2018年11月 7日 (水)

ぼくが他人に与えた苦しみ

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ひとつだって無駄にしちゃぁいけないんですよと、
ぼくらは子供のころ、
くりかえして言われたものだ。
それはパンとか蠟燭のことだった。
今、ぼくらが無駄にしてはいけないのは、
ぼくが味わった苦しみ、
ぼくが他人に与えた苦しみだった。
フランソワ・モーリヤック 『ありし日の青年』より)

フランソワ・モーリヤックの文章を教えていただいたのは、遠藤周作さん(の本)から。

この言葉を読んだ時、思わず「これだな」と思った。私の会得したものがそのままここに書かれていると知ったからである。 ひとつだって無駄にしちゃいけない---と言うよりは、我々の人生のどんな嫌な出来事や思い出すらも、ひとつとして無駄なものなどありはしない。無駄だったと思えるのは、我々の勝手な判断なのであって、もし神というものがあるならば、神はその無駄とみえるものに、実は我々の人生のために役に立つ何かをかくしているのであり、それは無駄どころか、貴重なものを秘めているような気がする。これを知ったために、私は「かなり、うまく、生きた」と思えるようになった。 (遠藤周作 『生き上手 死に上手』より)

遠藤周作さんの本を読んだとき、思わず「これだな」と、私は想った。

2018年11月 6日 (火)

西蓮寺報恩講2018

2018年11月5日(月) 西蓮寺報恩講厳修
曇ったり、雨が降ったり、時折晴れ間がのぞいたり・・・。不安定な天候の中、報恩講に参拝くださいまして、ありがとうございます。
10月7日に長女が得度したため、そのご報告もさせていただきました。
長女、報恩講にて初出仕。
40分ほどの読経を勤め、「足しびれてないかな。立って歩けるかな」などと心配していましたが、スッと立って所定の位置で御俗姓を拝聴していました。あれ、すごいな!と感心してしまいました。
法友が増え、頼もしく、嬉しく思いました。有り難い報恩講でした。南無阿弥陀仏

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11月6日(火)
ここ一ヵ月調子が悪く、時折微熱も続いていた。咳も止まらない。
世田谷区の特定検診をまだ受けていなかったので、10月末に受診。6日、報恩講の片付けを終えてから、検診の結果を聞きに病院へ。
以前 肝臓を患ったことがあるので、また再発してるんじゃないかなと思っていました。
診察室へ入り、お医者さんの前へ座ると、「うん、どっこも悪くないね。血液もすべて基準値内、すばらしい! 大腸も肺も異常なし!! よかったですね」と、すっごく明るく言われました。
ホッとした反面、この調子の悪さはなんなんだ?とも。
まぁ、毎年この同じ時期にひいてる風邪なのだと思う。季節の変わり目、皆様もお気を付けてgood

2018年11月 1日 (木)

2018年11月のことば

2018年も11月に入りました。報恩講月間です。西蓮寺報恩講は11月5日。お仲間のお寺への出仕も数ヵ寺あります。報恩講の法話も3ヵ寺でさせていただきます。貴重なご縁をありがとうございます。
毎年家族でご本山の報恩講にお参りしていますが、今年は10月に長女の得度でお参りしたので、報恩講の参詣はなし。
季節の変わり目、風邪をひかないように注意しているのですが、今年も10月から風邪をひいてしまいました。これで3年連続。なんでだろう? 皆様もお気を付けてpaper

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2018年11月 掲示板のことば
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他者を認めるとは、
自己了解が変わっていくこと

ご都合主義的な自己責任論
シリアで3年以上に亘り拘束されていた安田純平さんが解放され、日本に帰国しました。なによりも先ず、生きて帰られたことにホッとしています。
ネット上では、安田さんに対するバッシングが目立ちます。「渡航禁止地域に行って捕まったのだから自業自得だ」「解放されるためのお金は税金だ。お前が払え」等々、自己責任論が渦巻いています。
身内や親しい友人ならば、「どれだけ心配かけたと思っているんだ」「お願いだから、もう危険な所へ行くのはやめてくれ」など、文句や懇願も出ることでしょう。けれど、安田さんに会ったことも話したこともない多くの人々が、「自己責任論」を投げつける現状に恐怖すら感じます。
思うのですが、ジャーナリストとは自己責任を感じながら勤まる仕事でしょうか。「このネタを取り上げたら、自分の命が(地位が、肩書きが)危ういことになる。どうせ自己責任を押し付けられるのならば取材することを、記事にすることをやめよう!」ということになるのではないでしょうか。
安田純平さんは、紛争地域での取材ゆえ、「行った人間が悪い」「捕まった人間が悪い」という自己責任論が噴出していますが、私たちが日頃見聞きする情報も、それを取材・報道する人のおかげで、私たちが知るところとなっています。ジャーナリストが、報道することと自己責任を天秤にかけ、自己責任を大事にしたならば、私たちは自分たちが住む地域の出来事、国のたくらみ、世界の動きを知ることができなくなります。或いは、私の苦しみを伝えてくれる人もいなくなってしまいます。
他者への自己責任の押しつけは、自分への不利益となって還ってきます。

