2020年8月15日 (土)

終わらない戦

今日も暑い、いや、今日は熱いですね💦

お朝事中に意識が遠のきました。

ここ数年の夏の暑さは記録的だと、天気予報では言います。

けれど、終戦の夏も暑かったと聞きます。

終戦の夏の、実際の暑さは分かりません。

けれど、原爆が投下され、被ばくされた人びとのお話をお聞きしたり、史料や資料を読んだり、原爆資料館に行って記録を読んだりすると、1945年の夏の、異常な暑さに思い至ります。

南無阿弥陀仏

 ☆

2500年ほど前、仏陀が教えを説かれました。

それから(それ以前から) こんにち に至るまで、地球上で争いのやんだ時代(とき)はありません。

「仏教が説かれながら(宗教がありながら)、どうして世の中から争いが無くならないのですか?」といった問いをいただくことがあります。

率直な問いだと思います。

仏教は、争いを無くす術(すべ)を説いた教えではありません(争いや災いを無くす術を説く宗教もあるのかもしれませんが)。

「争い」は、人間の「貪り(むさぼり)」や「怒り」の感情のみによって起こるのではありません。

「愛情」や「大切に想う気持ち」もまた、「争い」を起こす種になります。

「貪り」「怒り」「愛情」「大切に想う気持ち」等々、人間は様々な感情や表情を持ちます。

それらの感情は、決してそれぞれ単独のものではなく、すべてが結びついています。

誰かに「愛情」を注ぐ、「大切に想う気持ち」ゆえに、その人のために何かを欲する、何かをしてあげたいと欲する「貪り」の感情が湧きます。

そのために、自分の欲しいものを手に入れたい、けれど手に入らない、邪魔をする人がいる、といったときに「怒り」「憎しみ」の感情が湧いてきます。

仮に、欲するものが手に入ったとき、それを「愛情」を注ぐ人に渡します。

けれど、その人は喜んでくれない、お礼を言ってくれない、他の誰かに渡してしまう、という態度をとったとき、その人を「大切に想う気持ち」は「怒り」へと転化します。

「愛情」を持ちさえしなければ、その人に対する「怒り」も「憎しみも」湧かなかったことでしょう。

「人を愛する気持ちを大切にしましょう」「みんな仲良くしましょう」という言葉は、大切なことですし、そうできれば悩みもありません。

「人を愛する気持ちを大切にしましょう」

 けれど、愛するがゆえに憎悪に転化することがあります。

 家族間・友人間・仲間とのすれちがい・口論・喧嘩・仲たがいなど、誰もが経験済みでしょう。

 でも不思議なもので、それらの争いは、出会っているからこそできることです。

 出会ってもない人と、喧嘩になどなりません。

「みんな仲良くしましょう」

 みんなと仲良くあろうとしても、そこから外れる人は必ずいます。

 「〇〇ファースト」というとき、同時にそこから除外されている人がいます。

 実は、除外されている人の方が多いものです。

さて、ここまで、争いがやむことがない身も蓋もない理由を書いたのではありません。

たとえそれが憎悪に転化することはあろうとも、誰かを愛する、何かを大切に想う気持ちを持つことができることは、とても素晴らしいことです。

誰かの顔が思い浮かぶことって、私を生かすはたらきだと思う。

その気持ち無くして、人間と言えるでしょうか。

でも、悲しいかな、愛憎は表裏一体です。切っても切り離せません。

そのような、複雑に入り組んだ気持ち・感情・表情を持って生きているのが人間(わたし)です。

だからこそ、争いも止まないし、苦悩も尽きない。

争い(憎悪)が止むときというのは、愛することもなくしたときかもしれない。

苦悩がなくなるときというのは、嬉しい・楽しい・今が最高の時だ!という気持ちすら起きないかもしれない。

様々な感情が入り混じり、多くのいのちが混とんとした世の中を生きるとき、私を支える教え(はたらき)がなくては、生きられません。

ひとつ ひとつ の なみだ に背景がある、

ひとり ひとり に あみだ がはたらいてある。

仏教は、阿弥陀のはたらきに支えられてある私を 教えています。

南無阿弥陀仏

 ☆

(追記)

「どうして戦争がなくならないんだろう」と真剣に考えている方にとって、上記の投稿は納得いかないものでしょう。

私は、こんなことを思います。

「平和を、争いのない世の中を望む人はこんなに大勢いるのに、どうしてトイレはこんなに汚されるんだろう」って。

関係ないことを言っているように聞こえるかもしれませんが、私のなかでは真剣に結びついています。

後の人が使うことも考えずに用を済ませて出てゆく、

こんな状態のトイレに入ったら、自分は嫌な気持ちになるのに、その状態で出てゆく。

他者(ひと)のことに想いを馳せずに、どうして平和を、どうして争いのない世の中を思い描けるのだろう・・・と、外トイレの掃除をするときはいつも考えています。

平和を望むなら、「どうして争いがなくならないんだろう」と口にして他人事として終わってしまうのではなくて、自分が使った後にトイレを使う人がいる・・・ということに想いを馳せることが肝要だと思います。

私以外の人がいる。現在(いま)も、過去も、未来も

2020年8月14日 (金)

かなかなかなかなかなかなかなかな

今日も暑いですね🌞

とはいえ、今朝は(ほんの少し)楽でした。

ここ数日のうちでは、気温が少し低かった気がします。

朝掃除の折、吹き出すほど出ていた汗が、今日はそんなには出ませんでした。

でも、そうなると、蚊の出番です。

ここ数日、朝の掃除で蚊に襲われることはありませんでしたが、今朝は、掃除をしながら10か所以上刺されました。

もしかしたら人間以上に、虫や動物は、気温の変化に敏感なのかもしれません。

セミの鳴き声は、ずっとアブラゼミが大勢でしたが、ここのところミンミンゼミの声も増えてきました。

ところが、数日前の夕刻、山門を閉めるときに ヒグラシの鳴き声が聞こえていました‼

「もうヒグラシ!?」と思いましたが、8月7日に立秋を迎えています。

暦の上では秋です。夏も終わりです。

(もはや、暦と実際の季節感とにかなりのズレが生じてはいますが、そうはいっても秋の気配も漂っています)

わずかですが、夕刻にはヒグラシの鳴き声が聞こえるようになり、朝の掃除に出ると、アブラゼミやミンミンゼミの亡骸が目につくようになりました。

朝、懸命に生きた姿を目の当たりにします。

時の移ろい、生命の移ろいを、セミの鳴き声や姿から感じさせていただいている夏です。

南無阿弥陀仏(‐人‐)

2020年8月13日 (木)

夏、お盆

2020年8月13日(木) 8月盆入りの日 今日も暑かったですね💦

東京は、7月盆のお勤めが一般的ですが、全国的には“お盆”というと8月のイメージがあるのではないでしょうか。

西蓮寺でも、8月盆にお墓参りに見える方も多くいらっしゃるので、準備をしています。

今朝も、西蓮寺にお墓のある門徒さんたちが、お参りに見えました。

南無阿弥陀仏

 ☆

その中でおひとり、初めてお目にかかる方がいました。

お話を伺うと、

田舎が〇〇で、菩提寺もお墓も そちらにあるんです。今年はコロナの影響を考えて帰省をやめました。でも、今日はお盆の入りの日だから、お参りをしたくて、お迎えをしたくて。どうしたら、いいですか?

とのことでした。

そのお話をお伺いして、

「あ、そうか! 帰省を控えるということは、お墓参りができないということなんだ。この方と同様に、お参りしたいけどできない方もいるんだ」と思いました。
(その方のお話を伺うまで、そんな当然のことに思いが至りませんでした。申し訳ないことです)

せっかく 訪ねてきてくださったのですから、本堂にあがりませんか?」とお誘いしました。

本堂の阿弥陀さまの前で、お焼香の準備を整えて、「どうぞお参りください」とすすめました。

お焼香して、合掌して目を閉じて、ゆっくりとお参りして・・・

ありがとうございます。お迎えが出来ました」と言って、少し言いにくそうに

あの、16日の朝もお参りさせてもらっていいですか? お送りしたくて」とおっしゃるので、

えぇ、どうぞお参りください」と応えました (^-^)

 ☆

真宗では、迎え火 送り火の習慣はありません。

でも、この夏の暑い盛りの時期にお墓に出かけ、汗をかきながらお墓の掃除をして、お花とお線香をあげて、手を合わせて、先往く人と向き合う。大切な意味があるんだなぁと思います。

お盆という宗教行事は、人間が本能的に動く習慣であり、先往く人との接点となる季節(とき)なのだと感じます。

その方の宗旨はお尋ねしませんでしたが、毎年8月13日にお墓に行ってお参りをし、16日の朝にまたお墓に行ってお別れをされているのでしょうね。

今年お参りできなかったら、きっと、ずっと気になったことと思います。

例年同様、先往く方をお迎えすることができてよかったです。そのご縁の一助になれてよかったです。

暑い日が続きます。

皆様、おからだお大事に(‐人‐)

南無阿弥陀仏

2020年8月12日 (水)

いま、ここ、わたし

今日も暑いですね🌞

朝、6時30分に外掃除に出る段階で、かなりの暑さでした。

昨日は、子どもたちからホースで水をかけられてビショビショになりましたが、

今朝は、吹き出す汗でTシャツもズボンもマスクもビショビショになりました。

元々汗っかきではありますが、ここまで汗が吹き出すことも珍しく、桁外れの暑さを味わいながらの掃除でした。

今朝は、「リンゴ日報」の黎智英氏はじめ、周庭さんらが香港警察から保釈されたことが報じられ、とにかくホッとしました。

黎氏、周庭さんらの身の安全を願わずにいられません。ですが、彼らの身に起きていることは、彼ら自身の問題なのではなく、私自身が、我が身に起こり得ることとして受け止めなければいけないことです。自分の住む国の権力者の動向に関心を持ち、それを支持しようと おかしいと思おうと それは個々の主義主張の話だけれど、民主主義とは何か? 何をするのが民主主義なのか? 平和とはどういう状態を言うのか? 平和のために私は何をすべきか? といったことを、常に考え続けることが大切なことです。黎氏や周庭さんの願いも、そういうところにあるのではないかと思います。

