2019年4月 4日 (木)

ボヘミアン・ラプソディ

2019年4月1日 昼過ぎに寺報を入稿して、ホッと一息。一日の仕事を終え、ふと映画を観たくなる。ネットで確認すると、「これから見に行ける!」という上映時間があった!! QUEENを描いた「ボヘミアンラプソディ」・・・やっと、やっと観ることができる!! ワクワクしながら新宿へ。21:55からの上映回を観に行きました♪

学生時代に、QUEENをカラオケで歌いまくる先輩がいて、当時洋楽に興味がなかった私でも、QUEENが気になり始めました。(QUEENの演奏を聞いて、ではなく先輩の歌を聴いて、なんだ (^∀^) )

詳しくない私が語るのも野暮だけど、あぁ、QUEENいいなぁ♡と思いました。映画館で鑑賞できてよかった。

さて、4月の寺報にて、

「胸の傷」のいたみについて考えるとき、自分の胸の傷のことばかり考えていた。

けれど、私があなたにつけた傷もありました。その傷の方がはるかに多くて、はるかに深い。

と書きました。

映画鑑賞中「Love Of My Life」という曲が流れ、その歌詞(字幕)に

「私の愛する人 あなたは私を傷つけて去って行くんだね 僕から愛をとりあげないで」と書いてありました(注、まったくの私の記憶ですので、原文や本来の意味と違うかもしてれません)

その字幕を見ながら、

「愛をもらうって傷をもらうことなんだ。傷というと否定的イメージが強いけど、そうではなく、大切な人との出会いの象徴なんだ。自分の傷にばかり気持ちが行って、他者(愛する人)につけた傷に無自覚な私!って文章を書き上げたばっかだけど、あぁ、私は愛を分かってない男だなぁ。自分についている傷の背景を、奥底を、もっと感じてごらん!! 愛をもらってる私なんだよ!!」

なんて、映画を観ながら、「LOVE Of My Life」を聞きながら心の中で呟いていました。

時間つくって観に行ってよかった。終電で帰れてよかった。

2019年4月 1日 (月)

2019年4月のことば

2019年4月1日
4月になりました。ぽかぽか陽気で、桜もきれいですね・・・なんて日和を想像していたけれど、寒いです。お風邪を召しませんように。
3月末、膝をつき合わせて話をしておきたい人、事柄が多々あったので、京都へ行ってきました。
思いがけずたくさんの人と、いろいろな話ができました。
メールでも電話でもなく、直接会って話をすることって とても大切だ!!
阿弥陀堂と御影堂で、阿弥陀さま 親鸞さまの前に座ると涙が出るくらいホッとするものです。
行ってよかった。 南無阿弥陀仏(-人-)
おかげで4月の寺報がギリギリになってしまいましたが、なんとかできました(ホッ)
4月、新しい出あいを大切に。もちろん、今までの出あいも含めて。

〔2019年4月のことば〕

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今を生きることで

熱いこころ燃える

だから君はいくんだ

ほほえんで

そうだ うれしいんだ

生きるよろこび

たとえ胸の傷がいたんでも

      やなせたかし (「アンパンマンのマーチ」より)

不安は私のいのち

このような話を聞いたことがあります。ウナギを長距離運ぶとき、全く傷を付けずに丁寧に運ぼうとすると、ウナギは目的地に着く前に死んでしまうそうです。ところが首に傷を付けると目的地まで生きたまま届くそうです。ウナギはキズの痛みに耐え、一生懸命生きようとするのでしょうか。

という文章を、かつて寺報で書いたことを思い出しました。

第7号 1999年3月発行の寺報です。もう20年も前の話になります。文章が未熟です(今もですが)。「ウナギの首ってどこだろう?」などと思いながら、古い寺報を読み返しました。

ちなみに、第7号の掲示板のことばは、

 不安は私のいのち

 苦悩は私の生きがい

 不安や苦悩のない人生はない

 不安や悩みとれたら

 生きがいもない

です。

不安や苦悩なんて無いほうがいいですよね。なにか不安や悩みがあるとき 私たちはその原因を自分の外に考えてしまいます。「あいつさえいなければ」「今の社会状況は最悪だ」等々。それでは仮に自分が考えた不安や悩みの原因が全部無くなったとして、そこに不安や苦悩の無い世界が開けるでしょうか。 おそらく新たな不安や苦悩が訪れるのではないでしょうか。

という文章もまた、当時書いたものです。

不安や苦悩にこころ覆われたとき、「あのとき、あんなことしなければ」と悔いたり、「あのとき、別の行動をとっていれば」と歎いたりしてしまいます。過去に戻れないのは分かっていることなのに。仮に、過去に戻ってやり直せたとしても、私はまた同じようなことを繰り返すことでしょう。