さて、直接関わりのない第三者には厳しく自己責任を押し付けますが、身内には甘いようです。
「会社の小切手をなくしてしまった」「会社のお金を使い込んでしまった。○時までにお金を返さないと会社をクビになる」「彼女を妊娠させてしまった」等々、オレオレ詐欺の常套句ですが、そこで「あっそう、自己責任だから自分で何とかしなさい!」と言い放つことができれば、オレオレ詐欺の被害も少しは減っていることでしょう。
身内の危機には、なかなか自己責任は適用されないようです。

独生独死独去独来
他者に自己責任を押し付ける前に、考えてみたいことがあります。

『仏説無量寿経』というお経に、
独生(どくしょう)独死(どくし)独去(どっこ)独来(どくらい)
「人は、独り生まれ、独り死し、独り去って、独り来る」とあります。
人は、生まれるのもひとりならば、死ぬときもひとりである、と。
また、
身自當之(しんじとうし) 無有代者(むうたいしゃ)
「身、自らこれを当(う)くるに、有(たれ)も代わる者なし」ともあります。
我が身に起きることは、誰にも代わってもらうことはできない。すべて我が身で引き受けねばなりません、と。
生まれるのもひとり、死ぬのもひとり。我が身の人生は、私自身が生ききらねばならない。
お釈迦さまの言葉が、厳しく、あるいは淋しく聞こえるかもしれません。けれど、人間の、いのちを生きる者の真実の姿です。
誰もが皆、私を生きるという責任がある、と聞こえてきます。責任は、「とる」ものではなく「ある」ものといただいています。
「独生 独死 独去 独来」という言葉で言い表されている「独り」とは、個々のことでもあり、みんなのことでもあります。独りのことでありながら、みんなのこと。矛盾しているようで、矛盾していません。
このような「独り」の感覚は、「共に」生きているということを意識させます。

わかる ことは かわる こと
LGBTの方々への偏見や差別が甚だしい世の中です。同性愛や、自分の理解を超えた性の思考を認め難い人が多いのでしょう。
自分の思考とは合わない人や事柄を認めるということは難しいことです。けれど、認められないのは自分自身の問題であって、他者の責任ではありません。にもかかわらず、認められないことが他者への攻撃に向いてしまっています。「自己責任論」も、認められない他者への攻撃なのでしょう。
「多様性を認めよう」という言葉を耳にします。多様性を認め合うこと自体は素晴らしいことです。しかし、自分自身は何も変わらずに、「あぁ、そういう人も(そういう考え方も)あるんだね」と上っ面だけの理解を示すのか。それとも、自分自身の想いがひっくり返されるのか。多様性を認めるということは、私の懐が広いから為せることではなくて、私自身が変わってゆくことです。
『わかる ことは かわる こと』という、養老孟司先生と佐治晴夫先生の対談本があります。
ただ単に「知る」ということは知識に過ぎず、「わかる」ということは、自分自身や周りの人に変化(「かわる」)をもたらす、と。「わかる」ということは「かわる」ことであるというやりとりがあります。
自分が頷ける範囲で他者を認めるというのは、本当に認めていることにはなりません。他者を知り、自分自身の想いが「かわる」。変化をもたらされる。自分にとっての常識がひっくりかえされる! 「わかる」ということには、そんな「かわる」ということがあるものです。
他者を認める、多様性を認めるというときに、「自分が正しい」というところに固執していては、認めるということはありえません。他者を認めるとは、他者を見る目が変わるのではなく、私自身がかわることなのです。

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掲示板の人形
11月恒例の親鸞聖人とお朋だちhappy01
鹿の人形は、10月に奈良に行ったときに買いました。
娘たちは、鹿せんべい欲しさに寄ってくる鹿に大興奮でしたheart04

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2018年10月31日 (水)

正しさと正しさとが相容れないのは いったい何故なんだ?

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もしも私が全て正しくて
 とても正しくて周りを見れば
世にある限りすべてのものは
 私以外は間違いばかり
もしも貴方が全て正しくて
 とても正しくて周りを見れば
世にある限りすべてのものは
 貴方以外は間違いばかり
辛いだろうねその一日は
 嫌いな人しか出会えない
寒いだろうねその一生は
 軽蔑だけしか抱けない
正しさと正しさとが相容れないのは
 いったい何故なんだ?

