2009年7月 6日 (月)

泣きたいときは 泣いてほしいのです

2009年7月4・5日(土・日) 西蓮寺新盆法要をお勤めいたしました。
この一年の間に、大切な方を亡くされたご門徒さんにお集まりいただき、合同の新盆法要をお勤めいたしました。
法話は、私がさせていただいています。
  
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お盆の由来
『仏説盂蘭盆経(ぶっせつ うらぼん きょう)』というお経があります。
お釈迦さまのお弟子さんの目連さんのお話です。目連さんはある日ふと、亡くなられたお母様がどうされているか心配になりました。神通力を使い、お母様を探されます。
ところが、どれだけ探しても、お浄土にお母さんがいません。もしやと思った目連さんは、餓鬼道という地獄に行ってみます。すると、飢えに苦しみ、痩せ衰えたお母さんがいました。目連さんは食べ物を渡すのですが、お母さんが、その食べ物を口に運ぼうとすると、食べ物が炎に変わってしまい、口にすることができません。
困った目連さんは、お釈迦さまに相談します。「どうしたら母を救えるのでしょうか?」
お釈迦さまは言います。 「多くの修行者の力を借り、お供え物をし、母が浄土に行けるように念じなさい」と。
お釈迦さまが言われた通り、お供え物をし、多くの修行者と共に、餓鬼道に堕ちた人々が浄土に行けるように念じました。すると、目連さんのお母様だけでなく、餓鬼道に堕ちたすべての人々が、浄土に行く姿が、目連さんの目に映りました。 
この『仏説盂蘭盆経』のお話が由来となって、日本ではお盆(盂蘭盆)の習慣ができたと言われています。
 
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毎年お盆にお話をしていて、基本的には同じ話をしているのですが、毎年ちょっとずつ変わってはいます。そのときの私自身の想いの違いもありますので。
明日話すという晩、つまり3日の晩、話す内容について考えていました。
 
で、思ったのです。新盆法要に集まられる方は、この一年のうちに大切な方を亡くされ、つらい想い、悲しい想いをされた方々です。そういう方々が新盆法要にお集まりになって、その法話で聞きたいこととは、こういう話なのだろうか?と。 
身近な人を亡くして、「なぜ死んでしまったのだろう」「限りあるいのちをどのように生きればいいのだろう」「なぜ生まれたのだろう」…いろいろなことを考えたはずです。 
とりあえず、話の導入として『仏説盂蘭盆経』の話をしてから、声を聞くことにしました。「大切な方を亡くされて、なにか感じられたことはありませんか」と。
 
おひとり、手を上げてくださいました。
「亡くなった人のことを思い出して、今でも涙が出ます。でも、亡くなった人が心配するから、いつまでも泣いていてはいけないと諭されて…。でも、涙が出るんです。泣いてはいけませんか?」
 
つらい想いをされたうえに、さらにその想いに蓋をさせられて、余計につらい思いをされていたのですね。
泣きたくなったら泣いてください。声を出して泣いてください。
どんなに涙流しても、涙は枯れることがありません。不思議なものです。もう涙は流れないと思うほど泣いても、また、涙は溢れてくるのです。それを我慢することはありません。
  
身近な人が亡くなると、いろいろな迷信を言う人がいます。
「亡き人が心配するから泣いてはいけない」
「いつまでも亡き人のことを想い続けてはいけない」
「不幸が続くのは、亡き人が迷っているから」
そのようなことを言う人は、本人としては相手を心配してのことかもしれませんが、そのようなことは言ってはいけません。
物事を亡き人のせいにしてはいけません。 
亡き人は、迷いもしないし、生きている私たちを呪ったりもしません。
 
私たちは、縁を生かされて生きる身です。
我が身に起こることは、すべて縁によります(自分にとって都合がいいことであっても、悪いことであっても)。
亡き人のことを想って涙流すということも、亡き人との縁があるからこそ、流れるのです。  
涙によって、亡き人に出会う。亡き人を想うことを通して、私自身を見つめることとなります。 
  
身近な人との別れを通して、我が身に沸き起こる様々な想い。
その想いは、亡き人から与えられたもの。
与えられた想いは、私がこれから歩む人生に、なんらかの道標となる。その想いを打ち消す必要も、隠す必要もなありません。

法話・法要を勤め、食事の時間…お参りされたすべての門徒さんと話すように努めています。すると、「手を挙げられてお話された方の気持ちがわかります」「私も同じようなことを言われた経験があります」と、たくさんの方が同じような苦しい経験をされていました。それだけ、想いを封じ込める迷信が蔓延しているのですね。泣きたいときに泣くことを許されないで、いつ泣けばいいのでしょう。泣きたいときは、泣いてほしいのです。

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2009年7月 1日 (水)

2009年7月のことば

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   一切の有情(うじょう)は
    みな食(じき)によりて住す

          『成唯識論(じょうゆいしきろん)』
  
食べることというのは、生きることの根幹かもしれない。
 「なぜ生まれてきたのか」
 「なぜ生きなければならないのか」
 「なにをすべきか」
 「どう生きるべきか」
 「この世に生まれてきた意味はなにか」
 「生きることに意味はあるのか」
人は、多くの苦悩や疑問を抱えて生きている。しかし、それら苦悩や疑問が、どんなに深く大きくとも、お腹がグゥッと鳴ったとき、意識は空腹に奪われる。どんなに悩んでいても、食べることを忘れてはいけないと、体は訴えているのだろう。
頭ではいろいろ考えて、人生という道の歩みは止まってしまっても、体は、食べろ食べろ、動け動けと催促する。
「自分のことは自分がよくわかっている」とか「自分の体なんだから、自分がどうしようと勝手だろう」などというけれど、自分ほど分からない存在はないのではないだろうか。
食べ物を口にすると、そのときばかりは苦悩も忘れられ、その美味しさにこころを奪われる(あぁ、こころを奪われるから、それまで頭でいろいろと考えていたことも、消えるのか)。
なんて書いたけれど、なにものどを通らないほどに悩み苦しんでいる人もいる。味を感じない人もいる。食べ物でごまかせるほど、単純な悩みじゃないんだと、お叱りを受けることだろう。
そのような人は、確かにいる。私にも、そのような時期があった。それほどの苦悩を軽んじているのではありません。
 