不安や苦悩のない人生はありません。それに、不安や苦悩があるからこそ夢や希望を抱けるのかもしれません。悲喜のすべてがあっての私です。

こころに刻む

「胸の傷」というと痛々しく聞こえる。 けれど、「こころに刻む」や「脳裏に焼き付ける」など、より痛みを伴う表現がある。意味としては「忘れない」「覚えておく」ということだけれど、「この出来事を忘れない」「目の前の光景を覚えておく」という表現では言い尽くせない経験が、「こころに刻む」「脳裏に焼き付ける」と表現させるのだろう。絶対に忘れない、忘れてはならないという覚悟と共に。

「こころに刻む」や「脳裏に焼き付ける」と表現するのは、嬉しい出来事よりも悲しい出来事の方が多いのではないだろうか。

「悲しい出来事はなかったことにしたい」「悲しい気持ちが早く薄らいでほしい」。そのようなセリフを耳にするけれど、絶対に忘れてはいけないことだという気持ちがはたらくのは、悲しい出来事。

いのちが生きよう生きようとするのは、傷がつかないように丁寧に守られた環境ではなく、こころに刻まれるような何かに出あったときなんだ。

あなたを傷つけた私

「胸の傷」のいたみについて考えるとき、自分の胸の傷のことばかり考えていた。

けれど、私があなたにつけた傷もありました。その傷の方がはるかに多くて、はるかに深い。

自分の胸の傷のいたみは感じることができる。傷と共に刻み込まれている悲しい出来事も思い返すことができる。それなのに、私があなたにつけた傷は、傷をつけたことすら分かっていない。ましてや、あなたが感じているいたみなど知る由もない。

「今を生きる」とは、傷と共に生きること。つけられた傷もあれば、あなたにつけた傷もある。自分の胸の傷のいたみだけを感じるのではなく、あなたを傷つけた私ですといういたみを、忘れてはならない。

受け継がれる意志

あなたを傷つけた私。そのことを想うとき、マンガ「ワンピース」の、あるシーンを思い出す(単行本16巻)。

雪の降りしきるドラム王国。国王ワポルは、国民を支配することで国政を担っていた。国内の医者を国の管理下に置き(「イッシー20」)、病気を患った国民は、 ワポルに頭を下げて治療を受けなければならなかった。その国政に抗い、ドクター ヒルルクは、患者の家を訪ねては無償で診察をしていた(しかし、ヤブ医者ゆえ国民からは迷惑がられている)。

ヒルルクの態度に業を煮やしたワポルは、ヒルルクを捕まえて処刑するため、「イッシー20」全員が病に倒れたとデマを流す。

「イッシー20」を治療するため、自身のいのちを顧みず、城に乗り込むヒルルク。

城で待ち受けていたのは、国王ワポルと守備隊、そして健康な「イッシー20」。

自分を捕まえるための罠だったと知ったヒルルクはつぶやいた。

「よかった・・・病人はいねェのか・・・」と。

「ズキッ!!」 ヒルルクのつぶやきを耳にし、胸にいたみをおぼえる守備隊隊長ドルトン。彼は、ワポルの国政に疑問を感じながらも、逆らえずにいた。

捕まって処刑される前に、自ら世を去ったドクター ヒルルク。その姿を脳裏に焼き付けたドルトンは、国王ワポルに立ち向かう・・・

〔掲示板の人形〕

今月は、やなせたかしさんのことばを掲示させていただいたので、アンパンマンとSLマンの人形を掲示しています。

京都で買ってきました(^▽^)

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2019年3月 1日 (金)

2019年3月のことば

3月になりました。年が明けたと思ったら、もう3月だ!なんて言っている方もいるのではないでしょうか。
年末年始などということに関係なく、時は移ろい、いのちも歩みを進めています。日々過ぎ行く時間を、日々あるいのちを大切にしたいものです。
などと想いながらも、あっという間に時が過ぎ行く感覚はなんでしょう? 2月は28日までだったものだから、なおさら早く感じます。寺報等々の締め切りを、普段の月の感覚でいたら、28日までだったことに気付き(分かってはいるんですけどね)、必死で仕上げました。
3月は年度末。春のお彼岸もあります。また、あっという間に過ぎてゆくのでしょう。春の訪れ、花の開花を楽しむ余裕を持って過ごしたいと思います。

   

2019年3月のことば
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 人はいさ 心も知らず
  ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける
                       紀貫之