昨日の、重たい気持ちを背負いながら書いた投稿の後、シモーヌ・ヴェイユ(1909年~1943年)という哲学者の言葉に出会いました。

彼女は彼女の両親はユダヤ系です。1932年にドイツではナチスが第一党になっています。ナチスの政策に対する違和や問題点を感じていたことと思います。

『自由と社会的抑圧』(1934年著)
 現代とは、生きる理由を 通常は構成すると考えられているいっさいが消滅し、すべてを問い直す覚悟なくしては、混乱もしくは無自覚に陥るしかない、そういう時代である。権威主義的で国粋主義的な運動が勝利して、およそいたるところで、律儀な人びとが民主主義と平和主義に託した希望がくずれさっているが、これもまた、われわれを苦しめる悪の一部にほかならない。悪は、はるかに深く、はるかに広く根をめぐらせる。(冨原眞弓訳)

まさに、現代社会を言い当てている文章のようにも感じられて、驚きました。

今まで当然と思っていた事柄が、ことごとく崩れ去る世の中にあって、“今までと同じ”を求め続ける者には、現状は混乱を招いています。あるいは、現状に不満や不安を抱く者は、自分の意に反する者への嫌悪感を強く抱き、攻撃的になります。そのことに対する恐怖は、攻撃的になった人間の攻撃性そのものよりも、攻撃的になっていることの無自覚性にあります。“私は正しい”という思いが他者に牙をむくとき、“私”のやっていることに対する疑問や葛藤や逡巡はなく、無自覚です。無自覚の攻撃性・凶暴性ほどやっかいなものはありません。そんな時代は、権力に対する帰依心や、偏狭で根拠のない “日本ってすごいでしょ” “日本人ってすごいよね” という考え方が多数派となり、民主主義って本当はどうあることを言うんだろう? 平和主義って、そうあるために私たちは何をするべきなんだろう? と一所懸命に願い、考え、共にあろうとする人びとを蹂躙し、傷つけていきます。すべての人々とともにありたいという希望を、その“すべて”に入っている者が否定・破壊しているのです。このような現在の人びとの動向が、自身を、すべての人びとを苦しめている悪の根っことなっています。この悪の根っこは、深く、広く張り巡らされています。

そのように読めました。

離れた地、香港の話ではなく、

ナチスがドイツで権力を持っていた頃の話ではありません。

現代(いま)、日本(ここ)、わたしの身に起きている話です。

2020年8月11日 (火)

現在(いま)、世界で起きていること

今日も朝からお暑うございます💦

昨日も暑い一日でしたが、夜寝る前にふと思い、娘に尋ねました。

「ねぇ、今日、外に出た?」

「ううん、出てないよ」(^▽^) (^▽^) という返事💧

う~ん、いくら暑いといっても、境内をひと回りするとか、掃除するとか、ちょっとは外に出すべく声をかけるべきだったと反省。

私は、夕方に植木の剪定をしていたので、そのときに声をかければよかった。

で、今朝は、「ホースを出すから、植木に水をあげてください」と誘って、一緒に外に出ました

朝から暑い暑い💦

子どもたちが水やりをしているとき、私は植木の剪定や本堂の欄干の掃除を。

子どもたちがホースをつかって水やりをしていたのは瞬間で、すぐに水鉄砲を持ってきて水遊びが始まりました。

当然、私も水をかけられ、Tシャツもズボンもビショビショになりました。

グジュグジュのTシャツ・ズボンに気持ち悪さを感じつつも作業を進めていると、恐ろしいことにTシャツもズボンも乾いてしましました‼

なんて暑さでしょう🌞

皆様、おからだお大事に👋

 ☆

昨日、香港のメディア「リンゴ日報」創業者の黎智英氏が、香港警察によって逮捕された。

昨晩寝る前には、民主活動家の周庭氏逮捕のニュースが入ってきた。

ふたり(ふたり以外にも逮捕されている)の逮捕容疑は明らかにされていないが、「国家安全維持法」違反容疑で、外国勢力と結託して国家の安全に危害を加えたことなどとされている。

周庭氏は、「国家安全維持法」制定前に民主派団体を脱退し、活動のツイッターもやめていました。

にもかかわらず、逮捕されました。

ということは、「国家安全維持法」制定前の、過去の行いにさかのぼって容疑がかけられるということです。

気に食わない人間をいくらでも逮捕できることにつながります。

また、メディアに対しても、政府の批判をしてはならないという無言の圧力をかけたことになります。

香港から自由が、民主が、奪われた日。昨晩、想いを巡らせました。

 ☆

島根県内の高校サッカー部で、部員など複数の方が新型コロナウイルスに感染していたことがわかりました。

例によってSNS上で、サッカー部や高校を非難する声、感染者を割り出そうとする動きが出ています。愚かです。

感染者も、高校も、悪くはありません。一日も早い快復を念じています。

これだけSNSを利用した人権無視の行動があからさまになると、規制へ、厳罰化へ、という声が挙がります。

法によって規制され、法によって処罰される。そのことに抑止を期待する。

さて、果たしてそのような国でいいのですか? 

そういうことでもしないと、他者を傷つけるということがやまない生き物ってなんなんですか?
(そういうことをしても、他者を傷つけるわけですが)

他者を傷つける行為に対し、さまざまな法制化がなされてきました。

そのことによって助かった人も、現実にいることと思います。そのことはよかったと思います。

けれど、法が整備されるということは、それだけ私たちの生活が規制だらけになるということです。

蜘蛛の巣の目が徐々に徐々に細かくなっていき、しまいには身動きがとれなくなっていきます。

他者(ひと)を人と見ない態度が広まり、法による支配が強まり、人が人として生きていくことに汲々(きゅうきゅう)とする世の中。

為政者は、社会のため民衆のために法を整備していくわけではありません(と感じます)。

自分たちに都合のいいように、法を整備していきます。

だから、抜け道が用意されていたり、都合の悪い者の動きを封じようとしたりする。

もちろん、私たちの生活のためになっている法律もありますが、本当は法によって縛られるのではなく、自制していくものではないでしょうか。

戦争は、かつては国盗り合戦(陣地の奪い合い)でした。

現代(いま)、戦争を起こすとしたら、なんのためだろう?と考えました。

なおも領土拡大もあるでしょう、権力誇示のためもあるでしょう、悲しいかな宗教の対立もある。

けれど、戦争そのものが目的ではない場合もあるのでは?と考えました。

自分たちに都合のいい法律や憲法やルールを作るために、戦争をちらつかせるという、いち手段としての戦争。

昨日、Eテレの「ハートネットTV 優生思想と向き合う 戦時ドイツと現代の日本」を見ました。

ヒトラーのナチス政権化において、ポーランド侵攻とほぼ時を同じくして、いわゆる「断種法」が制定されました。

障害をもった者は国のためにならないと、障害者を安楽死させる法が制定された。

日本においても、第二次大戦後、過剰な人口増抑制のためと、優良な子孫を残していくことを目的として「優生保護法」が制定されました。

香港の「国家安全維持法」のことを書きましたが、これもまた日本においてはかつて「治安維持法」があり、表現の自由や結社の自由が制限されていた歴史があります。

法は、悪いことをする人間を捕まえたり罰を与えたりするものではなく、時の政府の思惑によって制定される恐ろしい側面があります。

ただし、恐ろしい計画をそのまま表に出しても、民衆の反対を受けます。

あたかも必要なもの、是があるものとして喧伝し、制定してしまいます。

制定されてからは、遅いのです。

過去にさかのぼって逮捕されることも起こり得ます。

理由を付けて安楽死させられることも起こり得ます。

現在(いま)実際に起きていることは、香港での出来事、中国国内における中国共産党の思惑・・・ではありません。

同じ時代(とき)を生きている、同じ大地を生きている、同じ人間の身に起きていることです。

黎智英氏と周庭氏の逮捕の報道を受けて、身の毛がよだつ想いがしています。

2020年8月10日 (月)

終息なき争い

このコロナ禍において、その“しゅうそく(収束・終息)”について書いたことがあります。

新型コロナウイルスが収束に向かっても、このコロナ禍において傷つけ合った人間関係が修復されることはない。

人間と人間が傷つけ合った痛みが消えることはない。そういう意味において、新型コロナウイルスが“終息”することはない、と。

8月6日の広島市 松井一美市長、8月9日の長崎市 田上富久市長の「平和宣言」を読みかえしていて、戦争もまたコロナ同様 “終息” は有り得ないのだな、と感じました。

戦後〇〇年という言い方を、します。

あたかも戦争が終わって〇〇年と言っているように聞こえますが、実は、戦争は終結していないかのようです。

戦争とは、一度始めてしまったら終わりのないもの・・・なのかもしれません。

戦争は、自分の住む国(生まれ育った国)と、敵国との間の争いかもしれませんが、自分の住む国のなかにおいても、戦争に賛同しない態度をとったり、戦争を否定する態度をとったりすれば、「非国民」と言われて攻撃を受けました。