中島みゆき 「Nobody is Right」

2018年10月30日 (火)

ありがとうの一声は、かけられた方も、かけた人の人生も、豊かにしてくれます

この夏は、まさに射すような陽差しの夏でした。
西蓮寺門前にバス停がありますが、バスを待つ方が陽差しを遮るものが何もありませんでした。
あまりに過酷な状況だったので、お寺にあるテントを立てました。

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ところが、この夏は台風の襲来がたびたびありました。
テントが吹き飛んではいけないので、台風接近の天気予報の度にテントを畳んでは、台風が過ぎてからまた立て直す作業を繰り返しました。4回目の畳む作業のとき、住職(父)がテントの骨組みに引っかかって転んでしまいました。結局、その痛みで正座ができなくなってしまいました(今は完治しています)。
で、もう少し簡単に組み立て・片付けが出来るテントはないかと探し、最近イベント等で使われるものを見つけて即購入しました。

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組み立て作業に慣れるまで大変でしたが、従来のテントよりは少しは楽になりました。どちらにしろ、最低2人は必要なのですがcoldsweats01
でも、テントが陽差しを遮ってくれたので、バス待ちの皆さんからは「助かります」「ありがとう」と声をかけていただきました。こちらこそ ありがとうございます。

9月の秋彼岸が終わるまでテントを立て続け、その後しばらく掲示板に感謝の想いを綴りました。

 射すような陽差しの夏
 バス停に張ったテント
 「ありがとうございます」って声をかけてくれて、“ありがとう”。
 とても嬉しいです。
 ありがとうの一声は、
 かけられた方も、
 かけた人の人生も、
 豊かにしてくれます。
 一声が人生を変える。
 有り難う

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2018年10月29日 (月)

人は必ず死ぬというのに

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「死ぬときぐらい好きにさせてよ」
人は必ず死ぬというのに
長生きを叶える技術ばかりが進歩して
なんとまあ死ににくい時代になったことでしょう。
死を疎むことなく、死を焦ることもなく。
ひとつひとつの欲を手放して、
身じまいをしていきたいと思うのです。
人は死ねば宇宙の塵芥。
せめて美しく輝く塵になりたい。
それが、私の最後の欲なのです。
 樹木希林(宝島社企業広告)

(追記)
2018年10月29日(月) 上記企業広告を出された宝島社が、「読売新聞」と「朝日新聞」に樹木希林さんの言葉を添えて企業広告を出されました。(宝島オンライン
 読売新聞 「サヨナラ、地球さん。」
 朝日新聞 「あとは、じぶんで考えてよ。」

2018年10月28日 (日)

おれは助けてもらわねェと 生きていけねェ自信がある!!!

西蓮寺には、毎月1日に張り替えている法語掲示板の他に、ふたつ掲示板があります。
そのふたつの掲示板には、本山(東本願寺)や東京教区・東京五組のポスターを貼ったり、寺報を貼ったりしています。宣伝用ですね。
けれど、秋彼岸前にふと思いつきました。この2つの掲示板には、心に響いたことばをリアルタイムに貼ってみよう!って。
で、今年の秋のお彼岸から、イレギュラーに言葉を貼っています。法語掲示板とは違った雰囲気に、「副住職、面白いことはじめたねgood」の声もいただきました。
法語掲示板(掲示板1号)のことばは、西蓮寺の前を通るバスの中からでも読める程度の分量のことばを選んでいますが、掲示板2号3号に貼る言葉は、わざと長めの言葉を選んでいます。立ち止まって読んでもらって、いろいろと感じてもらえたらいいなと思っています。

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俺は剣術も使えねェんだコノヤロー!!!
航海術も持ってねェし!!!
料理もつくれねェし!!
ウソもつけねェ!!
おれは助けてもらわねェと
生きていけねェ自信がある!!!
 「ワンピース」 モンキー・D・ルフィ

Aさんは○○ができて、
Bさんは□□が得意で、
Cさんは△△が素晴らしくて、
自分は何もとりえがないなぁ・・・
なんて落ち込んでしまう、自己嫌悪の日々だけど、でも、きっと私には私なりの役割がある。
Aさんは、Bさんは、Cさんは、あなたの◎◎なところを頼もしく思っているかもしれない。
自己評価して落ち込むよりも、助け合わないと生きていけない私たちなんだって気付くことが大切なことだと思う。
あなたがいるだけで、私はうれしい。
そう思われている あなたであるかもしれない。

2018年10月27日 (土)