再会
何年ぶりだろう、この里に足を運ぶのは。昔はよく遊びに来ていた。この風景も、空気も、雰囲気も変わってない。懐かしい。
久しぶりに訪れた里で、常宿にしていた宿へ向かう。
あった! 宿の雰囲気も昔と変わらない。仕事も忙しくなり、この里からもしだいに足が遠のいていった。それから今日に至るまで、仕事のことや人間関係のこと、いろいろなことがあった。けれど、宿が目に入った瞬間、言葉で言い表わせないほどホッとした気持ちになった。
私の姿を見つけて、宿の奥から誰かが出てくる。
「え? あ! お久しぶりです。お元気でいらっしゃいましたか?」
宿屋の主人だ。馴染みの声、懐かしい口調。昔と同じだ(笑)
「お久しぶりです」
堅苦しい挨拶もそこそこに宿に通され、会話に花が咲く。昨日「さようなら」を言って別れ、今日また会ったかのように、長い空白期間が、相手の息遣いの中に打ち消されてゆく。
久しぶりに会った緊張感もやわらぎ、宿屋の主人が少しいじわるく言った。
「ずいぶん立派になられましたね。仕事ぶりは、風の噂で知っていました。仕事も私事もうまくいって、この里のことも、この宿のことも、すっかり忘れてしまわれたことでしょう」
そのセリフにふと現実に還る。私に、ではなく、肩書きを持つ私にチヤホヤする者ばかりの人間関係に疲れ果て、気がつけばこの里に足が向いていた。ホッとした気持ちになっていたけれど、現実の波はこの里にも訪れていた…。
そんなとき、梅の芳しい匂いが漂ってきた。目に留った梅の枝を一本折り、私は告げた。

人はいさ 心も知らず
ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける

(「人の気持ちは、変わりやすいものです。あなたも、私を懐かしんでくれてはいるけれど、明日になれば、また気持ちも変わるのではないですか? けれど、ここの梅の花の香りは、昔とちっとも変わらない。かつて嗅いだ香りと同じだ。変わらないものが、この世にあるなんて」)

宿屋の主人が嘆息している。しばらくの沈黙の後、主人はつぶやいた。

花だにも おなじ心に 咲くものを
植ゑけむ人の 心しらなむ

(「梅の花でさえ、昔と同じ心のままに咲くというのに、梅の木を植えた私の気持ちも知っていて欲しいものです(たとえあなたが変わろうとも、あなたを想う気持ちに、変わりはありません)」

そのつぶやきを耳にし、私の還る場所が見つかったような気がした。

居場所(ここに居ていいんだ)
『古今和歌集』の選者、『土佐日記』の作者として知られる歌人 紀貫之。
紀貫之は、奈良県の長谷寺参りのため、毎年のようにこの里を訪れ、その度に泊まる宿がありました。しばらく訪れる機会もなく、数年ぶりの長谷寺参りでこの宿を訪ねたときの、紀貫之と宿屋の主人とのやりとりの中で詠まれたのが、今月のことばです。
顔と名前を覚えてもらっている。そこには、私の存在を認めてもらっている安心感があります。名前を呼んでもらえることの嬉しさ。ましてや、数年ぶりに会った相手が私のことを覚えてくれている。生きることに疲れたなかにも、私の「居場所」は、確かにあります。

変わるもの・変わらぬもの
人の気持ちは変わるもの。今日の想いと明日の想いは違う。環境や立場が変われば、想いも変わる。話す相手によって変えていることもあるだろう。
「梅」は、変わらぬものの象徴。「人」は、変わるものの象徴。変わらぬものであっても、変わるものであっても、それぞれ見た者の記憶に留まる。
変わらぬものとして、私の瞼に焼き付けられているもの。美しく芳しい花、夜空に光り輝く月、先往くあなたの姿。
変わるものとして、私の心に刻まれているもの。紀貫之も宿屋の主人も、ふたりの距離が開く(変わる)ことは分かっていた。けれど、だからこそ相手のことが心に刻まれ、忘れ得ない人となっていたのだろう。 つらく悲しい経験が、いつまでも思い起こされるのは、心の修復を試みているから。つらさ悲しさを抱えながらも私は生きている。生きよう生きようとする「こころとからだ」が、傷ついたところを治そう治そうとしている。つまり、私の中で変わろうとしている。だからこそ、いつまでも心の片隅に、忘れられないこととしてある。

阿弥陀さま
最近殊に耳にする事柄。パワハラ・セクハラ・バイトテロ・カスタマーハラスメント・煽り運転・虐待・DV…
ひとつひとつの報道を耳にし、「ひどい奴だ」「いつまでこんなことが続くんだ」と、悲しい気持ちになるけれど、これらの事柄の奥には、承認欲求が満たされないことによって生じる不安感や虚無感が溢れている。
「私はこんなに頑張っているのに、どうして報われないんだ」「あいつより俺の方が優れているのに、どうしてあいつの方が評価されるんだ」
世間から認めてもらえない自分を受け容れることもできず、見つめ直すこともできず、他者を貶めることによって自分の存在意義を高めようとする。そんな意識が他者を傷つけたり、馬鹿にしたりする態度として表出している。
けれど、そのような不安感や虚無感に襲われているのは、実際に他者を傷つけてしまった一部の人たちだけの話ではない。みんな淋しい。
認められている。想われている。名前を呼ばれている。「南無阿弥陀仏」と念仏申すことは、そこに私の居場所があるということ。
梅が、何年も変わらずに私のことを待ち続けてくれているように、阿弥陀さまも、私とともにある。
合わさる手に、南無阿弥陀仏