それが、終戦(と言われるとき)を境に、180度変わったという話を、戦争を経験した人たちから聞きました。

戦争賛美していた上官が、近所の誰々が、終戦と共に国に文句を言い出した、「私は戦争反対だったんだ」と言い出した、と。

終戦を迎えても、攻撃を受けた人のこころに刻まれた痛みや悲しみは消えません。

攻撃した方の人(他者を責めた方の人)、戦争が終わった途端に戦争賛美から戦争否定に変わったような人は、他者を責めた痛みの記憶もないのかもしれませんが。

国と国との関係においても、戦争の事実を良くも悪くも引き合いにだして、政治利用することが現代(いま)もなお続いています。

そういう意味では、戦争の延長線上に国際関係があるのは、消せぬ事実です。

軍事産業は、お金を生み出します。それゆえに、政治を司るヒトたちは、そこから手を引くことができません、手を引こうとしません。

自分が生まれ育った国以外の人びとへの差別意識も、戦争に根源がある側面もあります。

戦争も、新型コロナウイルスだって、人間が生きているなかで生じたもの。

人間が生じさせたもののなかで、さらに人と人とが傷つけ合う。

その、傷つけ合った歴史の延長線上を生き、さらに傷つけ合っている、傷つけ合おうとしている。

目に見えぬ形での争いが収まっている“収束”はあり得るけれど、こころのなかに傷は残り、水面下での駆け引きは続き、あわよくばまた争ってでも・・・と考えるヒトがいて、戦争は終息していません。

新型コロナウイルスが、やがて収束しても、今、人と人とが傷つけ合っている現実は、終息することはない。

そのことを、戦争が教えてくれている。

 ☆

今日(2020年8月10日)と来週月曜日(8月17日)、Eテレで放送の「ハートネットTV」は、「優生思想と向き合う 戦時ドイツと現代の日本」が放送されます(午後8時~8時30分)。

2020年8月 9日 (日)

“当事者”として連帯する

1945年8月9日 午前11時2分 長崎市に原爆が投下される。

原爆の投下が、第二次世界大戦の終結に結びついたのだから、原爆投下は必要なことだったんだ、という論調がある。

原爆の投下と、戦争の終結は関係がない。

“関係がない”というのは言い過ぎかもしれないが、そこを結びつけて考えることは、原爆の肯定であり、戦争が起きた原因・理由・背景というものを薄めさせれしまう。

戦争が起きなければ、戦争において死なずに済んだ多くのいのちがある。原爆投下・爆発による被ばくで苦しまなくても済んだ人びとがいる。

戦争が起きるということは(戦争を起こすということは)、傷つけ合い、殺し合いする必要のない いのちどうしが、いのちを奪い合うことになる。

戦争は、負けた方が傷つくのみならず、勝った方もまた苦しみを背負う。

「原爆落下によって戦争の終結が早まり、もし戦争が続いていた場合に亡くなったであろう人びとのいのちが救われた」と言っているうちは、忘れてはいけないこと、目を逸らしてはいけないことを避けることとなる。

戦後75年というが、私たちは、忘れてはいけないことを忘れ、目を逸らすべきでないことから目を逸らし続けている。

戦争の果てに、平和は訪れない。

戦争を大前提にして、政策を考えてないけない。

この国の首相は、核廃絶について語らず、敵基地攻撃能力保有に関しては否定しない。そのことは、現在の日本政府のスタンスを表わしている。私たちの未来を表わしている。

2020年8月9日(日)長崎市 田上富久市長「長崎平和宣言」

 私たちのまちに原子爆弾が襲いかかったあの日から、ちょうど75年。4分の3世紀がたった今も、私たちは「核兵器のある世界」に暮らしています。
 どうして私たち人間は、核兵器を未(いま)だになくすことができないでいるのでしょうか。人の命を無残に奪い、人間らしく死ぬことも許さず、放射能による苦しみを一生涯背負わせ続ける、このむごい兵器を捨て去ることができないのでしょうか。

 75年前の8月9日、原爆によって妻子を亡くし、その悲しみと平和への思いを音楽を通じて伝え続けた作曲家・木野普見雄さんは、手記にこう綴(つづ)っています。

 私の胸深く刻みつけられたあの日の原子雲の赤黒い拡(ひろ)がりの下に繰り展(ひろ)げられた惨劇、ベロベロに焼けただれた火達磨(ひだるま)の形相や、炭素のように黒焦げとなり、丸太のようにゴロゴロと瓦礫(がれき)の中に転がっていた数知れぬ屍体(したい)、髪はじりじりに焼け、うつろな瞳でさまよう女、そうした様々な幻影は、毎年めぐりくる八月九日ともなれば生々しく脳裡(のうり)に蘇(よみがえ)ってくる。

 被爆者は、この地獄のような体験を、二度とほかの誰にもさせてはならないと、必死で原子雲の下で何があったのかを伝えてきました。しかし、核兵器の本当の恐ろしさはまだ十分に世界に伝わってはいません。新型コロナウイルス感染症が自分の周囲で広がり始めるまで、私たちがその怖さに気づかなかったように、もし核兵器が使われてしまうまで、人類がその脅威に気づかなかったとしたら、取り返しのつかないことになってしまいます。

 今年は、核不拡散条約(NPT)の発効から50年の節目にあたります。この条約は、「核保有国をこれ以上増やさないこと」「核軍縮に誠実に努力すること」を約束した、人類にとってとても大切な取り決めです。しかしここ数年、中距離核戦力(INF)全廃条約を破棄してしまうなど、核保有国の間に核軍縮のための約束を反故(ほご)にする動きが強まっています。それだけでなく、新しい高性能の核兵器や、使いやすい小型核兵器の開発と配備も進められています。その結果、核兵器が使用される脅威が現実のものとなっているのです。
“残り100秒”。地球滅亡までの時間を示す「終末時計」が今年、これまでで最短の時間を指していることが、こうした危機を象徴しています。

 3年前に国連で採択された核兵器禁止条約は「核兵器をなくすべきだ」という人類の意思を明確にした条約です。核保有国や核の傘の下にいる国々の中には、この条約をつくるのはまだ早すぎるという声があります。そうではありません。核軍縮があまりにも遅すぎるのです。

 被爆から75年、国連創設から75年という節目を迎えた今こそ、核兵器廃絶は、人類が自らに課した約束“国連総会決議 第一号”であることを、私たちは思い出すべきです。

 昨年、長崎を訪問されたローマ教皇は、二つの“鍵”となる言葉を述べられました。
一つは「核兵器から解放された平和な世界を実現するためには、すべての人の参加が必要です」という言葉。
もう一つは「今、拡大しつつある相互不信の流れを壊さなくてはなりません」という言葉です。

 世界の皆さんに呼びかけます。

 平和のために私たちが参加する方法は無数にあります。

 今年、新型コロナウイルスに挑み続ける医療関係者に、多くの人が拍手を送りました。被爆から75年がたつ今日まで、体と心の痛みに耐えながら、つらい体験を語り、世界の人たちのために警告を発し続けてきた被爆者に、同じように、心からの敬意と感謝を込めて拍手を送りましょう。

 この拍手を送るという、わずか10秒ほどの行為によっても平和の輪は広がります。今日、大テントの中に掲げられている高校生たちの書にも、平和への願いが表現されています。折り鶴を折るという小さな行為で、平和への思いを伝えることもできます。確信を持って、たゆむことなく、「平和の文化」を市民社会に根づかせていきましょう。

 若い世代の皆さん。新型コロナウイルス感染症、地球温暖化、核兵器の問題に共通するのは、地球に住む私たちみんなが“当事者”だということです。あなたが住む未来の地球に核兵器は必要ですか。核兵器のない世界へと続く道を共に切り開き、そして一緒に歩んでいきましょう。

 世界各国の指導者に訴えます。

 「相互不信」の流れを壊し、対話による「信頼」の構築をめざしてください。

 今こそ、「分断」ではなく「連帯」に向けた行動を選択してください。来年開かれる予定のNPT再検討会議で、核超大国である米ロの核兵器削減など、実効性のある核軍縮の道筋を示すことを求めます。

 日本政府と国会議員に訴えます。

 核兵器の怖さを体験した国として、一日も早く核兵器禁止条約の署名・批准を実現するとともに、北東アジア非核兵器地帯の構築を検討してください。「戦争をしない」という決意を込めた日本国憲法の平和の理念を永久に堅持してください。

 そして、今なお原爆の後障害に苦しむ被爆者のさらなる援護の充実とともに、未だ被爆者と認められていない被爆体験者に対する救済を求めます。

 東日本大震災から9年が経過しました。長崎は放射能の脅威を体験したまちとして、復興に向け奮闘されている福島の皆さんを応援します。

 新型コロナウイルスのために、心ならずも今日この式典に参列できなかった皆様とともに、原子爆弾で亡くなられた方々に心から追悼の意を捧げ、長崎は、広島、沖縄、そして戦争で多くの命を失った体験を持つまちや平和を求めるすべての人々と連帯して、核兵器廃絶と恒久平和の実現に力を尽くし続けることを、ここに宣言します。

 2020年(令和2年)8月9日 長崎市長 田上富久

2020年8月 8日 (土)

朝飯前♪ 朝飯前♪

外山滋比古先生の『思考の整理学』を読み返していて・・・


人間は、いつの頃からか夜行性になってしまった。夜の信仰とも言うべきものをつくりあげてしまった。勉強は夜でなくてはできないと思い込んでいる。
夜考えることと、朝考えることとは、同じ人間でも、かなり違っているのではないか。
夜、寝る前に書いた手紙を、朝、目をさましてから読み返してみると、どうしてこんなことを書いてしまったのか、とわれながら不思議である。