人は、それぞれに問いを持ち、もがき苦しんでいる。しかし、その問いは、頭で考えているもの。その問いが、私を苦しめていると思っているけれど、果たしてそうなのだろうか。
お腹がグゥッと鳴る事実にしても、私の想いとは別に働いているものがある。この身だ。どんなに苦しんでいても、食べる気がしないと思っていても、お腹は鳴る。
怪我をして傷になっても、骨を折っても、傷は治ろうとし、骨は再生しようとする。生きていることに疑問を感じている人であっても、その肉体は治癒に努める。死を考えている人だから、体も治らなくていいねなんて、傷口が膿み出したり、骨が再生を拒んだりはしない。やはり、治ろう治ろうと一生懸命になる。
目前に大きな仕事が迫っていて、それを無事に成功させるため一生懸命になる。そのときは必死だから頑張れるけれど、仕事が無事終わったとき、体は途端に悲鳴をあげる。疲れたり、だるくなったり、寝込んだりしてしまう。頭ではまだまだ動けると思っていても、体は「休んだほうがいいよ」と訴えかける。まだ大丈夫だから、休む必要はないと気持ちで押さえつけても、体は正直。いつか無理がくる。
頭と体、こころとからだは、一つであると錯覚しているけれど、べつべつのようですね。
 
生きることに意味を探すことが流行っています。誰もがそういう時期を通過するのかもしれない。意味を探すことはいいけれど、意味を探し当てたら、どうなることでしょう。
自分で見つけた意味は、自分を納得させるための意味でしかない。その瞬間は納得できても、次の瞬間にはもろく崩れ去ることでしょう。それもつらいけれど、もっとつらく悲しいことがある。もし、「私は、私が生きる意味を見つけた」と言えたなら、その人は他者を、見下げてしまうことでしょう。「私は見つけた。こいつは見つけていない」「私には意味がある。あいつには意味はない」…私は意味を見つけたと言った時、他者を想う気持ちを失い、他者を批評・批判する者になってしまうのです。
私は思います。生きることの意味を見つけるということは、楽になることではなく、重荷を背負って生きることなのではないかと。いや、重荷を感じて生きることなのではないかと。
生きとし生けるものは、誰しも重荷を背負って生きています。ただ、それを感じたくないがために、架空の意味で逃げようとしている。実は、知ってはいるのだ。その重荷の存在を。だから、そこから逃げ出そうと必死になる。逃げることは出来ないのに。逃げようとする理知と、逃げ出せない現実。頭と体、こころとからだがバラバラになっている。意味を探す旅が、余計に意味を分からなくさせている現実。
食べることは生きることの根幹。飲み食いせずに旅を続けられるのなら、そうすればいい。しかし、それはできない。食べることにより、潤いを得ることにより、バラバラだったこころとからだがひとつになれる。そこで初めて、自分が生きているという実感が湧きあがる。
  
一切の有情は みな食によりて住す
(生きとし生けるものはすべて常に何かを食べることによって生きている)
食べるということに特化して文章を書きましたが、「食(じき)」とは、人の持つ欲望を表わしていると聞いています。『成唯識論』に出てくるこのことばは、もっと違うことを訴えているのかもしれない。唯識に明るくない私は、そこのところを語れません。
しかし、このことばに出遇い、生きるということに根が生えることばだと感じました。
   
 delicious delicious delicious delicious delicious
 
西蓮寺門前の掲示板に人形を飾っています。7月は金魚すくいです。
クマが獲物を狙っています。でも、桶の中にいるのは、金魚ではなくクジラです。壮大な金魚すくいです。
クジラの置物は、大久保石材様より頂戴致しました。ありがとうございます。
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2009年6月18日 (木)

仕合わせ

前回の文章で、最後に
 
幸せだから感謝するのではない。感謝しているからこその幸せ。
 
と書いた。好きなことばです。
でも、〆に書いておきながら、「これでいいのかな」と、釈然としませんでした。
ことば自体は好きだし、大切なことを表わしているのだけれど、私の拙文によって、ことばが死んでしまっているように感じていました。
 
「幸せ」って、なんでしょう。
私たちが求める「幸せ」って、どうしても、自分に都合がいいことの枠を出ないような気がします。
自分や、自分に身近な人々さえよければいい。他の人はどうでもいい。というような。
そのような「幸せ」を求めていて、「幸せ」も「感謝」もないような気がします。
 
幸せを求めて、不幸になっている今の世の中。
なぜでしょうか。
「幸せ」を求める内容が「自分さえよければいい」の結果、生み出されたものは「不幸」。
そのことに気付かず、まだ「幸せ」を求めている。
 
「人間は幸せを求めて生きているものじゃないんですか!?」と、言う人もいるけれど、
幸せを求めるのはいいけれど、結局幸せを求めて不幸を導いているのは、誰でもない、私自身。
以前、「幸福を求める者は 必ず不幸になる」ということばを掲示したら、「どうしてですか?」って、たくさん尋ねられたことを思い出しました。
 