   

2019年2月13日 (水)

人間には、いのちには、本来肩書きなんてない

池江璃花子さん あなたは あなたでしかない かけがえのない いのちを生きています。

水泳の第一人者とか 東京オリンピックの代表選手とか 金メダル候補とか そんな肩書きは本来いのちには付いていないものです。
また第一線でとか オリンピック目指してとか メダルを取れるようにとか それは本人の中でのモチベーションとしては大切だけど、他の人が言うことではない。そういう肩書きとか 目標が付かなくても、池江璃花子さんは池江璃花子さんです。

池江璃花子さんの笑顔から多くの力をもらっていました。 
快復を念じています。

人は、肩書きや功績がある他者(ひと)でないと愛せないのだろうか。「頑張って」と励ませないのだろうか。いや、そんなことはない。池江璃花子さんのことをこんなにも多くの人が心配している。それは、誰に向かっても心配する心の根っこがあるということ。
池江璃花子さんは、自分と同じ病気と向き合っている(「闘っている」は違うかな、と思いました)人たちのことも知って欲しくて、自分の病気を告白し、治療に入られました。彼女を応援するならば、彼女と同じ病気の方々、もっと視野を広げるならば、さまざまな困難を抱えながら生きている方々のことにも、想いを馳せることができるはず。そのことが、彼女が病気を告白したことに対する応え(応援すること)につながります。

人は、
一人ひとりのいのちを生きているのだけれど、
みんなつながっている。
だからこそ
喜びも伝わり、 悲しみも感じられる。

2019年2月 1日 (金)

2019年2月のことば

1月末、娘たちが時期をずらして風邪をひきました。次女が先で、普通の風邪。熱が40度近く出たので、「インフルエンザだね」と妻と言いながら小児科に行ったら、インフル反応出ませんでした。1週間ほど寝てましたが、鼻水ズルズルの風邪でした。次女が治りかけた頃、長女が発熱。でも、熱が出たといっても37度ちょっと。「長女もただの風邪だね」なんて言いながら小児科に行ったら、「インフル出たよ!!」ってお医者さん。あらあら、長女も安静。結局、トータル10日近く子どもたちの看病と、自分たちは うつらないように気を張ってました。1月末にキャンセルできない仕事があったので、頑張りました 長女も快復。まだ油断はできませんが、ひとつ(ふたつか)の山は越えました。皆様もお気を付けください

   

2019年2月のことば

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腹立たば 鏡を出して 顔を見よ
 鬼の顔が ただで見られる

凡夫というは
今月のことばに出会い、親鸞聖人のことばを思い出しました。

「凡夫」は、すなわち、われらなり。 (中略)
凡夫というは、無明煩悩われらがみにみちみちて、欲もおおく、いかり、はらだち、そねみ、ねたむこころおおく、 ひまなくして臨終の一念にいたるまでとどまらず、きえず、たえずと
(『一念多念文意』 真宗聖典544・545頁)

(試訳)
凡夫というものは、煩悩が我が身に満ち満ちています。欲も多くて、怒り、腹立ち、そねみ、ねたみ、それらのこころを多く持っています。しかも、それらのこころが時折顔をのぞかせるのではなく、一瞬の間もなく、臨終のそのときまで止まることがありません、消えることがありません、絶えることがありません。そんな凡夫とは、私のことですと(親鸞聖人は告白されました)