旨書かれています(「朝飯前」のエッセイ)。

私も中学生の頃からずっと夜型でした。中学・高校・大学の学び(予習・復習)も夜。寺に入ってからの聴聞の復習や法話の組み立て、原稿執筆も夜。寺報作りも夜(今まで作った寺報の9割以上が夜中に書いたものです)。9年間の教導時代も、法話・資料作り等々、ほとんど夜の仕事。
一日の睡眠時間が4時間くらいでも平気でした。効率も悪くないし、内容も悪くない。
けれど、40歳を超え、半ばを過ぎてからは、完全に仕事の効率も落ち、完成度も低く、何よりも睡魔に襲われる。あぁ、これが年を取るということか、と思った。
「夜の信仰」信者だったので、“夜こそ仕事の時間”と心身共に思い込んでいるので、40歳を超えて効率が落ちたからといって、簡単に昼型には変えられません(昼は昼でやることがあるので、机上での学びや仕事は夜に行ってしまうのです)。
50歳手前にして、さすがに睡眠時間を優先するようになりました。からだは正直です。

で、外山先生も夜の信者でしたが、夜中にうまく行かなかった仕事が、朝起きて挑んでみると、するすると片付いてしまった。そんなことが続いて、やがて朝の頭の能率のよさに目覚め、夜型の生活を朝型に切り替えられたそうです。

「朝飯前」という言葉を引用して、次のように解釈されています。

 “朝飯前”ということばがある。手もとの辞書をひくと、「朝の食事をする前。『そんな事は朝飯前だ』〔=朝食前にも出来るほど、簡単だ〕」(『新明解国語辞典』)とある。いまの用法はこの通りだろうが、もとは少し違っていたのではないか、と疑い出した。
 簡単なことだから、朝飯前なのではなく、朝の食事の前にするために、本来は、決して簡単でもないことが、さっさとできてしまい、いかにも簡単そうに見える。知らない人間が、それを朝飯前と呼んだというのではあるまいか。どんなことでも、朝飯前にすれば、さっさと片付く。朝の頭はそれだけ能率がいい。

という、疑問から生じて自分の中での論理を導き出し、朝型の生活に転換された外山先生。

そこから面白いのは、普段の朝ごはんの時間前では、朝早く起きなければならない。けれど、そんなに早くは起きられない。

ということで、いわゆる朝ごはんを抜いて朝昼兼用にしたこと。

ブレックファスト(朝食)とランチ(昼食)がくっついて“ブランチ”(昼食兼用の遅い朝食)という言葉があるのだから、そもそも異常なことではないと解説しています。

そうして、昼食までの時間を、“朝飯前”の時間として、朝起きてから仕事・勉強の時間に充てられました。

さらに面白いのは、一日中自由になる日は、昼食をとったら、布団を敷いて本格的に寝るようにしたとのこと。

午後の3時頃に目が覚めれば、そこからまた夕方6時か7時頃の夕食の時間まで、午後の“朝飯前”の時間ができるわけだ‼

仕事をするのに能率的な“朝飯前”が、一日の二度もできた!と書かれています。

とても魅力的な一日の過ごし方です(^-^)

ここ数年、残業をするのではなく、朝早い時間(電車が混む前)に出社して、始業時間前にメールチェックや資料作りなどの仕事をしてしまう人が増えたと聞きました。

そういえば、仕事のできるパパ友たちからは、早い時間に出社している話を聞きます。

夜型ではなく、朝飯前型。

能率・効率ということを考えたとき、必然的に導き出される時間の過ごし方ですね。

私も、数日前の朝5時40分の救急車・消防車騒ぎで早起きして以降、起床時間を少し早くしているのですが、私の場合は、朝の掃除からルーティンが始まるので、仕事・勉強には充てられません。でも、朝飯前に掃除はほぼ終わります。あ、この過ごし方いいなぁと感じています。

夏、体力温存のためには睡眠時間の確保も大切です。

生活のリズムを考えてみてはいかがでしょうか。

2020年8月 7日 (金)

外山滋比古先生ありがとうございます

今日も暑いですね🌞

妻が、お座敷のレースカーテンを全部洗濯していました。真夏の恒例行事です。

洗濯してレールにかけなおしたカーテン、開けてる窓から入ってくる風になびくカーテン。ほのかな洗剤の薫り。

夏の暑さと風で、レースカーテンは瞬く間に乾いてゆきます。

2020年7月30日 外山滋比古(とやま・しげひこ)先生が亡くなりました。

『思考の整理学』(ちくま文庫)からご教授いただいていました。

 ☆

学校で学ぶ生徒を、グライダーと飛行機に例えられた文章が、『思考の整理学』に書かれています。

グライダーは、飛ぶ姿は優雅で美しい。けれど、悲しいかな、自力で飛ぶことができない。
学校は、グライダー人間の訓練所となっている。
学校は、自力で飛び回れる飛行機はつくらない。
勝手に飛び回る飛行機ではなく、教えられるままについて行く従順さを求めて、教育がなされてきた。
優等生と呼ばれる生徒は、グライダーとしての成績が優秀ではあるけれど、自分の好きなように論文を書きなさい、となると途方に暮れてしまう。
言われた通りのことをするのは得意だけれど、自分で考えてテーマを持てと言われることを苦手とする。

と、指摘されています。そして、

こどもというものは実に創造的で、詩人であり、小発明家である。

ところが、学校で知識を与えられるにつれて、散文的になり、人まねがうまくなる。

人間には、グライダー能力と飛行機能力とがある。

受動的に知識を得るのが前者、自分でものごとを発見、発明するのが後者である。

両者は、ひとりの人間の中に同居している。

グライダー能力をまったく欠いていては、基本的知識すら習得できない。

何も知らないで、独力で飛ぼうとすれば、どんな事故になるかわからない。

しかし、現実には、グライダー能力が圧倒的で、飛行能力はまるでなし、という“優秀な”人間がたくさんいることもたしかで、しかも、そういう人も“翔べる”という評価を受けているのである。

学校はグライダー人間をつくるには適しているが、飛行機人間を育てる努力はほんのすこししかしていない。

学校教育が整備されてきたということは、ますますグライダー人間をふやす結果になった。

お互いに似たようなグライダー人間になると、グライダーの欠点を忘れてしまう。

知的、知的と言っていれば、翔んでいるように錯覚する。

と、教育の現場の現状を(人間自身を、かな)嘆かれています。

『思考の整理学』は、1986年4月24日に第一刷が発行されています。

34年前には既に、上記のようなことを感じていたのですね。

似たような人間ばかりになれば、そのなかの欠点を、欠点とすら感じない。欠点が普遍性を持ち、おかしい点を当たり前のこととしてしまう。

現代(いま)の様相・雰囲気が、言い当てられています。

思考がきちんきちんと整理されていく、という指南書ではなく、思考を重ねることをとおして、新しい発見や気づきがあり、思考と発見・気づきが合わさって発酵して、あらたな思考が生み出されてゆく。そんな、人間が本来持っている思考の柔軟性を、外山滋比古先生自身の体験・実感をとおして綴られている書『思考の整理学』です。本棚にいつまでも並ぶ書だと思います。

2020年8月 6日 (木)

連帯

暑いですね🌞

朝起きて、カーテンを開けたとき、もう既に殺人的な陽射しが飛び込んできました。

掃除のため外に出ると、このステイホーム期間中に知り合ったバングラデシュ人の彼と出会い、挨拶を交わす。

出会いとは、不思議な縁だなぁと想います。

相手がどこの国の人であろうと、個人と個人として出会うと、挨拶や会話を交わせます。

けれど、組織と組織、国と国のように、規模が大きくなると、いがみ合い、駆け引きをし、貶め、争うということにつながります。

当然、個人と個人の関係においても争いは起こり得ますが、より冷静であらねばならない国どうしが、武力や核兵器をちらつかせてけん制し合っているのですから、よりたちが悪いです。

物事はつながっていて、戦争は戦争だけのこと、感染症は感染症のこと、だけでは収まりません。

新型コロナウイルス感染症のワクチンや特効薬ができた際、全世界中の為に使うと決断するのか、権力争いの強力なカードとして使うのか。

国と国との枠組みを超えて、全人類、すべての生きとし生けるもののことを視野に入れて考えなければ、結果、自分のため(自国のため)と思っていても、その自分(自国)すら生命として危うくなることでしょう。

2020年、私たちが今、肌で感じている陽射しの暑さだけでも、厳しいものです。

75年前、照り付ける陽射しの暑さとは別の、原爆による火傷(やけど)の熱さや痛みに苦しみながら、のどの渇きから人々は水を求めました。

また、繰り返していいのでしょうか。

核爆弾のボタンが押されてからでは、もう遅いのです。

1945年8月6日 午前8時15分 広島市に原爆が投下される。

2020年8月6日 広島市 松井一実市長 「広島平和宣言」

 1945年8月6日、広島は一発の原子爆弾により破壊し尽くされ、「75年間は草木も生えぬ」と言われました。しかし広島は今、復興を遂げて、世界中から多くの人々が訪れる平和を象徴する都市になっています。


 今、私たちは、新型コロナウイルスという人類に対する新たな脅威に立ち向かい、踠(もが)いていますが、この脅威は、悲惨な過去の経験を反面教師にすることで乗り越えられるのではないでしょうか。
 およそ100年前に流行したスペイン風邪は、第一次世界大戦中で敵対する国家間での「連帯」が叶(かな)わなかったため、数千万人の犠牲者を出し、世界中を恐怖に陥(おとしい)れました。その後、国家主義の台頭もあって、第二次世界大戦へと突入し、原爆投下へと繫(つな)がりました。
 こうした過去の苦い経験を決して繰り返してはなりません。そのために、私たち市民社会は、自国第一主義に拠(よ)ることなく、「連帯」して脅威に立ち向かわなければなりません。
 原爆投下の翌日、「橋の上にはズラリと負傷した人や既に息の絶えている多くの被災者が横たわっていた。大半が火傷(やけど)で、皮膚が垂れ下がっていた。『水をくれ、水をくれ』と多くの人が水を求めていた」という惨状を体験し、「自分のこと、あるいは自国のことばかり考えるから争いになるのです」という当時13歳であった男性の訴え。