読書週間

今日10月27日から2週間、「読書週間」です。
以下、「公益社団法人 読書推進運動協議会」HPより

読書週間の歴史 終戦まもない1947年(昭和22)年、まだ戦火の傷痕が至るところに残っているなかで「読書の力によって、平和な文化国家を作ろう」という決意のもと、出版社・取次会社・書店と公共図書館、そして新聞・放送のマスコミ機関も加わって、11月17日から、第1回『読書週間』が開催されました。 そのときの反響はすばらしく、翌年の第2回からは期間も10月27日~11月9日(文化の日を中心にした2週間)と定められ、この運動は全国に拡がっていきました。  そして『読書週間』は、日本の国民的行事として定着し、日本は世界有数の「本を読む国民の国」になりました。  いま、電子メディアの発達によって、世界の情報伝達の流れは、大きく変容しようとしています。しかし、その使い手が人間であるかぎり、その本体の人間性を育て、かたちづくるのに、「本」が重要な役割を果たすことはかわりありません。 暮らしのスタイルに、人生設計のなかに、新しい感覚での「本とのつきあい方」をとりいれていきませんか。

 『読書週間』が始まる10月27日が、「文字・活字文化の日」に制定されました。よりいっそうの盛りあがりを、期待いたします。

2018年10月21日 (日)

ある意味ホラーより怖かった

ある日、ある電車の始発駅から電車に乗る。そんなに乗る人もなく、多くの席が空いている。
そんな中、ドアの横に立っている女性が。発車前からうつらうつらしている。手にはTDLの袋が。朝早くから遊びに行ったのかな、眠たいんだねぇと察してみる。
電車も出発し、その女性は立ったまますでに眠りの世界に。
座席に座りながら眠りに就き、舟をこいでいる人はよく見かけるけれど、立ったまま寝る方は、あまり見たことがない。
突然、紐で操るマリオネットを急に下に下げたかのように、彼女がガクンッと身を崩した。
座席で眠りながらカクンッとなったとき、恥ずかしさを取り繕いながらも、しばらくは起きていようと努めるのだけれど、その女性はガクンッとなって目を覚ました次の瞬間にはもう寝ている。ずっとその繰り返し。私だけでなく、車内のすべての人が彼女の様子を気にかけている。いまだ席もたくさん空いている。なにゆえ座らないのだろう。みんなそう思っていたのではないだろうか。
あろうことか途中でスマホを手にし、で、また寝ている。 ゴツンッ ゴツンッ。スマホを落とす音まで車内に響き始めた。
ずっと彼女が立っているのとは反対側のドアが開いていたのだけれど、ついに彼女の側のドアが開く駅に。手にスマホ、彼女自身も寝ながら立っている。みんなが彼女を注視している。無事ドアが閉まり、みんなホッとしている。
これは、声をかけた方がよかったのだろうか。でも、あらぬ疑いをかけられてもつらい・・・。

始めは心配しながら気にかけていたのだけれど、途中からそのヒヤヒヤに胸がドキドキしてきた。「眠たいんだね。お疲れさまcoldsweats01」から「頼むから起きてくれぇ~sweat01」へ。
昨日の投稿同様、自分自身の中で勝手に感情を抱き、勝手に感情が変わるのが面白い(「面白い」って表現で合っているのか否か・・・)。相手がしていること自体は何も変わっていないのに。

なんて所で私の降車駅に到着。彼女はまだ乗っている。
無事に目的駅に着き、家に着いただろうか。スマホは無事だったでしょうか。

2018年10月20日 (土)

護美(ゴミ)

毎朝近所の公園を掃除していると、レンジでチンして食べられるご飯とレトルトカレーのゴミが捨ててある。
ご飯の器には当然カレーがついていて、正直きたない。
そういえば、このゴミを毎朝見かけるようになったのが掃除を始めたきっかけだ!
毎朝毎朝、公園のベンチの、横にある草むらにポイ捨てしてある。

「ゴミはゴミ箱へ捨てろよ!」
「食べ終りのゴミ、きたないなぁ」
「よくもまぁ毎日同じ物を食べ続けるなぁ」
などなど、よくもまぁ愚痴が出るものだとhappy01、掃除をしている。

なんてことをしているうちに、いつの頃からか私のこころの中に変化が。

「一人で淋しくないのかなぁ。いや、淋しく食べてるんじゃないかなぁ」
「これしか食べられないのかなぁ」
「お金、ないのかなぁ」
などなど、まだ見ぬゴミ捨て主に、同情というか憐れみというか心配というか・・・べつに上から目線で物を言っているわけではないけれど、単なる怒りから相手を想像してみる気持ちに、心が変化していることに気がつきました。

で、最近はそのゴミがなくなりました。

「どこかに引っ越したのかなぁ」
「体壊したのかなぁ」
「元気でいるだろうか?」
なんて思ってみたりして。

このゴミのおかげで、少しは公園の美化に貢献させていただいています。
でも、ゴミはゴミ箱へgood

2018年10月19日 (金)