私の中の鬼性
「鬼はそと、福はうち」
「この方角は鬼門だ」
「鬼の目にも涙」
「鬼籍に入る」
「鬼」は、災いの代名詞として表現されています。ということは、「鬼」の正体を、自分以外のものに見るのではないでしょうか。「自分の中に鬼がいる!」「自分自身が鬼だった!」なんて、誰も思いもしないことでしょう。
親鸞聖人のことばを思い出したのは、自分の中にある怒り、腹立ち、そねみ、ねたみのこころ、つまり、自分の中にある鬼性を見ておられるから。
「私ってどういう人間だろう?」と、自分自身を見つめるとき、少しでも自分の良いところを数え上げたくなるものです。自分の欠点を挙げて反省できる人もいるかもしれませんが、臨終の一念にいたるまで私の煩悩がやむことはありませんとまで言い切れるでしょうか。
親鸞聖人は、どうしてそこまで言い切れたのでしょう。それは、阿弥陀如来に支えられているという想いがあるからです。支えられている想いがないと、何も頼るものがなく、寄る辺なくフラフラしたままの状態になります。
「支えられている」と書きました。誰もが既に支えられています。阿弥陀如来を信じた者のみ、支えの手が差し伸べられるのではありません。既に支えられている私です。支えられている想いがある人は、阿弥陀如来がいるという想いの中で迷うことができます。阿弥陀如来に支えられている想いがないと、既に私を支えているものがあることに気付いていないのですから、何も頼るものがない中で迷うことになります。
阿弥陀如来に支えられている想いがあるかないかで、迷い・悩み・苦しみを抱えながら生きていることに変わりはないけれど、物事の見え方や生きざまは変わります。阿弥陀如来に支えられていることを教えられるのが聞法です。どうか仏法聴聞の人生を歩んでください。
阿弥陀如来は、煩悩に覆われ、迷い・悩み・苦しみに沈む私を憐れみ、助けずにはおれないと誓願を建てられました。
煩悩の海に溺れる私を助けたいと願われた阿弥陀如来。その阿弥陀如来を信じるということは、煩悩の海に溺れている自分自身を知るということです。仏法聴聞して阿弥陀の誓願に触れるということは、自己を知ることに通じます。だから、親鸞聖人は自分の中の煩悩性(鬼性)を表現せずにはおれなかったのです。

経は鏡なり
善導大師に、「経教(きょう)はこれを喩(たと)うるに、鏡のごとし」ということばがあります。「お経(お釈迦さまの教え)は、喩えるならば、私を映し出す鏡です」と。
お経は、悩み苦しみを取り除いて くれる有り難いことばではありません。あるがままを説いた当たり前のことばです。けれど、あるがままを受け容れることはなかなか難しいものです。
日常、鏡を見るとき、自分の良い面しか見ません。あるいは、良く見えるように体裁を整えます。鏡に映る自分の姿といっても、自分のお気に入りの所だけ見ていては、私の本当の姿を見ることはできません。
お経のことばに触れる、仏法聴聞するとは、私の本当の姿を映し出してもらうことです。耳障りの良いことばを聞くためでも、自分を正当化するためでもありません。あるがまま、そうなるようにしてなった、つまり、縁をいただいて成った私であることを聞くのです。
そしてもうひとつ。鏡は、光を集めて反射することによって、ものが映ります。同様に、鏡に喩えられる経を通して、阿弥陀如来の光明に照らされている私の姿が見えてきます。
煩悩は、自分で意識しているときだけ現われ出るのではありません。自分で意識していないときも常に煩悩は表出しています。臨終の一念まで煩悩のこころがなくなることがないという親鸞聖人の告白は、いつまでも阿弥陀如来の光明に照らされてある私ですという告白です。
腹が立ち、鬼の形相になったとき、本当は自分が一番つらいはずです。怒りのこころを持ち合わせる自分であるという気付きは、自分で自分に噛みつくような痛みを伴うものですから。とはいえ、怒りのこころを臨終の一念まで持ち合わせるのが私です。阿弥陀如来の支えと共に、私はあります。

   

掲示板の人形
今月は「鬼」が出てくることばだったので、「なまはげ」のお面を飾りました。
といっても、「なまはげ」は「鬼」ではないんですよね。災いを取り除いてくれる、神の使いです。
いつの頃からか、「鬼」と思われるようになりました。
でも、「鬼」だって災いの元ではありません。秀でた才能・能力を持つ者を「鬼」と表現しました。
強いお相撲さんのことを「鬼のように強い」とか、綺麗な人を「鬼のようにかわいい」とか言ったりします。
つまり、「鬼」を災いの代名詞のように言うのは、ひがみややっかみからなのかもしれません。
まさに私の中の「鬼性」です。
ひがみ・やっかみのこころは、臨終の一念まで消えません

妻は、秋田県男鹿の生まれです。「なまはげ」のお面は、かつて弟が送ってくれました。
毎月かわいい人形を楽しみにしている人には、衝撃的でしょうか
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2019年1月30日 (水)