 昨年11月、被爆地を訪れ、「思い出し、ともに歩み、守る。この三つは倫理的命令です」と発信されたローマ教皇の力強いメッセージ。そして、国連難民高等弁務官として、難民対策に情熱を注がれた緒方貞子氏の「大切なのは苦しむ人々の命を救うこと。自分だけの平和はありえない。世界はつながっているのだから」という実体験からの言葉。これらの言葉は、人類の脅威に対しては、悲惨な過去を繰り返さないように「連帯」して立ち向かうべきであることを示唆しています。
 今の広島があるのは、私たちの先人が互いを思いやり、「連帯」して苦難に立ち向かった成果です。実際、平和記念資料館を訪れた海外の方々から「自分たちのこととして悲劇について学んだ」、「人類の未来のための教訓だ」という声も寄せられる中、これからの広島は、世界中の人々が核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向けて「連帯」することを市民社会の総意にしていく責務があると考えます。

 ところで、国連に目を向けてみると、50年前に制定されたNPT(核兵器不拡散条約)と、3年前に成立した核兵器禁止条約は、ともに核兵器廃絶に不可欠な条約であり、次世代に確実に「継続」すべき枠組みであるにもかかわらず、その動向が不透明となっています。世界の指導者は、今こそ、この枠組みを有効に機能させるための決意を固めるべきではないでしょうか。
 そのために広島を訪れ、被爆の実相を深く理解されることを強く求めます。その上で、NPT再検討会議において、NPTで定められた核軍縮を誠実に交渉する義務を踏まえつつ、建設的対話を「継続」し、核兵器に頼らない安全保障体制の構築に向け、全力を尽くしていただきたい。
 日本政府には、核保有国と非核保有国の橋渡し役をしっかりと果たすためにも、核兵器禁止条約への署名・批准を求める被爆者の思いを誠実に受け止めて同条約の締約国になり、唯一の戦争被爆国として、世界中の人々が被爆地ヒロシマの心に共感し「連帯」するよう訴えていただきたい。また、平均年齢が83歳を超えた被爆者を始め、心身に悪影響を及ぼす放射線により生活面で様々な苦しみを抱える多くの人々の苦悩に寄り添い、その支援策を充実するとともに、「黒い雨降雨地域」の拡大に向けた政治判断を、改めて強く求めます。
 本日、被爆75周年の平和記念式典に当たり、原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げるとともに、核兵器廃絶とその先にある世界恒久平和の実現に向け、被爆地長崎、そして思いを同じくする世界の人々と共に力を尽くすことを誓います。
令和2年(2020年)8月6日
広島市長 松井一実

2020年8月 5日 (水)

聞くべきこと

今日もお暑うございます。

「コロナ罹患者に対する差別が酷いですね。病気は、誰もがかかる可能性があるのに。」ということを、このブログで常々書いてきました。

今朝もテレビで、コロナ罹患者に対する差別を取り上げていました。

見ていてつらかったです。

アンケートで、「新型コロナウイルスに感染したら、それは本人が悪いと思う」と答える人が、諸外国に比べ、日本はダントツに多いそうです。

数日前、ニュースで、夏休みの旅行に出かける家族にインタビューしているシーンがありました。

そのご家族のお子さんが、「コロナにかからないように気をつけたいと思います」と答えていました。

あぁ、親がそういう会話をしているんだなぁと思いました。

かからないように気をつけることも当然ですが、自分が罹患していて、他者(ひと)にうつす場合だってありうるわけです。

でも、自分たちの立場は、感染していない人、罹患していない人、です。

つまり、うつす立場に身を置かず、うつされる立場にだけ身をおいているわけです。

「(病気を)うつされないように、(病気に)かからないように、気をつけようね」とだけ親から言われていれば、

子どもは当然「かからないように気をつけたいです」と答えます。

コロナの件に限らず、自分は被害を被る方、自分が他者に被害を与えることはない、ということが根付いているので、

日本人は、「新型コロナウイルスに感染したら、それは本人が悪い」と思うのでしょうね。

その考え方が蔓延した世の中では、他者(ひと)への思い遣りも欠如します、自分自身が病気になるという想像力も欠如します。

だから、何かあったときに、「どうして私ばっかりこんな目に遭うんだ」という発想になります。

誰もが、こんな目に遭うかもしれないし、遭わないかもしれない。そういう縁を生きています。

滋賀のお寺さんから寺報が届きました。

住職が、「このコロナ禍において、不安はなくならないものです」ということを、どこかで一筆書いたら、「厳しすぎる」「優しい言葉が欲しいです」という意見が届いたそうです。

この住職は、優しさで現状をごまかすのではなく、現状にきちんと向き合う中で生きていくしかない、生きていきましょう!という想いを綴られたのだと察します。

現代は、優しい言葉、厳しくない言葉、不安にさせない言葉が溢れています。

どうやらそれに慣れすぎてしまったようです。

耳を傾けるべきこと、しっかり聞くべきことを聞く体力がなくなっています。

自分の意に沿わない人に対する憎悪は強力です。

結果、コロナに感染するような奴は、自分が悪い!自分のせいだ!ふざけるな!俺にうつすな! という、正義という名の“自己の思い”に覆いつくされ、実は自分で自分を傷つけています。そんなことに、気づくことなく。

安田理深先生の言葉を思い出しました。

私たちはもっともっと悩まねばなりません。

人類のさまざまな問題が私たちに圧(の)しかかってきているのです。

安っぽい喜びと安心にひたるような信仰に逃避していることは出来ません。

むしろ そういう安っぽい信仰を打ち破っていくのが浄土真宗です。

南無阿弥陀仏                     

 

 

2020年8月 4日 (火)

冷静に、生きましょう

こんばんは

今日はとても暑い一日でしたね。

7月、ずっと雨が降っていたため、境内の地面が苔むしていました。

かなりの量の雨水がしみ込んだのに、8月に入ってからの暑さで、境内の地面はカラカラに干上がってしまいました💦

掃除といっても、乾いてめくれ上がった土を集めている状態です。

今朝は、消防車と救急車のサイレンで目覚めました。

ちょうど夢を見ていたのですが、夢の中で消防車と救急車がサイレンがけたたましくなり始めて、ぼんやり目覚めて窓の外を見たら、寺の前に実際に消防車と救急車が停まっていました😲

時計を見ると、午前5時40分⏰ 寝てしまうより・・・起きちゃえ!って、起きました。

いつもより早い時間から掃除して、いつもより広い範囲を掃除して、汗びっしょりかいて屋内へ。

朝食食べて、いつも通りの仕事して・・・

お昼ごはん食べて、テレビ見て、午後の仕事をしようと机に向かったらフラフラしてきました。

いつもより早く起きて、暑くて、汗かいて、お朝事で大きい声出して、思い返してみればコーヒーばかり飲んで・・・

う~ん、脱水症状だったのかもしれません🌞

水分とって、少し横になって、なんとか快復しました。

皆様もお気を付けください👋

 ☆

お昼ご飯を食べた後のことです。

テレビを見ていたら、ちょうど大阪府の吉村知事の会見が始まりました。

そしたら、「ポピドンヨードがコロナに効果がある」って言っちゃったじゃないですか‼

一緒にテレビを見ていた妻と、

(私)「あ~ぁ、言っちゃったね」

(妻)「うん、言っちゃったねぇ。イソジン売り切れちゃうねぇ」

(私)「そだね」

なんて会話をしていました。

で、その後で横になって、快復した後、夕刻に出かける用事があったので、出かけました。

好奇心から、通りすがりのドラッグストアへ入ってみました。

そしたら入口に「ポピドンヨードのうがい薬は売り切れました」と書いた紙が貼ってありました‼ (*_*)

言ったら売り切れるって、かつての みのもんたさんの昼の番組みたいだなと思いました。

人間は、かくも滑稽で、かくも愚かで、かくも愛おしい。

(付記)

ちなみに、イソジンは医薬品なので、転売すると薬事法違反で、売った方も、もしかしたら買った方も処罰されます。

転売や買い占めはダメですよ🙅

2020年8月 3日 (月)

中心地から遠く離れた場所で、文化は生き残る

「東京新聞」〔2020年8月1日(土)朝刊〕 コラム「筆洗」

解説書を手に挑戦した覚えがあるが、難しかったこと以外に思い出せない。西田幾多郎の哲学は、日本の思想の中でも難解な部類に属しているだろう。台湾の李登輝元総統はこれに心酔し、深く理解していただけではない。政治家として出処進退が問われる場面で西田哲学をよりどころにしたのだと語っている▼〈松島や 光と影の 眩(まぶ)しかり〉。10年あまり前、松尾芭蕉ゆかりの松島を訪ねた際の句である。芭蕉が松島で句作していないことに触れて、「私は詠んだ」と周囲を笑わせていた。しみこんだ日本の思想や詩情は日本びいきの域をはるかに超えている。日本人以上とも思わせた人だ▼日本の統治下に生まれ、日本の教育を受けて育った。戦後、台湾の民主化の尽くすことになるが、新渡戸稲造の『武士道』の精神や夏目漱石の「則天去私」の思想などが血肉として生きたと語っている▼明治、大正生まれの日本のエリートとはこのようであったかとも思わせた。最後のエリートであったかもしれない。97歳で、亡くなった▼中心地から遠く離れた場所で、文化は生き残ることがあるだろう。戦前の日本の価値に対して、否定や批判の波が及ばなかった台湾から、日本をずっと見詰めてきた▼何を捨て、何を変えてきたのか。戦後の日本にとっては、鏡のように思えた人でもある。喪失の思いは、台湾だけではないだろう。