かき

先の台風の際に折れたであろう柿の木
その柿の木の、折れてぶら下がった木に、柿がいっぱいなっていました。

折れても いのちは 生きている 実がなり 種が土壌に落ち また新しいいのちとなる

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2018年10月 3日 (水)

2018年10月のことば

台風に見舞われた夏でした。台風24号は凄かったです。3日間掃除しても、まだ終わりませんcoldsweats02
境内の芙蓉が折れてしまいました。秋のお彼岸にちょうど花を咲かせて、お寺参りの皆さんに美しい姿を見せていたのに残念です。けれど、折れた部分を切っていたら、太い幹(折れた部分)に包まれるように若い幹が育っていました。共に曲がっていたのに、若い幹はしなっていて無事だったようです。もしかしたら、残された若い幹が育って、数年後に花を咲かせてくれるかもしれません。お楽しみに。

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うれしいときだけが〝きみ〟ではありませんよ。
     日野原重明

暑い夏でした
あれだけ暑かった夏が過ぎ、秋の気配が漂います。いつの間にかセミの鳴き声も消えました。着る物に悩みますね。アイスコーヒーよりもホットコーヒーが欲しくなりました。日の暮れる時間が早くりました。夏の夕暮れと違って、なぜ秋の夕暮れは淋しいんだろう? 窓の外では鈴虫が鳴いています。
暑さに文句を言っていた私は、じきに寒さに文句を言い始めることでしょう。夏は暑くて冬は寒い。この当たり前の現実を受け入れるということが、なかなか難しいものです。

蜆蝶(しじみちょう) 我の心の 中で舞え
この夏に出会った番組です。
Eテレ ETV特集(9月1日放送)
「蜆蝶 我の心の 中で舞え ~少年俳人・小林凜~」

番組の内容
「いじめが原因で不登校を続けていた少年俳人・小林凜。医師・日野原重明との対話を通じ、成長していった中学から高校までの3年間の軌跡を見つめ、生きるとは何か考える。
若者の自殺が多いこの時期に、いじめと不登校を経験した少年俳人・小林凜の言葉に耳を傾ける。小学校入学と同時にいじめにあい不登校となった小林凜にとって、俳句は辛い時期を乗り越える唯一の手段だったという。俳句を通じて出会った亡き医師・日野原重明との俳句文通もまた、彼の心を支えた。番組では小林凜が不登校だった中学2年生から高校へ進学するまでの3年間に密着。俳句という表現の持つ力について考える。」
(NHK ETV特集ホームページより)

年齢差90歳の親友
小林凜さんは2001年5月、予定より3ヵ月早く、944グラムで生まれました。
未熟児で生まれ、予断を許さない状況でしたが、危うい時期を乗り越え、成長します。しかし、小学校に入学すると、体が小さく、体力も弱い凛さんはいじめにあい、不登校になります。中学校でもいじめは続きました。
5歳の頃から俳句を詠まれていた凜さんが、不登校のときに詠んだ俳句です。

いじめられ 行きたし行けぬ 春の雨

ランドセル俳人として知られていた凜さんは、聖路加病院の日野原重明先生と出会い、俳句を通して親交を深められました。年の差は90歳。日野原先生は、凜さんの影響を受けて俳句を詠み始められました。
文通を重ねるなか、凜さんが学校でいじめを受けていることを受け、日野原先生は手紙に書かれます。

 凜君
 忘れないでいて欲しいことがあります。
 うれしいときだけが “きみ” では
 ありませんよ。
 どんなときの自分も大事にすること。
 生まれてきたことは、
 それだけで素晴らしいことです。

 君たちの 使える時間 それがいのち

ことばのキャッチボール
日野原先生のメッセージ「うれしいときだけが “きみ” ではありませんよ」。うれしいときはもちろんだけど、かなしいときも、つらいときも、いろいろなときもすべてひっくるめて あなた自身ですよ、と聞こえてきます。
大人は、「子どもには分からないから、難しいから」「子どもにはまだ早いから」などと、まるで自分は分かっているかのように小さい人を見下します。けれど、小さい人は小さい人なりに一生懸命考えて生きています。日野原先生は、90歳年下の凜さんに、自分の生きてきたすべてを投げかけます。凜さんは、90歳年上の日野原先生のいのちの声を受け止めます。俳句や文通を通して、ことばのキャッチボールをしてきたふたりの信頼と尊重し合う姿が伝わってきます。