窮屈な世の中です

昨年9月、福井県の僧侶が僧衣を着て車を運転していたところ、「運転に支障を及ぼすから」と、警察官から反則切符を切られました。
初めての事柄だったと思いますが、その僧侶は違和感を抱き、その方の宗派も抗議を行ないました。その後、全国の僧侶から、僧衣は運転に支障は無い!と、縄跳びやジャグリング等々、動きに支障はありませんよ^^という動画が投稿されました。
恐らく、何のお詫びも無く、反則切符を取り下げるだろうなぁと思っていたら、そのようになりました。2019年1月26日、福井県警は、「違反事実が確認できなかった」として僧侶を検察庁に送致しない方針を明らかにしました。
服装や履き物の規定が周知されていない問題点を指摘する人もいますが、一応規定がある以上、「問題あり」と切符を切られ、「規定が明文化されて、公表もされている」と言われてしまえば、それまでです。今回は、予想以上の反響があり、引き下がったことでしょう。
また、「僧衣でもこんなに動けるよ」アピールも、個人的にはよく分かりますが、今回の問題点は、僧衣でも動けるか否かではないんじゃないかなぁと思っていました。
警察官には反則取り締まりのノルマがあり、そのノルマ達成のために、従来見逃していたところに踏み込んだのではないかなぁと思っています。ノルマに届かない焦りもあったかもしれませんし、警察官の腹の居所が悪いときに捕まるということもあるのではないでしょうか。
そのノルマ制続く限り、あるいは、解釈しだいでどのようにも受け取れる規定がある限り、同じようなことはまた起こるかもしれません。
影に隠れていて見つけた反則に対して切符を切るよりも、普段からあちらこちらに姿を表わしていた方が、反則は減る、危険な運転をする人は減るのではないかなぁと思います。

今日の法務、僧衣を身に着けながら、靴を履いて運転していました。「着物に靴、坂本龍馬みたい^^」なんて思いながら。足袋はいて靴をはくと、けっこう窮屈なんです。ワンサイズ大きい靴を買わなければいけないかな(足袋はいているとき用の靴も売ってるんですけどね)。

2019年1月28日 (月)

まだ道の途中

嵐の休止会見において、「無責任では?云々」質問した内容を聞いていて、腹が立ったけれど、ネット上でも多くの人がその質問内容・記者に腹を立てているので、少しホッとしている。
無責任もなにも、40前の人間が、自分たちの進む道を語りあい、決断したのだから、それを尊重するのが、こちら側の責任だと思います(というようなことを、SMAP解散のときも書いた気がする)。

その、「無責任では?」というような問い(嵐の会見の一件に限らず)が出る背景には、自分の中で受け入れられないこと・突然すぎて飲み込めないことに対する疑問・怒り・焦りのようなものが表出しているのだと感じる。
従来は、身近な者の中での会話によって疑問・怒り・焦りの解消を図ったり、共有したりしていたと思うのだけど、最近は、対象に疑問・怒り・焦り等々をモロぶつける人が増えてきた気がする。
件の質問をした記者は、「無責任と思われたとしたら? そのことによってリーダーの大野さんが悪役になってしまう恐れがないか?」と、自分が発した問いというよりも、そう思う人がいたらどうするか?という体で質問をしていたように聞こえたけれど・・・本当のところは、どちらに軸足を置いているのか分からない。もしかしたら、自分自身の疑問・怒り・焦りを、「世間の人々が」に置き換えたのかもしれない・・・「私はこう思う。そのことについて、お聞かせください」が、質問をするときの丁寧なスタンスかなぁと思う。

それにしても、件の質問に対する桜井さんの対応・回答が素晴らしかった。大人だなぁと思いました。そんな大人な嵐さんたちが、時間をかけて話し合ってきたことなのだから、真っ正面から受け止めてあげたい。

それから、
玉鷲関、大相撲初場所(2019年)優勝おめでとうございます
今場所は多くの力士が怪我をして車椅子で運ばれたり、休場したりするなかで、1151回連続出場は現役最多。2004年初場所の初土俵から1日も休まず、1151回連続出場とのこと。何よりもその記録に驚きました。
おめでとうございます。

2019年1月25日 (金)

言葉になっていないコトバ

「言葉で迷い 言葉で傷つき
同時に言葉で目覚める」

言葉は、
ときに人を傷つけ、
ときに人を助ける

助けるつもりの言葉が傷つけてしまうこともある

何気ない言葉に救われることもある

言葉に迷うのは、
言葉の奥にある、言葉になっていないコトバに気づけないでいるからかもしれない。

コトバに気づけず迷い、
コトバを感じられず傷つき、
コトバに触れて目覚める

2019年1月22日 (火)

鳥は飛ばねばならぬ

2018年大晦日、坂村真民さんの詩と再会し、イレギュラーに貼り替えている第2掲示板の言葉にしました。
新しい年を迎えるにあたり、相応しい詩に出遇えました。
鳥は飛ばねばならぬ
人は生きねばならぬ
     南無阿弥陀仏
(書いた字の列が曲がっている 私の姿勢もこころも歪んでいる証です

『鳥は飛ばねばならぬ』 坂村真民

 鳥は飛ばねばならぬ
 人は生きねばならぬ

 怒涛の海を
 飛びゆく鳥のように
 混沌の世を
 生きねばならぬ

 鳥は本能的に
 暗黒を突破すれば
 光明の島に着くことを知っている
 そのように人も
 一寸先は闇ではなく
 光であることを知らねばならぬ

 新しい年を迎えた日の朝
 わたしに与えられた命題
 
 鳥は飛ばねばならぬ
 人は生きねばならぬ

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2019年1月21日 (月)