「幸せ」の語源は「仕合わせ」というのを聞いたことがある。
「仕合わせ」…「仕える人に出会えること」
この人の元で働こうって、心底喜んで仕えることができる人との出会い。それが「幸せ」ということ。
仕事に限らなくてもいいと思う。人間関係すべてにおいて、「この人に出会えてよかった」と思うことができたら、それが幸せな人生なのだろう。
忘れてはいけないことは、「出会えてよかった」と思える人とだって、確執は起こるし、「好きなんだけど、ここだけは許せない」ということは多々ある。
つまり、まったく不快な思いをすることの出会いが「幸せ」なのではない。
人と人とが出会えば、いろいろあるもの。でも、それでも「この人に会えてよかった。この人との出会いが、人生のすべてだ」と、言えることがあれば、それが幸せ。
そういう出会いがあったとしても、人間関係のゴチャゴチャがなくなるわけでも、苦悩がなくなるわけではない。つまり、私が求める意味での「幸せ」ではないけれど、「仕合わせ」ということは起こりうる。「仕合わせ」が「幸せ」に導く。
 
幸せだから感謝するのではない。感謝しているからこその幸せ。
釈然としない思いをかみ締めながら、「仕合わせ」について、つまり「人との出会い」について考えていました。 

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2009年6月10日 (水)

道標

ちらかった部屋に通されたら、ちらかっていることが気になることでしょう。
「少しは片付けろよ」と、文句も出ることでしょう。
でも、きれいな部屋に通されたら、特になにも感じないことでしょう。
だから、「きれいですね」とか、ほめることばも出ないことでしょう。
 
服にほころびがあったら、
「縫っておけよ」と、文句も出ることでしょう。
でも、知らないうちにほころびを直されていたら、その事実を知らないままになる。
「縫ってくれて、ありがとう」なんて感謝のことばが出るはずもない。
 
道路を無謀な運転をする人がいる。
今まで事故を起こさずに済んでいるのは、自分の運転のテクニックが上手いからなんて思っているかもしれない。
多くの人間の安全運転のおかげで、事故にならずに済んでいるのに、それに気付かない。
事故を起こす前に、気付いて欲しい。
 
街の環境が整備されていても、そのことに気付かなければ、
不備にばかり憤りを感じることでしょう。
「ここがああなら便利なのに」「これは不便で腹が立つ」
便利さばかりを追求してると、すでに私のために為されている優しさに気付かない。
  

  
綺麗にされていて、直されていて、安全安心で、優しさに満ちた世界にいるのに、
それに気付かない私は、
汚れて危険な環境に身を置いているのと同じこと。
汚れて危険な環境は、私自身が作り出す。
どんなに環境が整っても、たとえここが浄土でも、
私ひとりのために、たとえ浄土でも地獄になる。
 
綺麗にしていて、直していて、安全安心に気を配り、優しさを発しているのなら、
それに気付いてもらえないことを、愚痴ってはいけない。
こんなにしているのに、こんなに頑張っているのに、こんなに想っているのに…
こんなにする、こんなに頑張る、こんなに想うのは、褒めてもらいたいから?
いや、元々の想いは違うはず。その想いを忘れないで生きたい。
気付いてもらえなくても、褒めてもらえなくても、
見ていてくれている人は、必ずいるのだから。
だから、愚痴らなくてもいい。愚痴ると、自分で自分を安っぽくしてしまいますよ。 
  
   
優しさに包まれて生きているのに、その事実に気付かずに不平不満ばかりの不幸。
でも、優しさに包まれている事実に気付くことが幸せなのではない。
すでに幸せの中に身を置いている。感謝の日々。
幸せだから感謝するのではない。感謝しているからこその幸せ。

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2009年6月 1日 (月)

2009年6月のことば

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     忙しいということは
      怠けている証拠です

                安田 理深
           
「忙しいほど頑張っているのに、怠けているとは、どういうことですか?」という声が聞こえてきそうです。
「忙しい」と口にするときは、仕事に忙しいのでしょう。家事に忙しいのでしょう。人間関係に忙しいのでしょう。生きていくうえで、しなければいけないことはたくさんあります。たしかに、忙しいものです。
しかし、人間として、誰とも代わることのできない私として、いのちをいただいて生まれたということは、そこに意味があるのではないでしょうか。その意味を尋ねる歩みこそが、一生をかけてしなければいけないことではないでしょうか。
私(いのち)を問うことなく生きる一生は、生きることを怠けているのかもしれません。
   
「怠」は、「なまける」と読みますが、「おこたる」とも読めます。やるべきことをやら
ない、つまり「おこたる」から、忙しい日常に埋没しているのかもしれません。
やるべきことをやらずに、世間の都合に、自分の想いに振り回されて、忙しくしていないでしょうか。
                   
なぜ生まれてきたのか。なぜ生きているのか。誰とも代わることのできないいのちを、なぜ私として生きているのだろう。
人として生まれ、私として生まれ、問うことはいっぱいある。人生そのものを根底において問い続けていく。「やるべきこと」は尽きない。それなのに、持って生まれた宿題を放り出して、世間のことに こころを削り、  いのちをすり減らしている。
『「忙」という字は、「心を亡くす」と書きます』とは、よく耳にするお説教。だけど、よく考えてみると、大変なことを言っている。
「無くした」ものは、探すのをやめた時、見つかることもよくある話です。しかし、 「亡くした」ものは、もう、見つかりません。「忙しい」とつぶやく背景には、自分の人生を見失って生きている事実があります。自分が見えない人に、他人(ひと)が見えるということはないでしょう。
人を人と見ない最近の風潮。仕方のないことなのかもしれません。
                
「宗教なんて信じてないし、信じていなくても人生に困ることなんてない」という声を耳にすることがあります。素直な意見だと思います。私も、浄土真宗の寺に生まれることがなかったら、そのように考えていたことでしょう。しかし、生まれたからこそ、「あぁ、真宗の寺に生まれてよかったなぁ(いや、生まれるべくして生まれたのかもしれないなぁ)」と思えます。一生を尽くして問い続ける課題をいただいて生きていけるのですから。
答えを求めるのが問いなのではありません。問い続けていけることが、本当の問いなのだと思います。
先のような声を口にする人は、気の毒です。確かに、「困る」ことはないと思います。でも、「困る」ということを知らずに、生きるなんて、味気ない人生です。
           