この当たり前の現実を
つらい思いをしている人に、どのような言葉をかけられるでしょう?
「今はつらくても、ここを乗り越えればいいことがあるよ」というような励ましの言葉もありますが、難しいですね。そんな励ましの言葉に、「やまない雨はないからね」「明けない夜はないよ」「冬を越えれば春の訪れがあるよ」などがあります。
私自身、20代の頃は、そんな言葉に励まされもしました。「そうだなぁ。 いつまでも雨が降り続くわけはないし、今はつらくても、いつか雨がやむときがくる!」と思えました。
年を重ね、「それはちょっと違うなぁ」と考えるようになりました。雨が上がって陽光が射しても、またいつか雨は降ります。夜が明けて明るくなっても、夜はまた訪れます。冬の寒さに耐えて暖かい春を迎えても、夏が来て、秋が来て、そしてまた冬を迎えます。
雨の降るときも、闇夜の晩も、寒さに凍えそうな冬も、それらもひっくるめて“わたし”です。日野原先生流に言うならば、「晴れているときだけが“きみ”ではありませんよ」でしょうか。
思うに、「やまない雨はないからね」と言う場合、雨を起点にしています。けれど、晴れの日があったからこそ雨の日を迎えているのかもしれません。
人は、出会いの縁を重ねて生きています。けれど、出会いには別れが付きものです。あなたとの出会いという人生最大のうれしいときをもらいました。けれど、それゆえに別れの淋しさに怯え、別れのつらさに涙せねばなりません。それも含めての“わたし”です。雨の背景には必ず晴れの日があります。その晴れの日を知ることができるのは、雨の日があるからです。
この当たり前の現実を受け入れるということが、なかなか難しいものです。

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クマの人形 9月末に京都での仕事があり(日帰り・・・残念!!)、帰りに新幹線の待合所のお土産屋さんで買ってきました。
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2018年9月 3日 (月)

2018年9月のことば

暑い夏でしたsun
まだ暑さは続くことでしょうが、日の暮れる時間が早まり、朝晩が幾分過ごしやすくなり、虫の音が聞こえてきました。季節は秋へ向かっていますね。そうなると勝手なもので、夏の暑さも名残惜しくなっても来ます。
この夏、皆様いかがお過ごしでしたか。体調はいかがでしょうか。私は、毎日ホウキを持って掃除をしていました。一日に何枚もTシャツを着替えていました。体が動いているので夏バテをしている認識はありませんでした。けれど、事務仕事が思うように手に付かず、夜は子どもたちと一緒に寝ていました(いつもは、子どもたちが寝静まってから事務仕事や執筆をしています)。妻から「それって夏バテよ」と言われて、「あ、そうなんだ!」と思いました。体は動いても、やる気が起きないのも夏バテの表われなのですね。この9月号の寺報も、8月30日になってやっと書き始めました(あ、それは毎月か)。
夏バテが続いている方もいることと思います。涼しくなって、これから体調を崩される方も出てくるかと思います。どうかご無理なく、体調と相談して日々の生活をお送りくださいjapanesetea

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 悲しむということが、心ここに非(あら)ずになっていないか

私たちは、本当に悲しんでいるのか?
 天災 事件 事故
 理不尽な出来事
 権力を持つ者の暴走
 弱い立場にある者への圧力
 他者(ひと)の人生を蹂躙し、高笑いする者 
 人は、権力を持つと間違う
 悲しみの多い世の中だ。どれだけの人が涙を流していることだろう。

この地球という限られた環境に、70億を越える人間が生き、それ以上のいのちが生きている。人と人とが生きているのだから、助け合うこともあれば、争い合うこともある。人類の歴史は、そのまま悲しみの歴史でもある。悲しい出来事の多さに、今更驚きもしない。
けれど、ふと感じた。「私たちは、本当に悲しんでいるのか?」

ネットやテレビや新聞を通して、世間で起きている出来事を知り、悲しい出来事に涙を流す。けれど、涙の後に来るものは、加害者に対する憎悪。人によっては、被害者へのバッシングということもある。あいつが悪い、こいつが悪い。いやいや被害者にも問題がある、など。
悲しみは、通過儀礼に過ぎないのか。悲しんでいるといっても、悲しんでいる自分に酔っているのではないか。

慈悲
「悲」という漢字は、「両の手で心を引き裂く」形を象(かたど)っている。
両の手で心を引き裂く痛みとは、どれほどのものだろう。つまり、それほどの痛みを伴うのが「悲しむ」ということ。それなのに、痛みを感じることもなく、誰が悪いだの、何が問題だの、事情も理由も経緯も背景も知らない者が他者を裁く。まるで心が無いかのようだ。
などと考えていたら、「心ここに非ず」ということばが見えてきた。
私たちの「悲」は、「心ここに非ず」。悲しんでいるに違いないのだけれど、悲しんでいるそのときに、心は他のことを考えている。
本来の「悲」、悲しむ主体というのは私ではない。「心ここに非ず」な悲しみ方しかできない私のことを、悲しんでいるはたらきがある。それを阿弥陀という。阿弥陀は、私のことを悲しんでいる。私は、阿弥陀から悲しまれている。
阿弥陀の悲しみは、心を引き裂く痛みがある。衆生(生きとし生けるもの)への慈しみがあるからこそ、その痛みにも耐えられる。「慈悲」は、阿弥陀のこころ。私は、その「慈悲」を受けている。