2020年7月30日 台湾の元総統 李登輝氏が亡くなられました。

「親日家として知られている」ことを、各メディアは付しています。けれど、日本の統治下にあった、あるいは日本に限らず、どこどこの国の統治下にあったということは、その統治時代と統治後時代で、まるで別の国に生きているような感覚もあったことと思います。複雑な思い、揺れる思いを抱きながらも、学んだ事柄のなかの真髄に触れ、よりどころとし、生き抜かれた姿を示された方のように感じます。

コラム中の「中心地から遠く離れた場所で、文化は生き残ることがあるだろう。」という一文を読んで、思い返されたことがあります。

1997年9月8・9日 和田稠(わだ・しげし)先生の講義にて(先生81歳のときのお話、かな)

「東本願寺のハワイ別院で、ハワイアン(ハワイ先住民族)の方々にお話をしてきました。通訳の方を通しての話になるのですが、私が日本語で日本の人にお話をしているときよりも、ハワイアンの方々に私の話がすっとしみ込んで行くのを感じました。あぁ、ハワイに真宗門徒が残っている!ということを感じました。ここで、本当の真宗門徒に出遇えるんじゃないかなぁという気がしました。
ハワイに行ったらハワイのことが分かるのではななく、日本のことが見えてきました。同様に、真宗のなかにいたら、真宗がわかるようになるのではなく、真宗がわからなくなっていきます。真宗は聞法会や学習会が多く開かれますが、家が代々真宗だからという真宗門徒だけが集まって有り難がっているだけじゃないかなぁ。
親鸞聖人の教えは、日本人だけのもの、真宗門徒だけのものではない。一切の生きとし生けるもののためのものです」
(私のノートより。一言一句正確に先生の言葉というわけではありません)

和田先生のお話を聞いていて、思いました。
「こうやって机上の勉強しているけれど、それでは得られないことがある。でも、私たち(日本人)はそのことに気づいていなくて、懸命に懸命に、自分の知識のための学びをしている。そういう人に向かってお話をしていても、“あぁ、今、この人たちに、私が話していること、つまり親鸞聖人の教えが伝わっている”という感覚はないのだろうなぁ」と。

「ハワイアンの人びとに教えがしみ込んでいると感じました」言われたとき、先生がとても嬉しそうな顔になったことを覚えています。

親鸞聖人の教えが、時代を経て、場所を変えて、しっかりと伝わっている。親鸞聖人がここにいる!と感じられたのだと思いました。

教えは、言葉は、生き物です。形(言語)を変えて遺ります。伝わっているのであれば、場所が変わるのも当然です。

考えてもみれば、インド・ネパールから始まったゴータマ・シッダールタの教えが、現代ではインドよりも日本において色濃く残っています。

中心地から遠く離れた場所で、文化は生き残る

けれど、発祥の地から文化や思想が失われている、ということでもある。

外国の方を「日本人以上の日本人」という形容をすることがある。その方に対する敬意として、そのように表現するのだろうけど、日本人自身が日本人として大事なことを見失っていませんか?という意味も含まれているように感じます(「日本が優れている」とか「日本人は素晴らしい」などということではなくて)。

「だから〇〇人は」という言い方をしますが、どこに立ってそう言ってるのだろう? と思います。

自分の立脚地を見失って、他者(ひと)に文句を言っていないだろうか。

よりどころとなる大地は、時代を経たところ、遠く離れたところにあるのかもしれない。

2020年8月 2日 (日)

特定の誰かに対して「かわいそうだから」という見方は、慈悲とは言わない。

「東京新聞」〔2020年7月31日(金)〕 「本音のコラム」より

慈悲という名の殺人 北丸雄二(ジャーナリスト)

 京都のALS患者嘱託殺人は「切腹の苦しみを救う介錯(かいしゃく)の美徳」だと元都知事がツイートしました。ALSを「豪病(ごうびょう)」と呼ぶなど、ナチスの「慈悲死(Gnadentod)」と通じる短絡でしょう。
 慈悲死政策は心身障害のある少年の父親がヒトラーに息子の殺害を訴えたことで始まります。それはやがて狂気のホロコーストにまで発展する。六百万ユダヤ人の殺戮(さつりく)のリハーサルとして、まず「不治の病者」たちの大量殺害があったのです。
 「かわいそうだから殺してやる」対象は、精神病や遺伝病者からやがて「生産性のない」労働不適格者、路上生活者、同性愛者らに拡大します。処分場と呼ばれた毒ガス施設で処分された人は終戦までに二十万人を超え、次に不要・不浄な人種や思想の抹殺にまで進みますー人間の愚かさとはそういうものです。
 元都知事のみならず、今回の嘱託殺人が「なぜ悪いのかわからない」とする声があります。反ナチス運動家のドイツの牧師の言葉が残っています。
 「ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった/私は共産主義者ではなかったから」で始まる詩は、様々な人々が排除された時に自分は彼らとは違うからとタカを括(くく)っていたことを悔やみます。なぜなら「彼らが私を攻撃したとき/私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった」からでした。

ALS患者の嘱託殺人事件の後、上記の元都知事の発言があった。ここに書くこともためらわれる内容だったが、彼の差別的思想・優生的思想を背景とした発言は、今までも度々なされてきた。今更驚きもしないが、そのような思想の持ち主が4期にわたり東京都知事を勤めた(4期目は途中で都知事を辞し、国政に向かう)、つまり、選挙に当選してきたことが、今もって驚かされる。

病を持つ当人にしかわからない苦痛は、たしかにある。けれど、そこで当人以外の人が、「耐え難い苦しみを感じているのだから、本人が死を望むならそれに応えるべきだ」と言うのは、それは理解者でも優しさでもないと思う。

医療・医学・介護の現場の進歩により、いろいろな選択肢があると思う。法整備が進めば、本来はそのような呼び名がありもしない、安楽死・尊厳死ということも、世間の常識になる日が来るのかもしれない。

そのような日(じだい)とは、どのような人間関係が築かれる世の中なのだろう。

北丸雄二さんのコラムにあるように、ひとりの少年への慈悲死政策が、やがてユダヤ人の殺戮へとつながってゆきます。

ひとつ 事がなされると、次々に事が進むことがあります。

事柄によっては良いこともありますが、事柄によっては殺戮へとつながる恐怖もあります。

ある一人の人(あるいは少数の人)がクローズアップされて、安楽死・尊厳死を!という議論が起きて、議論を尽くして、結果、事がなされた後、

果たして同様に議論が尽くされるだろうか。徐々に世間の関心が薄れていき、誰も知ることなく、慈悲の名のもとに、安楽死・尊厳死がなされていくのではないでしょうか。

脳死判定についても、あれだけ注目されて報道でも取り上げられていたのに、最近はあまり耳にしません。

自分に関係ない話の時は、結局のところ、安楽死・尊厳死や脳死移植に賛同しようが否定しようが、他人事になってしまいます。

けれど、自分に関係ある話になったときには、時すでに遅し、なのかもしれません。

当事者とそうでない者との間の壁自体は、取り払うことができません。

けれど、「自分には関係ないこと」「(病を抱えて)大変な人もいるんだね」というところで立ち止まるのではなく、思いを馳せる、考える、感じる、何かを感じたなら言葉に出す、誰かと話し合う・・・そういう経過・経緯・経験は大切なことだと思います。

ドイツの牧師の詩の一節が紹介されています。

自分が当事者となって声をあげたとき、助けてくれる人も賛同者もいないということはあり得る話です。

けれど、助けてくれる人や賛同者の確保のために、普段から声をあげるわけではありません。

それでは、自分さえよければいい、ということです。

誰もが病を抱えるし、マイノリティ(少数者)に位置することもある。

人間を見つめると、

こういう人がいて、他にああいう人がいて・・・と、いくつかに分類できるわけではなく、

こういうふうにもなるし、ああいうふうにもなる。

それは、誰もがみんな一緒。

そういうことが、見えてくる。

誰もが皆当事者。

そこから、あらためて考えてみたい。

南無阿弥陀仏

2020年8月 1日 (土)

2020年8月のことば

2020年も8月を迎えました。
「令和2年7月豪雨」はじめ、各地の豪雨で被災された皆様にお見舞い申し上げます。
被災地の一日も早い復旧を念じております。また、体調を崩しやすい折り、被災された皆様も、ボランティア活動をされている皆様も、おからだお大事にお過ごしください。

7月、東京で雨が降らなかったのは19日だけと聞きました。7月中に梅雨が明けることもなく、ジメジメした日々を過ごしていました。お座敷の畳にカビが生えないように換気したり、扇風機回したりしていました。
なんて7月が嘘のように、8月1日はとても暑い日を迎えました。洗濯日和でした。
とはいえ、コロナ禍のため喜んでばかりもいられません。母(長崎)も妻(秋田)も、今年の帰省は諦めています。子どもたちも、今年の夏休みはどこにもいけないことを、頭では理解しているのですが、気持ちでは「どこか行きたいなぁ」という雰囲気が出ています。どこか連れて行ってあげられたらなぁ…。
コロナもあり、気温差も激しく、熱中症も気を付けなくてはならない夏🌞 お気をつけてお過ごしください。

 ☆ ☆ ☆

2020年8月のことば

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恩徳あれば 今、ここ、わたしを 生きている

足下をみつめる

7月に入り、新型コロナウイルス感染者が再び増え始めました。これから先の様子も見通せず、不安や恐怖に覆われてしまいます。誰もが、一日も早い収束を望んでいます。

このような状況に身を置き、ふと思ったことがあります。
先が見通せない現実は、ウイルス騒動があろうとなかろうと変わりありません。誰もが、先の見通せないなかを生きてきました。でも、先が見通せないとはいっても、たとえば春に新入生となったり、新しい仕事に就いたりしたとき、希望やワクワク感を抱いているのではないでしょうか(当然、不安もありますが)。だけど、コロナに関しては不安や恐怖などマイナスの局面ばかりが気持ちを覆います。感染症ですから不安や恐怖に覆われるのは当然のことですが。