   
子どもの「ママ(パパ)、あのね、」の呼びかけには、手を休めて、目線を子どもに合わせて話を聞いてあげてください。「忙しいんだから!」って、怒らないであげてね。
というアドバイスをいただきました。「ママ、あのね、」の呼びかけには、いのちをいただいて間もない、小さい人たちの、これから生きていくための一生懸命な呼びかけが込められています。応えるということは、呼応するということ、問いを共有するということ。
いのちをいただいて年月が経ち、いのちについて何の感謝も疑問も持たずに生きている、大きくなっただけの人に、小さい人は感謝や疑問の気持ちを、お裾分けしてくれます。 「ママ、あのね、」の呼びかけに応えること以上に、どんな「忙しい」ことがあるというのでしょう(なんて書いたけれど、応えることのなんと難しいことでしょう)。
  
「南無阿弥陀仏」は、衆生から阿弥陀仏への、「あのね、」ではないでしょうか。「阿弥陀さん、あのね、」の呼びかけに、阿弥陀仏は、手を止め、私たちに目線を合わせ、「はい」と、応えてくれる。「南無阿弥陀仏」と申すところに、阿弥陀仏はいらっしゃるのです。
でも、子どもが「ママ、あのね、」と呼びかけられるのは、ママがそこにいるから。衆生が「南無阿弥陀仏」と称えられるのは、阿弥陀仏がそこにいるから。
「私があなたを守ります」という想いが 子どもに伝わるから「ママ、あのね、」という呼びかけが生まれるのです。
「私が衆生をすくいます」という願いが、衆生(ほとけの子)に伝わるから「南無阿弥陀仏」という念仏が、私の口から出るのです。
呼応の関係とは、どちらが先ということではなくて、お互いがいて、お互いを成り立たせていく関係なのです。

人として生まれ、私として生まれ、問うことはいっぱいある。
問いを持って聞法していたのに、結局は自分に良いように聞いてしまう。分からなくなってしまう。
聞法に忙しい、教化活動に忙しいというのは、聞法しているようでいて、聞法を怠けていることなのかもしれない。
安田先生は「忙しさをたよりとするような生き方はやめなさい」とも言われたそうです。
そんな生き方になっていないだろうか。自己満足と言う一方通行の聞き方をしてないだろうか。
「あのね、」という呼びかけの終わることの無い人生。それが、こころを持ち続けた歩みなのです。
  
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西蓮寺門前の掲示板に人形を飾っています。
6月は、蓮の葉に乗るカエルの親子・カタツムリです。
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カエルの親子と書きましたが、考えてもみれば、カエルの親子だとカエルとオタマジャクシですよね。ですから、人形はカエルのお友達ですね。

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2009年5月26日 (火)

「苦」のもと

現実が思い通りにならないなと悩む私がいる。しかし、思い通りにならない現実が悩みの種なのではない。思い通りにならないなと、思ってしまう私自身に悩みの種がある。

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2009年5月13日 (水)

人間は きっと やさしい

「誰もが五逆の罪人」という視点で、前回の文章を書きました。
そのように考えるきっかけとなった法座、5月の会に行って来ました。
 
「涅槃経」というお経に、
「誰もが仏性(ぶっしょう:仏となる性質)を持っている」と説かれています。
しかし、「誰もが」と言いながら、「一闡提(いっせんだい:善い行いをする性質を持たない者)は除く」と説かれているのです。
それだけを聞くと矛盾です。「生きとし生けるもの、誰もが仏となる性質を持っている」と説きながら、「でも、一闡提は違うけどね」なんて言うのですから。
これは、わざわざ矛盾した表現をしてまで、誰もがすくわれる存在なんだということを説きたかったからなのです。
 
で、前回の文章をお読みの方は分かると思いますが、私は、「誰もが五逆の罪人」というところに衆生観をおいて、「涅槃経」のことばをいただいていたのです。
でも、先生の言い方は逆でした。「一闡提は除くと言ってますが、一闡提と思われる者がいそうだけど、でも、こいつは一闡提だって、ハッキリ言い切れる者はいないんですよ。つまり、一闡提なんて、いないんですよ」と言われました。
 
私は、「誰もが罪人である」という見方を根っこにして、話を聞いていました。
しかし先生は、いや、『涅槃経』を説かれたお釈迦さまは、「罪を持つ存在ではないんです」ということを前提にされていたのですね。
 
罪の自覚において、仏法に聞くんだと思っていたけれど、仏の眼からすれば、罪人はいないんだなぁ。
と、お話を聞きながら驚いていました。
法の場に身を置くと、いろいろなことを感じさせていただけます。
   
    
ちょっと補足・・・
「誰もが罪人」という視点で今までも文章を書いてきました。
でも、「人間なんてろくなもんじゃねぇ」論者ではないのです。
「罪を持つ存在」だからこそ、他力がはたらく。
「ろくなもんじゃねぇ」どころか、いのちは、なにものにも変えられない大切なもの。
そういう想いを強くもっています。
 
森達也さんの『世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい』という本があるのですが、題名を見たとき、「あぁ、素敵な題だなと感じました。
さだまさしさんの「償い」という歌に、「人間って哀しいね/だってみんなやさしい/それが傷つけあって かばいあって」という歌詞があります。初めて聞いたとき、これが人間なんだなぁと、こころ打たれました。
人は優しいんです。本当に優しいんです。でも、縁によっては、本当になにをしてしまうか分からない存在なんです。気をつけてれば悪いことをしないとか、強い気持ちを持っていれば道を踏み外すことはないなんて、言えないんです。その発想が、人を傷つけもするのです。哀しい…だけど、世界は、人は、もっと豊かだし、もっと優しいんです。
そういう想いがつまっての、「人は誰もが罪人」発言なのです。
     