おばあちゃん、ありがとうございます

2019年1月20日(日)
昨秋 得度(出家)を受式した長女、初めて法事に出仕。

私が幼い頃からお世話になっているおばあちゃん。
私が京都から寺へ戻ってきたときも喜んでくれたおばあちゃん。
そのおばあちゃんの、旦那様と息子さんのご法事。
「お寺へ来られるのは、もうこれが最後だから」って、しんどい想いをしてまでもお寺に来てくださいました。
(東京では、お寺にてご法事をお勤めします)

控室にて、長女と次女もおばあちゃんにご挨拶
長女、昨秋の得度の報告をしたら、とても喜んでくださいました。
次女は、そのおばあちゃんと同じ字が名前に入っているので、次女が誕生し名前を聞いたときから、とてもかわいがってくれました。

ご法事の準備中、長女に「一緒にお勤めする?」と尋ねると、「うん」と即答。
得度して、報恩講に出仕はしましたが、ご法事は初めて。まだ先のことと思っていましたが、思いがけず一緒にお勤めするご縁をいただきました。

「所作も勤行もまだまだですが、娘も一緒にお勤めさせていただきます」とお断りして、ご法事。
娘には、「分からなくなったら、黙っていていいからね」と言って私の隣に座らせました。

(‐人‐)なむあみだぶつ なむあみだぶつ

緊張するかな?と思っていましたが、伽陀も阿弥陀経も和讃も、すべてちゃんと声を出してお勤めしてくれました。
う~ん、お声明(お経)の先生(私)がいいんだねと思いました

おばあちゃんも、うれしそうでした。
そのお孫さんも、「同じ女性として、誇らしく、頼もしく感じました」と、9歳の娘に向かって気持ちをお伝えくださいました。
大切なご縁をいただき、御礼申し上げます。
おばあちゃん、また会いましょうね

夜、ふと思いました。
住職にとっても、私(息子)と孫と一緒にお勤めして、3代で一緒にお勤めできて嬉しかったんじゃないかなぁって。
そういえば、私が10歳で得度してから数年、永代経と報恩講は、先々代・先代・現住職・私の4代でお勤めをしていました。そんなときのことも思い出しました。

お寺の危機云々を無駄に騒ぐ僧侶がいるけれど、すべきことをきちんとお勤めすることが何よりも大事なことだなぁと、あらためて思いました。

南無阿弥陀仏

2019年1月20日 (日)

「すみません」とは、未決済であるということ

最首 悟(さいしゅ さとる)さん

私は長年、水俣病の調査をするうちに、九州の人たちにたくさんのことを教わりました。そのひとつは、「すみません」という言葉の意味です。これは水俣で教わったことですが、「すみません」というのは、「未決済」であるということなんですね。つまり、やってしまったことの責任を一度に全部取ることはできない、まだ果たしていない責任をずっと背負っていくという覚悟をあらわした言葉です。
だから、例えば公害をまき散らした企業の社長が「もう補償は終わった」なんて言うと、ものすごい反発を食らうでしょう。加害者の方から「終わった」などと言ってはいけないのです。
「すみません」と言うのは、責任の放棄では決してないのです。そのこととずっと向き合って生きていくということなんですね。

(真宗大谷派発行 『同朋』 2018年12月号 対談 最首悟さん・宗由美子さんより 

2019年1月19日 (土)

あれから12年

西蓮寺掲示板の人形
1月は毎年、十二支のお手玉人形を並べています。
その他に、今年は亥年なので、おそらく雄と雌のイノシシが着物を着て座っている人形も飾っています。

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この人形、実は12年前の亥年(2007年)に飾った人形です。
年月が一回りしたということなのですね。
その前年(2006年)の暮れに、1月に掲示板に飾る人形を買いに、巣鴨へ行ったことを覚えています。
あぁ、もう12年経つのですね。
自分は亥年生まれなので、余計にこころに残るのでしょうね。

先日(1月16日)西蓮寺聞法会新年会を開催しました。
家族も含めて20人の参加。そのうち6人が亥年でした!! 亥年率高っ!!
ぶつかり合わないように、仲良く行きましょう(生きましょう)!!