「ふと思ったことがあります」というのは、誰もが先の見通せないなかを生きてきました、予定通り・希望通りにはいかない未来を迎えながら生きてきました。そのようななかを既に生きてきたうえで、「今、ここに、わたしが生きている」んだなぁということです。

コロナの収束を願うということは、未来に対する願いです。「今すぐに収束を」という願いも、ちょっと先の未来であることに変わりありません。

いのちは、過去を経ての今を生きています。未来のことは分かりません。私たちは、経てきた今を疎かにして、分からぬ未来に重きを置いて、結果、振り回されてはいないでしょうか。

南無阿弥陀仏をとなうれば

外出自粛期間中のある朝、お朝事(朝の読経)で、親鸞聖人の「現世利益和讃」という和讃を読みました。

南無阿弥陀仏をとなうれば
堅牢地祇は尊敬す
かげとかたちとのごとくにて
よるひるつねにまもるなり

(意訳)

南無阿弥陀仏を称え、生きる人を、
大地の底にまします神々は尊び敬い、
影と形となるものとが不離であるのと同様に、
夜も昼も護り続けてくださいます。

傍らで聞いていた若坊守(妻)から、「お念仏は除災招福のためのものではないのに、親鸞聖人はどうして “南無阿弥陀仏をとなうれば” の和讃をたくさん書いてるの?」と質問を受けました(「南無阿弥陀仏をとなうれば」という言葉の入った和讃は10首あります)。

「南無阿弥陀仏をとなうれば」の響きは、「念仏を称えたならば」、つまり「もし念仏を称えるという条件を満たしたならば」と、条件や仮定の話として聞こえるのではないでしょうか。ですから、南無阿弥陀仏を称えるという条件を満たしてから得られる、念仏のご利益を詠っているかのように聞こえます。でも、そうであるならば、「南無阿弥陀仏をとなえれば」という表記になります。親鸞聖人は「となうれば」と書いています。

「南無阿弥陀仏をとなうれば」は、条件や仮定としての「ば」ではありません。「~してみて、ふりかえってみれば」とか「~するときは、そのようになっている」という、確定の意味を持つ「ば」なのです。

たとえば、「住めば都」という言葉がありますが、「もし住んでみたならば、都(住みやすいところ)となる」という仮定の話ではありません。「住んでみたら都だった」という確定を表わしています。未来の話ではなく、もう既に住んでいる話なのです。

「南無阿弥陀仏をとなうれば」も、もう既に称えている話なのです。

「私は念仏を称えたことないよ」と言う方もいることでしょう。けれど、阿弥陀如来は、すべての生きとし生けるものに向けて、念仏を与えてくださいました、念仏称えるものを救うと誓われました。実際に念仏称えたものを対象とするということではありません。生きとし生けるものすべてが、既に念仏のなかに、阿弥陀の慈悲のなかにいます。

親鸞聖人の説かれる現世利益とは、「お念仏称えたら、こんないいことがあるよ」ということではありません。「念仏称えるご縁をいただいたこと、そのことがご利益です。すでにご利益をいただいているからこそ、念仏称えることができるのです」ということです。

親鸞聖人は、阿弥陀如来を信じ、ただ念仏申せと説かれましたが、「阿弥陀以外の諸神諸仏は信じるに値しない」と言ったり、私を惑わせる悪鬼を追い払えと言ったりということはありません。それら諸神諸仏、悪鬼もまた、念仏申すご縁をくださった阿弥陀如来に収まるものとみておられました。

さるべき業縁のもよおせば

「ば」について、もうひとつ、親鸞聖人の言葉が思い起こされました。

さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし

「そうなるべき縁がもよおすならば、どのような振る舞いでもしてしまうのがわたしです」という、『歎異抄』(第13章)に書かれている言葉です。

この「もよおせば」も、「もよおしたならば」と、条件や仮定など、未来のことを語っているように聞こえます。「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし」と耳にしたとき、まだいかなる振舞いもなしていない未来のことだと受け止めがちです。しかし、であるならば「さるべき業縁のもよおさば」という表記になります。

さまざまな縁が重なり合って、今、ここに、わたしが生きている。つまり、今に至るまで私は「さるべき業縁のもよお」して、「いかなるふるまいも」してきたのです。未来ではなく、既に、の話です。

親鸞聖人の言葉は、「よりよい未来のためにどうあるべきか」「理想的な未来のために何をすべきか」を説かれているのではありません。既にご恩をいただいて、「今、ここに、わたしが生きている」ことを語っています。ご恩をいただいてある身であること。その目覚めが、南無阿弥陀仏のご利益です。

 ☆ ☆ ☆

(付記)
と、上記の文章を書きました。
けれど、『歎異抄』の西本願寺蔵蓮如上人書写本は「もよおさば」になっています。
より考察が必要かもしれません。

 ☆ ☆ ☆

掲示板の人形
イルカと、クジラと、チンアナゴ (^∀^)
京都水族館に行ったときに、買いました(クジラはダイソーだったかな)。
Dsc01315

2020年7月31日 (金)

絶望の淵に立たされたとき、ふと思い起こされる言葉がある。言葉は、人と人とのつながりのなかから生まれる。

『人と生まれて』宮城顗(みやぎ・しずか) 同朋選書㉜(東本願寺出版 2005年4月1日 第1刷発行)

 新潟の方でいつも研修会などでご一緒した方がおいでになりまして、数年前にその方から急にお電話がかかってきました。今までお電話をいただいたということはなかったのですけれども、何事だろうかと思っていましたら、「実は今日お医者さんから私の病気は面倒な病気だと宣告を受けました」ということなのです。
 「どういうご病気ですか」と聞きましたら、「筋萎縮性側索硬化症」という、全身の筋肉が力を失っていく病気であるとのことでした。
 「そのうち電話もかけたくてもかけられなくなりますので、今のうちにお別れのご挨拶をさせていただきたいと思って電話をしました。お医者さんからその病名を聞かされたときには、本当に絶望の淵にたたき込まれました。だけどその絶望の淵にたたき込まれた後、ふと普段全く思いもしなかった和讃の言葉が心に浮かんできました。そしてその和讃の言葉が何か私を支えてくれました。そのとき、私には帰るところがあったという思いが強くしたのです。やはり普段から読ませていただくべきものなのですね」とおっしゃっていました。
 その方にとって和讃を自分が覚えているとも心に刻んでいるとも思っておられなかったのです。そんな言葉よりも自分が一生懸命自分の才覚で身につけた言葉を頼りに生きていた。しかしそういう絶望の淵にたたき込まれたときに、一生懸命自分の才覚で身につけたことが全部消えて役に立たない。しかし思いもかけないことに自分を捉(とら)えていた言葉が私の心を動かしてくれたのですということをおっしゃいました。

 今日、言葉の響きというものに対するこまやかな心を私どもが失い、さらにはともにお互いの存在をキャッチボールし合うという心を失い、ましてや長い歴史を通して、多くの人々の歩みの全体が、実はこの私に呼びかけられていたものとしてうなずくことなど、非常に遠いことになってしまっています。それは結局人間がみんなばらばらな孤独な存在になっていく大きな原因になるのではないでしょうか。

 ☆

7月22日「自殺報道ガイドライン」のタイトルで投稿してから、私のなかで続き物としての文章を綴っています。

このコロナ禍、誰もが病気になる身を生きているにもかかわらず、新型コロナウイルスに感染した人に対する、感染していない者からのバッシングが狂気を帯びていることに違和感や恐怖をいだいたことから始まっています。

そんななか、自死された方への興味本位な報道がありました。

覚醒剤取締法違反の罪を犯した人への愛想を尽かしたかのような文言が目につきました。覚せい剤であれ、お酒であれ、タバコであれ、ギャンブルであれ、依存するこころというものは誰のなかにもあります(私がこうやって文章書いて気持ちを整理しているのも、依存と言えるかもしれません)。「あの人またやってるの。懲りないねぇ」と、言うは易いですが、何かに依存してしまうということは、今抱えている何かを発散しようとしている、あるいは助けを求める術を依存という形でしか見いだせなかったということの表われです。依存している人を責めるだけで終わる話ではありません。

人と人とが支え合わねばならない時代(とき)に、人が他者(ひと)を貶(おとし)めたり、罵(ののし)ったり、認めなかったりする。

その空気感が強まっているなかで、ALS患者の女性への嘱託殺人が行われたことのショック。

しかも、嘱託殺人を犯したふたりの医師に対する擁護や、「医師がしたことの何が悪いのか分からない」という声も耳にする。

2016年7月に、植松聖死刑囚が「津久井やまゆり園」で起こした事件も、「植松被告の言うこと(犯罪理由)は理解できる」という声が巷にあふれた。

私たちが今生きている場の雰囲気が、とんでもないことになっている。そういうことを感じる。

不思議なもので、そういうことを気にしていると、関連する言葉が絡みついてくる。

何年も前に読んだ本を、本のタイトルが気になってたまたま手にした(ということは、中身はほとんど忘れているわけで・・・)。

すると、上記の文章に出遇いました。

ALSの宣告を受けた聞法者が、恐らく必死な思いで宮城先生に電話をかけたことと思います。

そして、「助けてください」と懇願するのではなく、「今まで聴聞してきたけれど、自分がここが大切だとメモしてきたことは、こんな大変なときには役にたたず、でも、今まで気にも留めていなかった親鸞聖人のご和讃が脳裏に蘇ってきました」というようなことを告白されたのではないかと、察します。

困難にぶち当たったとき、思い起こす言葉は、普段座右の銘にしている言葉ではありません(そういう人もいるとは思いますが)。

ふと思い起こす本の一節、昔読んだマンガの台詞、今は聞かなくなった歌のフレーズ、疎遠になっている友人からかつて言われた一言、どこで目に触れたかも思い出せないポスターの文言・・・

