる
これがとりもなおさず人生である
田山花袋
アレン・ネルソンさんをご存知ですか?
アレン・ネルソンさんは、元アメリカ海兵隊員で、ベトナム戦争を経験されました。戦地に赴き、生きるか死ぬかの現実を生き、帰還されました。戦地では、ひと時も気を抜けません。食事のときも、用を足すときでさえも。殺るか殺られるかの世界です。そんな緊張感の中に身を置いていたため、帰還されてからはPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しみます。
ある日、高校時代の友人と再会します。友人は小学校の先生をしていました。ネルソンさんがベトナム戦争から帰還したことを知っていたので、戦争体験を生徒たちに語って欲しいと頼みます。しかしネルソンさんは断ります。戦争のことは忘れたかったのです。それでも友人は頼み続け、ついにネルソンさんは引き受けます。戦争一般の恐ろしさを語る程度のつもりで。
生徒たちの前で話し終え、質問の時間に一人の女の子が尋ねました。
「ネルソンさんは、人を殺したんですか?」
ネルソンさんは驚き、顔を伏せてしまいました。それでも、子どもに嘘をついてはいけないと、顔を上げて答えました。
「はい、私は人を殺しました」
子どもたちが驚き逃げ出す姿を想像していたネルソンさんに、質問した女の子は近づき、ハグしました。他の子どもたちも、ネルソンさんに駆け寄り抱きしめたのです。
この時の感動がネルソンさんを動かします。「戦争の真実を語りたい」と。
ネルソンさんは、必死でPTSDを治し、戦争体験の語り部として活動を始められました。大人は頭で考えようとするけれど、子どもたちは体全体で戦争をつかもうとしてきます。ネルソンさんは、主に子どもたちに向けて戦争体験を語られました。
2009年3月25日(日本時間26日)、アレン・ネルソンさんは多発性骨髄腫で亡くなられました(61歳)。
2026年9月11日より、ドキュメンタリー映画『「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」が上映されています。
この映画の監督である塚本晋也さんは、かつてネルソンさんの自伝『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』を手にしたとき、「今の世の中に絶対必要なことに思えた」と語られています。反面、この現実を映像化する作業は、人間の暗部に向き合うことにもなります。伝えなければという使命感・責任感と、人間の暗部に向き合うことになる苦痛との狭間で葛藤し、7年の歳月をかけて完成されました。
塚本監督が感じられているように、戦争のきな臭さを感じている方は多いのではないでしょうか。ネルソンさんは、子どもたちに自分の犯した罪を語り、反戦を訴えました。ネルソンさんは日本国憲法の第9条を大切にされました。彼の死後、「9条を抱きしめて」というドキュメンタリーが作られました。西蓮寺聞法会でも、2014年12月に上映会を行いました。
実は、今月の文章の上記太字部分は、2009年4月号の寺報に記載したものです。2026年を生きる今、ネルソンさんの悲しみや痛みや意思が、あらためて人びとに伝わることはとても嬉しいことであり、大切なことです。
しかし、私は思います。ネルソンさんが亡くなられて17年程経って、今もなお彼のメッセージを必要とする時代はどのような時代なのか。このような時代に生きる人間とは、否、このような時代にしている人間とはいったい何なのか。
「人の世から争いが無くなることはない」と、よく言われますが、「仕方ない」「それが人間」で済まされる話ではありません。
核廃絶への願い
元プロ野球選手の張本勲さんが亡くなられました(2026年9月9日、86歳)。
プロ野球に興味関心を持ち始めたころ、3000本を超えるヒットを打った選手がいることに驚いたものです。
張本さんは5歳のときに広島に投下された原爆に被爆されています。原爆によって最愛の姉を亡くし、プロ野球の世界に入ってからも、ちょっとでも体調が悪くなったときには、「原爆症が発症したのではないか」と不安になり、恐怖との戦いであったと語られています。また、被爆者に対する差別を目の当たりにした経験から、被爆者であることを長年隠していました。
年を経て、原爆がどこに投下されたかも知らない若者が出てきたこと。また、原爆の記憶の恐怖や怒りから「8月6日と8月9日、この日は暦から消してもらいたい。思い出すのもつらいから」と張本さんが発言した際、九州の小学校の女子生徒から、「張本さん、逆ではないでしょうか。忘れないためにも、8月6日と9日はあった方がいいと思います」という手紙が届いたこと。それらの出来事があって、はっと驚き、「あんな悲惨なことを二度と起こさないためにも伝えていかねば」と思い立ち、被爆体験や戦争は起こしてはいけないんだという思いを語り伝えられるようになりました。
人生は、独りで生きているものではない
ネルソンさんと張本さんのエピソードを紹介しました。おふたりとも自身の体験をもとに反戦を訴え、特に若い世代との交流を大切にされました。
ネルソンさんは、「私のようにPTSDで苦しむ人間を生み出さないために」と語られていました。
張本さんは、「『地球上から核兵器がなくなった』という一言を聞いて息絶えたいんだ」と語られていました。
おふたりの意に反し、若者は戦地に送られ、核軍縮どころか核拡散の方向に世界は向きつつあります。
このような世の中ですが、おふたりのメッセージは、亡くなられた後も生きて届いています。
散ると見たのは凡夫の眼
木の葉は大地に還るなり
という法語があります。
木と共にある葉は瑞々しく、紅葉などは見る者の心を満たしてくれます。しかし、木から離れ散った葉は、それで終わりでしょうか。終わりと見る見方は、物事のほんの一部しか、自分にとって都合のいい部分だけしか見ていない、もったいない見方です。
散った葉は大地へと還り、元あった樹木、翌年の葉、他の生命の養分となり、あらたないのちを生み出します。そして、私たちはあらたな潤いをいただきます。散った葉が大地に還るという気づきは、見えない部分の大きさに敬いの気持ちを持つ感動へとつながります。おふたりが若い人びとに語られたのは、たとえ我が命が尽きようとも、次のいのち、次のいのちへと思いが還っていくことを信じていたからだと思います。
毎日掃いてもたまる落ち葉を、邪魔だ汚いと思う生き方も人生。たまる落ち葉があってこそ今の私があるとみるのも人生。
南無阿弥陀仏
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掲示板の人形
8月の暑さから9月の雨模様
夏から秋への変化が感じにくい気候でした。でも、金木犀の香りが漂い始め、肌寒くなり着るものも秋物へと変わり、お風呂の温度を上げた方もいるのではないでしょうか。確実に季節は移ろういています。
リスにフクロウ、秋を感じさせる人形を飾っています。
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