   
お手紙ありがとうございます・・・
最近寺報やブログで、「罪の自覚」について書いていたので、あるご老僧からお手紙をちょうだいいたしました。
罪業の身に卒業はないのに、卒業した気分になっていた身の程を知らされました。罪業の身に立てるとしたら、自心の破れ以外ないのでしょう
「自心の破れ」…あぁ、私は、自心の破れなしに「人間は罪人」だと語っていました。自心がやぶれるどころか、慢心という空気でいっぱいの自心になっていました。お手紙、有り難くいただきます。
お手紙の最後に書かれていました。
「昔の人は、“光明のフトコロ住まい”と言われました。その言葉が蘇ってきます」
このような私でも、いや、「このような」と言っている時点で、人間の側の思惑が含まれていますね。
私のことを包んでくださっている弥陀の光明。その光明というフトコロに住まいしている私。昔も、今も、これからも、ずっとずっとフトコロ住まい。南無阿弥陀仏 

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2009年5月 8日 (金)

自分さえよければいい この悲しさ

本当は4月中にこの文章を書いておきたかったのですが、落ち着いてパソコン前に座る時間がなく、いつの間にか5月になってしまいました。
 
2009年4月のことば
「五逆」について触れ、誰もが五逆の罪を犯している罪人です、と書きました。
違和感を持った方、私は五逆の罪を犯してない、と感じた方もいることでしょう。
 
「2009年4月のことば」の文章を書いた背景には、ある法座での出来事がありました。
その法座で、先生は、「人は誰もが仏性(ぶっしょう:仏になる性質)を持っている」と説かれました。「しかし、五逆の罪を犯した者はこの限りではない」とお話くださいました。
先生の「仏性」理解ではなく、仏教のおしえとしては、その通りなのです。五逆の罪を犯した者に、仏性はないと経典には説かれているのです。

で、先生のお話も終わり、質疑の時間。ある方が質問をされました。
「私は五逆の罪を犯していませんから、当然仏性があるわけですが、どうすれば仏になれますか?」という質問だったと思います。
その質問を聞きながら、唖然としたというよりも、「あぁ、今日の先生の話を聞いて、そのように思っている方は多いんだろうな」って思ったのです。自分が五逆の罪人なんて考えないだろうなって。
 
先生の「五逆」の説明を聞きながら、
「親に迷惑ばかりかけてきたなぁ。今でも心配ばかりかけてるよなぁ。人が生まれるってことは、母体にどれだけの負担をかけているか分からないんだよなぁ。今の日本では、五体満足・母子共に健康で赤ちゃんが誕生することが当たり前のように思われているけど、とんでもない。どれだけの危険と隣り合わせでいのちが誕生するのか、そのことがあまりに無視されているよなぁ」
などと考えていました。
実際に父・母を殺したという人はいないかもしれないけれど、私の存在そのものが、父・母の苦労の上に成り立っているんだということを考えていたのです。
そんなことを考えていたものですから、先の質問を耳にしたとき、「悲しい質問だなぁ」って感じたのです。
 
それに、『祖父母やおじおば殺害は「五逆」の対象ではないから、「仏性」は持ち続けている』なんて、どうして言えるでしょうか。
 
そのような「自分はキチンとしているから」的な発想は、「自分さえよければいい」という想いが根底にあるような気がします。
それはつまり、一緒に法を聞く仲間(僧伽)に対する裏切りであり、破壊だと思うのです。
 
「私は五逆の罪を犯していませんから、当然仏性があるわけですが、どうすれば仏になれますか?」
という質問は、質問そのものが五逆の罪を犯していることだと感じました。
質問された方を責めているのではありません。このようの考えるほうが多数派であり、私みたいな考え方をする方が変わっているんだろうなぁって思います。
だけど、人は誰もが気付かないうちに、父を、母を、仲間を、仏を、傷つけている存在なのだと思います。そのことが見えていないのが、現代日本の姿ではないだろうか。
そういうことに気付かされ、考え、「2009年4月のことば」を書きました。

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2009年5月 1日 (金)

2009年5月のことば

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     念仏者は無碍の一道なり
                親鸞聖人
   
今月のことばは、親鸞聖人のおしえを、弟子の唯円さんが書き残された書物『歎異抄』の第7章に出てくることばです。先ずは全文をご紹介します。
  

念仏者は、無碍(むげ)の一道なり。
そのいわれいかんとならば、信心の行者には、天神地祇(てんじんじぎ)も敬伏(きょうぶく)し、魔界外道(まかいげどう)も障碍(しょうげ)することなし。罪悪も業報も 感ずることあたわず、諸善もおよぶことなきゆえに、無碍の一道なりと云々。
『歎異抄』第七章

  
【試訳】
「南無阿弥陀仏」の念仏は、何者にも妨げられることのない、ひとすじの大道です。
それは、どのようなことかといいますと、本願を信じ、念仏申す行者には、天の神・地の神も深い敬意をはらい、悪魔や異教の徒も妨げをすることができません。また、どのような悪業も、その報いに恐れを感じさせることはできません。どのような善い行いも、  念仏の力には及びません。だからこそ、何者にも妨げられることのない、ただひとすじの大道であります。
と、親鸞聖人はお教えくださいました。
   
   
      
「念仏は無碍の一道なり」・・・念仏を称えると、碍り(さわり)となるものが無くなるという意味ではありません。「南無阿弥陀仏」が、碍りを無くしてくれるというのであれば、念仏はただの呪文になってしまいます。念仏は、苦悩解消の呪文でも、問題解決の方程式でもありません。
私が生きる場は、今、現に生きているこの場しかありません。にもかかわらず、過ぎ去った過去を恨み、現在が居場所として落ち着かず、未来に自己中心の理想を夢見ます。
自分の都合や欲望を追求して念仏を称えても、念仏は応えてはくれません。いや、念仏が応えてくれないのではありません。自分自身のこころが、碍りを作り出しているのです。
『歎異抄』第七章は、本願の名号「南無阿弥陀仏」に出遇った聖人が、生活の中で実感したことを述べたことばです。念仏を称えれば碍りがなくなるというご利益を述べたのではありません。今まで、自分自身の迷いによって、碍りでないものを碍りとしてしまっていた事実に気づいた。その自覚のことばです。
 