みんなマイノリティ(少数者)
昨今、「多様性を認め合おう」ということが声高に言われている。その通りだ。だからこそ思う。どうして「多様性を認め合おう」と、わざわざ言われなければならないのか。それは、多様性が認められていない現実があるから。
自分の性別をどう表現するか、誰を好きになるかなど、どうして批判されなければならないのだろう。どうしてそうしたことを表明することを「カミングアウト」と表現し、決意・決心を必要とさせるのだろう。
国籍にしても、ハーフやクォーターの方々がいじめの対象になったり、特異な目で見られたりする現実がある。けれど、文化・芸術・芸能・スポーツなどの世界で優秀な功績を残すと、途端に「日本人」に引き入れて、わが国の誇りとばかりに讃える。性的少数者の方に対しても同じ。多様性は認め難いが、功績や名誉は認めやすいらしい。
「多様性を認め合おう」とは、多数派が少数派を認めてあげようという話ではない。この世は多数派と少数派で分けられると勘違いしている人が多いけれど、個人個人みんな違う。言うなれば、みんながマイノリティ(少数者)。 地球という大きな世界に、多数派に 混じって少数派がいるのではない。一人ひとり自分の世界を持つ者が集まって、この地球に生きている。多様性を認めるとは、私自身が少数者であることを知ることから始まる。

悲しみのない世界
「悲しみのない世界」を望む声を聞くけれど、悲しみのない世界って、どんな世界だろう。
悲しみを生み出す事柄がなくなる世界なのだろうか? 人と人とが出会いの縁を結び、関係を築きながら生きているからには、悲しみを生み出す事柄はなくならない。
悲しみを生み出す事柄がなくならないのに、悲しみのない世界を望むということは、悲しみを感じなくなることを望むことになってしまう。つまり、 悲しみを感じない私になるということ。

何が起きても気にしない。
誰かが困っていても無関心。
何を見ても、こころ動かされない。
何を聞いても、こころに響かない。

それは果たして生きていると言えるのだろうか。それで人間と言えるのだろうか。

悲しみのない世界を望むよりも、
涙をボロボロ流し、
声を出して叫び、
目の前の人と抱きしめ合いたい。

悲しいことが悲しいのではない。悲しみを悲しみと感じない私となることが悲しい。心を持って、痛みを感じて悲しむ私でありたい。

掲示板の人形
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2018年8月10日 (金)

吾れ、日に三たび吾が身を省みる。

子どもたちのおもちゃや学用品が増えてきたし、もう自分の持ち物をいつまでも残しておいても仕方がないので、物置にある自身の持ち物の整理(断捨離happy01)。
手紙をまとめた箱が出てくる。現代(いま)はメールが当たり前のようになったけれど、学生時代の25年ほど前(四半世紀前かcoldsweats01)は、まだ手紙でやりとりしていた時代(時代だってcoldsweats02)。
懐かしい名前、見覚えのある字、既に亡くなられた先輩の達筆な字! 目に留った手紙を読み返していると、四半世紀ほど前のことが思い起こされます。しばし読みふける(片付けあるある)。
手紙の、ちょっとおかしい文面や乱れた文字に、「あれ、なんかあったかな?」「疲れてんのかな?」「大丈夫かな?」なんて心配したりしたものです。直接会った友もいるし、私の手紙を読んで連絡をくれた友もいたなぁ。みんな、どうしてるかなぁ。直筆の手紙なんてと笑われる、煩わしがられる時代だけれど、メールからは感じられない息づかいが、手紙にはあります。

そのうちの一通。孔子の弟子の曾子が書いた言葉。それだけが書かれたハガキが出て来ました。

吾れ、日に三たび吾が身を省みる。

人の為に謀りて忠ならざるか。

朋友と交わりて信ならざるか。

習わざるを伝うるか。

友が書き添えてくれた現代語訳には、
「わたしは毎日何度もわが身について反省する。
人のために考えてあげて、まごころからしてあげられなかったのではないか。
友だちと交際して誠実ではなかったのではないか。
よくおさらいもしないことを受けうりで人に教えたのではないか。」と。