2019年1月18日 (金)

思考停止に陥る前に

米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市 辺野古 移設の賛否を問う県民投票(2月24日)の実施を宜野湾など5市が拒否していることに抗議し、「『辺野古』県民投票の会」の元山仁士郎代表(27)が、沖縄県民投票の投票事務を拒否している5市の首長に県民投票への参加を求めるハンガーストライキを宜野湾市役所前でされています。1月17日で3日目を迎えました。元山さんは水しか口にされていません。
「「『辺野古』県民投票の会」は昨年5月からの2カ月間で約9万人分の署名を集め、県に県民投票条例の制定を求めました。条例は昨年10月に県議会で成立しましたが、宜野湾・沖縄・うるま・宮古島・石垣の5市の市長が、実施に必要な予算案が市議会で否決されたことを理由に「実施しない」と表明しています。
元山さんは、「県民みんなで県民投票をやりたいという思いが強い。できるかぎり続けたい」と語られています。

県民投票を実施しない市の市長は、県民投票が辺野古移設の賛否、つまり「二者択一」の投票に問題があると理由を説明します。
確かに、人間の思いは複雑で、単なる賛成・反対だけでなく、賛成だけど反対、反対だけど賛成という揺れる想いの人もいることでしょう。人の数だけ想いがあります。また、二者択一の、地域の住民投票・県民投票・国民投票などは、そこに生きる人たちの分断を生みかねません。そこをうまく利用して、政治やお金の力で分断を生み、原発を立地してきたことは、この国の歴史が物語っています。
けれど、「二者択一に問題あり」といいながら、「これ(辺野古移設)しか方法がない」と、選択肢も何も用意せずに県民に押し付けているのが辺野古への移設問題ではないでしょうか。
「二者択一どころか、ひとつを押し付ける姿勢に問題がある。県民の皆さん、国に訴えるからもうしばらく時間をください。ハンガーストライキはやめて、健康に留意してください」と、市長さんは言えないものでしょうか。見ている方向の違いで、言葉も違ってきます。

そういえば、兼高かおるさんが、「“これしかない”という発想は思考停止を生む」と仰っていたことを思い出しました。

2019年1月17日 (木)

24年

2019年1月17日 阪神淡路大震災(1995年)から24年。
当時、神戸ではなく京都に住んでいたけれど、それでも大きな揺れを感じた。午前5時46分、大きな揺れで目を覚まし、しばらくボーッとしてからテレビをつける。
あの高速道路が倒れた映像が流れていた。
24年・・・年月の流れを想う

2019年1月16日 (水)

本筋以外での気苦労が多すぎる

2019年1月16日(水)
朝、テレビを見ていたらニュース速報のテロップが表われる。
「あ、決断されたかな」
速報の内容が表示される前に、内容は予想できた。
大相撲 横綱 稀勢の里関 引退・・・決断されたのですね。横綱として、その勝ち負け以外の重圧に苦しまれていたのではないかとお察し致します。お疲れさまでした。ありがとうございます。

ニュース速報のテロップでも、その後のニュース(を読む内容)でも、「横綱の稀勢の里が引退を表明。これで、19年ぶりに誕生した日本出身横綱は、2年でいなくなることになります」といった内容で報道される。
「横綱 稀勢の里関引退」だけでいい内容なのに。
「日本出身」の文言についての疑問は、以前も書きました。
大相撲のみならず、他のスポーツ界も、芸能界も、芸術の世界も、経済界も、日常の生活においても国際化・グローバル化が進み、海外から日本に来られ、日本で活躍している方々が多くいます。その中で、横綱 稀勢の里が誕生するまで、多くの人が「日本人の横綱が誕生して欲しいですね」と語る。
以前はマスコミも「日本人力士の優勝を」「日本人の横綱誕生を望む」と表現していたと記憶しています。
2012年の5月場所で旭天鵬関が優勝しました。旭天鵬関はモンゴルの出身です。しかし、旭天鵬関は2004年1月に日本国籍の取得を申請し、同年6月22日に日本国籍を取得して日本に帰化されました。つまり、日本人力士なのです。けれど、「待望の日本人力士の優勝!!」などと騒がれず、以降も「日本出身力士の優勝が待ち遠しいですね」とか「日本出身力士が横綱に昇進して欲しいですね」などと語られ始めました。
そんな歪んだ自国愛が、稀勢の里関を横綱に押し上げたのではないでしょうか。横綱昇進前の場所では、優勝を果たしましたが、その前の場所は12勝3敗。立派な成績ですが、「2場所連続優勝かそれに準ずる成績」が横綱昇進の目安なのに、「ちょっと甘いんじゃないか?」という声も、稀勢の里関が横綱になる際、多々挙がっていました。ご記憶でしょうか? 稀勢の里関の横綱昇進にケチをつけているわけではありません。そこに至るまでのコンスタントな成績を見れば、納得もできることです。ただ、他の力士、海外出身の力士が同じ成績を納めていたとして、横綱に昇進していたでしょうか。もう1場所様子を見よう、ということになっていたのではないかと思うのです。つまり、「日本出身力士」を望む声に応えて誕生させたのが横綱稀勢の里関だったのです。
相撲が大好きだった稀勢の里関が、土俵外の、自分の努力でどうこうするところでない力によって、引退までの時間が縮められてしまった気がして気の毒です。

稀勢の里関、ありがとうございます

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