   一切の功徳にすぐれたる
    南無阿弥陀仏をとなうれば
    三世の重障みなながら
    かならず転じて軽微なり

       (親鸞聖人「現世利益和讃」)

親鸞聖人は、人間の要求に応えるものを功徳とは言われません。南無阿弥陀仏を称える身になると、碍りはそのままではあるけれど、今までとは違うこころで、ものごとを受け入れられるようになりますと言われます。決して、碍りが無くなるとは言われません。碍りは無くならないのです。しかし、「軽微」になると言われています。
碍りと感じるものを抱えながらも、そこに、何か力となるものが得られる。人生の重荷が無くなるのではなく、重荷を背負う力が身につく。そういう身にならせていただくというのが、「一切の功徳にすぐれたる 南無阿弥陀仏」なのです。
重荷を背負う力が身につく。つまり、人間である事実を本当にいただくということ。人間である事実とは、苦悩を背負った現実を生きるということ。しかし、そこから逃げたいがために迷信に惑い、いや、惑わされているのは分かっているけれども、それでも怪しいものを頼りとしなければ生きていけない。また、起こりもしない出来事に怯え、それでいて自分が起こしたことによる報いを恐れる。そして、私がした些細な善行を頼りとして生きています。
 
「天神地祇」を、「天の神・地の神」と訳しました。しかし、困ったときの神頼みというように、私を助けてくれるものを、怪しいと分かってはいても信じてしまう。そういう私自身の迷いのこころを表わしています。
「魔界外道」を、「悪魔や異教の徒」と訳しました。しかし、自分さえ良ければいい、世の中が自分の思い通りになればいいと願う、私の欲望のこころを表わしています。
私を惑わす迷信や、私を恐れさせる悪が、私の外にあるのでありません。天神地祇・魔界外道は、私自身が作り出しているのです。「天神地祇も敬伏し、魔界外道も障碍することなし」とは、そのことに目が覚めるということなのです。
  
親鸞聖人は、臨終の一息まで、念仏を称えられていました。お念仏申して碍りを無くした人生を送られたのではなく、一生を尽くして、自分自身に向き合って生き抜かれたのです。阿弥陀如来とともに。
一人よがりの想いでこころを覆い、独りぼっちになっていたけれど、念仏により碍りが碍りで無くなったとき、阿弥陀如来とともに自立する私が誕生します。
 
 pisces pisces pisces pisces pisces
 
西蓮寺門前の掲示板に人形を飾っています。
5月5日までは、先月から飾っている人形にプラスして、鯉に乗った少年の人形を飾っています。
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6日以降は牛の置物です。大久保石材様から頂戴致しました。ありがとうございます。
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2009年4月24日 (金)

怒り、そして冷静に…

SMAPの草なぎさんが公然わいせつ容疑で逮捕され、鳩山邦夫総務相が「怒りを覚える」と発言しました。
地上デジタル放送普及促進のメーンキャラクターから降板させることに言及し、突き放す発言も。
立場上怒る気持ちも分かるけれど、突き放してしまうのではなく、だからこそ守る姿勢を見せて欲しかった。
「地デジ普及促進のキャラクターからは降りてもらう。だが、彼のこれからを、見守り続ける」って。
総務相をされる前は法相をされていたのだから。
 
草なぎさん逮捕の報が流れた23日、鳩山総務相の発言を聞き、そんなことを思っていました。
鳩山総務相は、「怒りを覚える」発言の際、草なぎさんを「最低の人間」発言もしました。
 
で、24日、「最低の人間」発言に対する批判を受け、釈明しました。
その釈明の中で、「人間は人間を評価できるものではありません」と言われています。
 
そのことばを聞いたとき、驚きと悲しみを感じました。
その通り、「人間は人間を評価できるものではありません」。私もそのように感じます。
それ故私は、「人間は人間を裁くことができるものではありません」とも思っています。
 
法治国家で生活する以上、人が人を裁くことは避けられないし、そのことによって安心した生活が送れるのでしょう。でも、一応の決まりごとの中で人が人を裁くわけで、本質として、人は人を評価できるものでも、裁くことができるものでもないと思っています。
 
ひとつの出来事に対し、人の数だけ想いがあります。そのひとつひとつを、良いの悪いの評価できるものではありません。
しかし、法相を務められたような方が、自身の発言の釈明で、「人間は人間を評価できるものではありません」と言われたことに対し、その想いを持ちながら法相の務めを果たされていましたか? と、問いたいです。
 
信頼していた人間の裏切りに怒りを覚えるのは当然かもしれないけれど、批判を受けた発言の釈明で、実は、より人を裏切ってしまってることに気づかれたでしょうか(そんなことを思うのは私だけなのかもしれないけれど)。
 
それと…
鳩山総務相の発言に驚きと悲しみを感じたので、書かずにおれない気持ちにまりました。
でも、たしかに、信じていれば信じているほど、裏切られたときの落胆や怒りは大きいものです。
そんなときに、落胆や怒りにまかせて、今まで信じていた人間に愛想を尽かすのであれば、それは、最初から信じていたとは言えないのです。
「今までファンだったけど…(失望した)」というのは、ファンとは言えないでしょう。「今まではファンだったから、これからも応援します」というのが、本当のファンのような気がします。
信頼を得るのは時間がかかりますが、やっとのことで手にした信頼を失うのは、あっという間ですね。恐いです。