私の態度が気になってハガキをくれたのか、
自分自身を問うてのハガキだったのかは分からない。
でも、大切なハガキ。
今になってこのハガキと出遇ったということは、何か意味があることに違いない。
ふと我が身を省みる。
物だけでなく、こころの断捨離(整理)も。

2018年8月 1日 (水)

2018年8月のことば

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罪障(ざいしょう) 功徳(くどく)の体(たい)となる
こおりとみずのごとくにて
こおりおおきにみずおおし
さわりおおきに徳(とく)おおし
       親鸞聖人「曇鸞和讃(どんらんわさん)」

現代語試訳
私のなかにある罪や障り
罪や障りを抱える私であるからこそ
仏から功徳を与えられる身として
生きている
氷が大きければ
溶けたときの水の量も多い
それと同じように
大きな罪や障りの本体である私は
仏から多くの功徳をいただいている


2018年7月6日・26日
オウム真理教による一連の事件に関わる13人の死刑囚の死刑が執行された。3週間という短い期間で。日本においては法律で認められているとはいえ、人の手によって人を殺すということが、リアルタイムに行なわれた。衝撃・  無念・憤慨・恐怖・動揺・疑問・・・何も感じなかっただろうか? こころが動かされることはなかっただろうか?
死刑執行のボタンを押す刑務官は、その感触が残るという。その感触は、死刑が存置されている日本では、すべての人間が背負わなければならない感触だ。刑務官ひとりに背負わせるのではなく、「私もボタンを押した者のひとりである」という自覚が、果たしてあるだろうか。
そもそも、人が他者(ひと)を裁くということに無理がある。「私」は、果たして他者を裁けるような「私」だろうか? 裁ける「私」ではないのに、そのうえ他者のいのちを奪えるのだろうか?

人間のいのちを奪う生き物の1番は「蚊」だとのこと。年間約70万人超の人間が、蚊が媒介したウィルスによって死に至る。そして、2番目に多いのが  「人間」。年間約50万人弱。同じ種族どうしで殺し合う生き物は「人間」だけだと聞いたことがある。
今年の世界規模での猛暑。「人間は知能があるから、生きやすいように環境を変えることができる。そうして生きてきた」と語る学者がいた。地球誕生から46億年、原始生命の出現から40億年が経つという(諸説あり)。その歴史の中で、生命は、地球環境に適応するように姿形を変えてきた。適応できない生命は絶滅してきた。生命は、環境の変化に適応しながら成長するものなのだ。自分たちの都合に合わせて環境を変えようとするのは、地球に生きる生命体のすることではない。
人間は、同じ種族のいのちを奪う。人間は、環境に適応しようとするのではなく、人類に環境を適応させようとする。それらは、知恵があるゆえと言う者もいるが、果たしてそれが知恵のある生命体がすることなのだろうか。
人間の持つ罪や障りは、計り知れないほど大きい。必然、悲しみや苦しみも大きく深いものとなる。

本願海と群生海
本願海(ほんがんかい)
 阿弥陀の慈悲を、
 親鸞聖人は「海」に譬えられる。
 海のように広く、大きく、
 ほとりのない慈悲のこころ
 阿弥陀が私を想うこころ

群生海(ぐんじょうかい)
 私の中にある罪深さ、世への障りを、
 親鸞聖人は「海」に譬えられる。
 海のように深く、暗く、
 底の知れない欲望のこころ
 私が自分を見失っているこころ

正反対のものを、親鸞聖人は同じ「海」に譬えられている。
正反対と見ているのは、私の眼。罪や障りにあふれた私が、阿弥陀に救われるためには、そこに接点がなければならない。
蚊(にこだわるわけではないけれど)は、人間のことを、私たちが目にするような人間の形としては認識していない。蚊からすれば、人間はあまりに巨大すぎて、形としては認識できないらしい。 
阿弥陀の慈悲も、「計り知れない 罪障を持つ私のことを包みこんでくださるほど大きい」のであれば、その慈悲に気付くことは、誰もできないだろう。
阿弥陀の慈悲に気付き、温もりを感じ、涙を流し、生きる支えとしてきた人たちがいる。そのような人たちが、 阿弥陀の慈悲を語り、記し、生き抜いてくれたおかげで、「南無阿弥陀仏」の念仏が今、私にまで伝わっている。
そのためには、罪や障りが必要だった。罪障心が、阿弥陀の慈悲心に匹敵する大きさだからこそ、自身の罪障の大きさを自覚した人たちが、阿弥陀の慈悲を感得できた。親鸞聖人も同じ。
だからこそ親鸞聖人は、阿弥陀の慈悲と私の罪障を、同じ「海」に譬えられた。罪障の自覚は、阿弥陀の救済の自覚となる。

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