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2009年4月23日 (木)

永代経法要 おみがきの会

4月22日(水) 西蓮寺永代経法要にむけて、おみがきの会を開催いたしました。4人の門徒さんが集まってくださいました。
会を始めた当初は、本堂の仏具のおみがきと、本堂のイスをふいてもらうだけでした。が、お集まりくださる方々も慣れてきて、そのおみがきはすぐに終わってしまうので、今では本堂の窓・柱・講師の机・欄干等々、いろいろなところを水拭きしてくださいます。
昨日は快晴だったので、窓を開け放して、新緑薫る中、気持ちよくおみがきができました。
三ヶ月に満たない娘も、おみがきの会に参加させました(座布団の上で寝ているだけですが)。赤ん坊がいると、雰囲気が変わりますね。門徒さんが掃除のあいまに顔を覗き込みます。とても嬉しそうでした。
4月29日の永代経に向けて、おかげさまで本堂がきれいになりました。ありがとうございます。
 
おみがきが終わったら、きれいになった本堂でみんなでお勤めして、それからお昼ご飯。
おみがきの会をやっていない頃は、寺の者だけでおみがき・掃除をし、一日かかっても終わりませんでした。でも今では、11時から始めて、12時半には終わってしまいます。とても助かります。
いろいろとお話しながら、楽しく、美味しくお昼ご飯。
29日の永代経当日が楽しみです。
 
永代経法要、今年のお話は、高山崇さん(京都のご本山東本願寺勤務)。
私の学生時代の後輩ですが、そのご縁でお話を頼んだのではありません。高山さんには、昨年、研修会で本山に行ったときにお世話になりました。
御修復中の御影堂を案内してもらい、要所で説明をしてもらいました。前回明治期の御修復時、大工さんの多くは真宗門徒であり、修復作業に行く前と帰ってから、毎日宿で「正信偈」をお勤めし、教えに触れ、座談をされていたとのこと。本山の両堂に託された真宗門徒の想いを、聞かせていただきました。話を聞いて、とても感動しました。
2011年に宗祖親鸞聖人の750回忌が勤まります。その宣伝はしていても、御遠忌に託された想いや意味をお伝えしてこなかったような気がします。今年の永代経法要は、高山さんにご出講いただき、真宗門徒が大切に受け継いできた教えや想いをお話いただきたく思い、講師を依頼しました。
 
簡単にではありますが、娘の披露もさせていただきます。
永代経法要にお申し込みくださいました皆様。お待ちしています。お楽しみに。

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2009年4月21日 (火)

親鸞聖人に人生を学ぶ講座

東京教区教化事業で、「親鸞聖人に人生を学ぶ講座」という講座が始まります。
その講師として、茨城県笠間ブロックの講師を担当させていただきます。
 
4月21日(火) 友部町にあります唯信寺さまにお邪魔して、第一回「宗祖としての親鸞聖人に遇う」という題でお話をさせていただきました。
 
親鸞聖人が住まわれた地で、親鸞聖人のお弟子さんの唯信房の開かれたお寺でお話をする。
話をするまで、ドキドキワクワクしていました。
夕方からは雨の予報だったにもかかわらず、70名を超えるご門徒の方々にお集まりいただきました。
ことばが尽くせないところもあったと思います。それでも、話終えた後に感想をお聞かせいただき、嬉しかったです。
今月から7ヵ月連続での講座。来月は笠間の光照寺さまにお邪魔させていただきます。
 
スタッフとしてお世話になります唯信寺と光照寺の副住職とは、長い付き合い。しかし、最近はなかなか会えずにいました。でも、この講座をご縁に、毎月顔を合わせることになります。
「なかなか会えずにいたのに、縁があったら毎月会うんだもん。不思議だね」なんて話していました。
 
今日お集まりいただいたご門徒さんとも、もしかしたら、この生涯で会うことがなかった方々かもしれない。でも、お会いするご縁をいただきました。これからもよろしくお願いいたします。
 
話している私自身が、親鸞聖人に人生を学んでいきたいと思います。

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2009年4月 9日 (木)

アレン・ネルソンさんをご存知ですか?

アレン・ネルソンさんは、元アメリカ海兵隊員で、ベトナム戦争を経験されました。戦地に赴き、生きるか死ぬかの現実を生き、帰還しました。
戦地ですから、ひと時も気を抜けません。食事のときも、用を足すときでさえも。殺るか殺られるかの世界です。そんな緊張感の中に身を置いていましたから、帰還してから、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しみます。
ある日、高校時代の友人と再会します。友人は小学校の先生をしていました。ネルソンさんがベトナム戦争から帰還したことを知っていたので、戦争体験を生徒に語って欲しいと頼みます。しかしネルソンさんは断ります。戦争のことは忘れたかったのです。
それでも友人は頼み続け、ついにネルソンさんは引き受けます。戦争一般の恐ろしさを語る程度のつもりでいました。

生徒たちの前で話し終え、質問の時間に一人の女の子が尋ねました。
「ネルソンさんは、人を殺したんですか?」
ネルソンさんは驚き、顔を伏せてしまいました。それでも、子どもに嘘をついてはいけないと、顔を上げて答えました。
「はい、私は人を殺しました」
子どもたちが驚き逃げ出す姿を想像していたネルソンさんに、質問した女の子は近づき、ハグしました。他の子どもたちも、ネルソンさんに駆け寄り抱きしめたのです。
この時の感動がネルソンさんを動かします。「戦争の真実を語りたい」と。

ネルソンさんは、必死でPTSDを治し、戦争体験を語る語り部として活動を始められます。大人は頭で考えようとするけれど、子どもたちは、体全体で戦争を掴もうとしてきます。ネルソンさんは、主に子どもたちに対して戦争体験を語ってきました。

アレン・ネルソンさんが、2009年3月25日(日本時間26日)、多発性骨髄腫で亡くなりました(61歳)。
ネルソンさんのことは、昨年、推進員養成講座でお世話になった佐野明弘先生からお聞きするまで知りませんでした。
隠したい事実・消し去りたい事実から逃れずに、真実を語ることを選んだネルソンさん。人を殺す罪を犯したけれど、その罪は、いったい誰が起こしたというのでしょう。誰が悪いというのでしょう。罪の意識を消そうとしたり、安易な運命論(私が悪いのではない。たまたまそういう運命だったんだと考えること)で気持ちを落ち着かせてはいけないのです。
佐野先生は、ネルソンさんと親交がありました。先生の法話からは、自身が持つ罪を見つめよという想いが伝わってきます。その想いは、ネルソンさんとの出遇いがあったからこそ湧いてきたのではないでしょうか。
「許されている」とはどういうことなのか。「許されて」それで終わりなのか。一人ひとりが、もっと考えて欲しいと思います。
ネルソンさん、実際にお会いできませんでしたが、あなたの想いを受け継いだ方から、人として生きるということを学んで生きたいと思います。
合掌
 
注)今日の文章は、寺報(2009年4月号)の裏面に記載した文章です。

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2009年4月 8日 (水)

七歩目

4月8日は、お釈迦さまの誕生日です。
お釈迦さまは今からおよそ2500年前、北インド・カピラ城のスッドーダナ王を父、王妃マーヤーを母として生まれました。
 
マーヤーはある夜、白い象が天より降りて右脇より体内に入る夢を見ました。仙人に尋ねると、インドでは象は神聖な生き物とされているため、まさに吉夢で、世継ぎ誕生の兆しと告げられました。
(「花まつり」に白い象が登場するのは、このお話に由来します)
 
マーヤーはまもなく懐妊しました。
マーヤーは、出産のための里帰りの途中、ルンビニ園という花園に立ち寄られ、休憩されました。マーヤーが、美しい無憂樹(アショーカ樹)の花に右手を伸ばされたとき、右脇からお釈迦さまは生まれました。
  
お釈迦さまは誕生してすぐに7歩あゆまれ、右手は天を、左手は地を指して言われました。
「天上天下唯我独尊」
天にも地にも、ただ我ひとりにして尊し・・・「私は、他の誰とも代わることのできないいのちをいただいて生きています」

その時、天竜が天から下って甘い露を潅(そそ)いだと言われています。
(「花まつり」のことを「灌仏会(かんぶつえ)」と言うのは、この説話に由来します)
   
生まれた子どもは、ゴータマ・シッダールタ(「すべての目的を達成する者」の意)と名づけられました。
   
生後一週間で母のマーヤーは亡くなり、その後は母の妹、マハープラジャパティーによって育てられました
  
 fullmoon fullmoon fullmoon
 
今日は西蓮寺聞法会でした。
たまたま4月8日が定例日にあたったので、お釈迦さまのお誕生に絡めてお話をさせていただきました。
上記の内容が、お釈迦さまのお誕生に関するエピソードです。
 
生まれてすぐにお釈迦さまが七歩 歩かれたことを中心に話をしました。
 
七歩 歩いたとは、六道(迷いの世界)を越えたことを意味する比喩です。 
 
六道とは(思いっきり簡単に書きますね)、
 地獄道…罪を償う世界
 餓鬼道…貪欲の世界
 畜生道…愚痴の世界
 修羅道…瞋恚の世界
 人間道…迷いの世界
 天人道…孤独の世界
 
という苦しみの世界を表わします。
六道を越えるというと、これら苦しみの世界を乗り越える、これら苦しみが無くなった世界を生きることを意味するようにも受け取られます。
しかし、果たしてそれでいいのでしょうか。
 
六道とは、苦しみの六つの世界があるというより、私たちの生きている世界には、これら六つの側面が入り混じっていると考えたいものです。しかも、これらの苦しみは、自分以外の誰かが作り出しているものではなく、私自身も、その構成者。
第七歩目、六道を越えるとは、私自身も苦しみを作り出す構成者であるという自覚のことではないかと思います。
  
そのようなお話をさせていただきました。
そういう想いが、今月のことばにも反映されています。あらためてお読みいただけましたら幸いです。

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2009年4月 7日 (火)

見えないところで頑張っています

今日、東京は快晴でした。暑いくらいでしたね。
午後、烏山寺町の散歩に出かけました。この時期、寺町の散歩をしていると、たくさんの桜にお目にかかれます。
贅沢なことです(残念ながら、西蓮寺には桜はありません)。
 

玄照寺さまの 枝垂れ桜です。
今年の「烏山寺町 花まつり」は、玄照寺さまが、稚児行列のスタートでした。
枝垂れ桜の前で、お稚児さんの格好をして、きれいな写真がたくさん撮れたようです。思い出になればいいなぁ。
 

次に、存明寺さまの桜を拝見させていただきました。立派な桜です。桜の時期は、ライトアップもしています。夜の桜も美しいです。
 

同じ存明寺さまの境内に、新緑のまぶしいモミジがありました。
薄いピンク色の桜と対比して、新緑の緑の美しい輝きが印象的でした。
周りに目をやると、いろいろな木々が芽吹き、花が咲いています。
そういえば、うちのツツジも咲き始めています。これから花となっていのち咲かそうとする姿に、感動すらおぼえます。
存明寺さまの池にはオタマジャクシも泳いでいました。
 
暖かくなって、いのちが活発に動き始めました。
でも、花が咲いていなくても、葉がついていなくても、植物は、活発に活動しています。これから花咲かせる、葉を輝かせるときのために、一生懸命生きています。
  
桜見物の散歩に出かけ、新緑の眩しさに心奪われ、思いがけず、そんなことを感じさせていただきました。
楽しいお散歩でした。

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