絶望の淵で思い起こされるのは、そんな一言だったりする。

そんな一言に、フラフラになった私は、支えられ、生きてきた、生きている。

岩崎航さんの言葉 「生きることと、詩は一体のものです。」を紹介しましたが、

岩崎航さんにとって、自分が紡ぐ詩もまた、自分を生かす一言なのだと思います。

詩が生まれて来る背景には、多くの縁(つながり)が内在します。

言葉には、無量の人々の人生が詰まっています。

聞いた瞬間(とき)、目にした瞬間(とき)は、何も感動しなくても、意味が分からなくても、ほんと、何事かあったとき、ふと思い出して、涙が溢れてくる言葉があります。

言葉を大切に、

言葉が生み出されてくる人と人との関係を大事に生きましょう。

南無阿弥陀仏

2020年7月30日 (木)

他者に向けた刃は、自分にも突き刺さっている。

昨日、岩崎航さんへのインタビューが掲載されている「BuzzFeed」の記事をご紹介しました。

他にも、雨宮処凛さんへの記事も掲載されています。

相模原事件後も止まらない「命の選別」 医療の世界の「自己決定」と「自己責任論」

 ☆

障害を持った方、高齢者、今だと新型コロナウイルス感染者に対する差別意識が蔓延している世の中。

誰もが病気をし、誰もが年を重ねていくことは分かっているのに、なぜ差別が生じるのか。

差別意識の背景には、知ろうとしない無知、刷り込まれた誤解、自分を優位に立たせたい意識などがある。

けれど、たとえ無知であっても、たとえ誤解から間違った知恵を刷り込まれたにしても、優位に立ちたい意識があろうとも、それは他者(ひと)を責める理由にはならない。

自分の思想として、何を思い、何を考えようとも、そのことを他者が遮ることはできない。

けれどそれらが、他者に向けて表出したならば、そのことに対してはおかしいことだ、間違ったことだと言い続けなければいけない。

たとえ、差別の止む日が訪れなくとも。

他者に向けた刃は、やがて自分にも返ってくる。

やがてではないな、

他者に向けた刃は、そのまま自分にも突き刺さっている。

痛みを感じることを嫌い、他者を傷つけている。自分自身のいのちの尊厳を傷つけていることに気づかずに。

2020年7月29日 (水)

私にとって「生きることと、○○は一体のものです。」と言えること(もの)は何か。そういうものを持っているか。

青春時代と呼ぶには

あまりに

重すぎるけれど

漆黒とは

光を映す色のことだと

岩崎航(わたる)さんの五行詩です。

岩崎航さんは、3歳で筋ジストロフィーを発症しました。

1976年生まれなので、今年で44歳。

人工呼吸器を使い、介助を必要としています。

少しずつ筋力が衰え、介助が必要となる体で、「自分にできることは何か」と考えるなかで、短い詩なら書けるのではないかと思い、詩を紡ぎ始め、五行詩に辿り着きました。

岩崎航さんは言います。「生きることと、詩は一体のものです。

文頭で紹介した五行詩は、私が初めて岩崎航さんの詩に出会ったときの詩です。

漆黒という、自分の立ち位置すら分からなくなる暗闇を、自分を閉じ込めるものではなく、光を映すものであると表現できる気づき。

病気のことを知る前に詩に出会ったので、この詩を生み出した人の背景にはなにがあるんだろう、何を背負っているんだろう…と想いました。

詩を書かれた方を調べ、岩崎航さんという方であることを知り、病気と共に生きていることを知り、出版されている本を買い、何度も読みました。

『点滴ポール 生き抜くという旗印』(2013年7月3日 ナナロク社より発行)より

あれからさらに二十年の歳月が経ち、僕は今、三十七歳になった。

病状は、一層進んだ。

あまりにも多くのことを失った。

思うことはたくさんある。

僕は立って歩きたい。

風を切って走りたい。

箸で、自分で口からご飯を食べたい。

呼吸器なしで、思いきり心地よく息を吸いたい。

 

でも、それができていた子どもの頃に戻りたいとは思わない。多く失ったこともあるけれど、今のほうが断然いい。

大人になった今、悩みは増えたし深くもなった。生きることが辛いときも多い。

でも「今」を人間らしく生きている自分が好きだ。

絶望のなかで見いだした希望、苦悶の先につかみ取った「今」が、自分にとって一番の時だ。そう心から思えていることは、幸福だと感じている。

岩崎航さんは、「生きているんだ!」と想いました。

ふたりの医師によるALS患者の女性への嘱託殺人のニュースを聞いたとき、岩崎航さんの顔が思い浮かんだ。

彼は、何を語るだろう・・・

などと思っていたら、BuzzFeedというサイトに、岩崎航さんへのインタビューが掲載されていました。

時間をかけて、しっかりと語ってくださっています。お読みください。

☆リンク

「BuzzFeed」命を選別する言葉にどう抗うか 詩人の岩崎航さん「私たちには今、人を生かす言葉が必要」

〇岩崎航さんの本 『点滴ポール 生き抜くという旗印』 『日付の大きいカレンダー』

2020年7月28日 (火)

自分の生きにくさを、他者に重ね合わせてはいけない

ALS患者の女性に薬物を投与して死なせたとして、嘱託殺人の疑いで医師2人が京都府警に逮捕された。

この事件を機に、安楽死・尊厳死に関する法整備の動きも出てきている。

しかし、安楽死・尊厳死の法整備に関する議論は、現代の医療体制・医学の進歩のなか、常日頃議論されてしかるべき事柄(賛成・反対、両方の意見もあってしかるべき)。

けれど、それをしてこなかった。

にもかかわらず、これほどの事件が起きると、法整備の話が出始める。

つまり、法整備する側に、その程度の思いしかないということ。

そういう人たちが法整備といっても、個人的思想に突っ走るか(逮捕された医師のように)、大衆迎合的に「ALS患者がかわいそうだ」という感情に流されてのことのように映ります。

本来、安楽死・尊厳死なるものは、“ない”はずのものです(と考えます)。

けれど、安楽死・尊厳死を選択肢から外して考えることのできない状況におかれている方もいます。

だからこそ尚更、個人的思想に反することも考え(ということは、身の痛みを感じるほどに悩むということ)、「かわいそう」という自分の感情に流されるのではなく(患者さん本人の想いに寄り添うということ。それは、私の感情とは相容れないこともあることでしょう)、そういうためらいや葛藤、あらたな気づきを身をもって感じることから始まります。始まりです、終わり(解決)ではありません。

そういう意味で、自分たちの理想とする「枯らす」思想のために、嘱託殺人を犯したふたりの医師は、そういうためらいや葛藤、殺してしまった彼女から何かを気づかされることなどなかったことでしょう。

なにか気づきを得たならば、安楽死・尊厳死ということに対して、またあらたなためらいや葛藤も芽生えたはずです。

たまたまふたりの職業が医師だったから、安楽死・尊厳死の話に繋がっていますが、ALS患者の方が殺された事件は殺人事件です。

そのことは忘れてはいけないことです。

先日紹介した安藤泰至先生のコメントが「毎日新聞」に出ていました。

ぜひお読みください。

☆リンク

〇「毎日新聞」ALS嘱託殺人 「安楽死」議論と結びつけるべきではない 安藤泰至(鳥取大医学部准教授)

2020年7月27日 (月)

「させていただきます」考

昨日の投稿で、安藤泰至先生の文章を引用させていただきました

その引用のなかに、

「ある生命倫理研究者が大学の講義で、「生かされている」という言葉の意味を尋ねたところ、ほぼ全員が「(生きたくないのに)無理矢理生かされている」と書いたという話を聞いたことがある。

という一文がありました。

ほぼ全員の無理矢理生かされている感もショックでしたが、今日触れたいのは「生かされている」という表現について。

そもそも、「生かされている」という表現をしないでしょうか、現代人は。

このブログでは、今まで「さまざまな縁が織りなすなかで、私が私となっています」ということを、いろいろな表現で書いてきました。

つまり、私は生きているのではなく「生かされている」ということです。

浄土真宗の僧侶や門徒は、「生かされている」という言い方をよくします。本当にそう思っているから(と、思う)。

「縁により」「阿弥陀如来により」というのが親鸞聖人の教えの根本だと思います。

そのような「よる」力(はたらき)を、浄土真宗では「他力」と言います。

こんにち一般的に使われる「他人の力を借りる」「他人の力をあてにする」というような意味ではありません。

すべての生きとし生けるものが、阿弥陀如来の慈悲のはたらきを受けながら生きている(つまり、生かされている)。

そのことを「他力」と言います。

そのためか、浄土真宗の僧侶や門徒は「〇〇させていただきます」という言い方を、気取るわけではなく、します。

ですから、私(白山)的には、「〇〇させていただきます」に何の違和感もないのですが、次の文章に出会い、気にかかっている方もいるんだなぁということにも気づかされました。

 ☆

『暮らしの手帳』 2020年初夏号(2020年6‐7月号)

137頁 随筆 「させていただきます」 小澤俊夫(昔ばなし研究者)

 近頃、人々の発する日本語のなかで、「させていただきます」という語尾が非常に多いことが気にかかっている。「述べさせていただきます」「これから会を開かせていただきます」など。
 ある日、電車が動きだすとき、「ドアーを閉めさせていただきます」というアナウンスが流れた。ぼくは仰天した。「発車のとき、ドアーを閉めるのは車掌の仕事ではないか。閉めさせていただきますと言って、もしお客が駄目だと言ったらどうするのだ」と思った。アナウンスは、「ドアーが閉まります」とか、「ドアーを閉めます」と言わなければならないはずだ。「させていただきます」と言って、誰に許可、又は了解を求めているのだろう。電車を運行する方の主体的意思はどこに行ってしまったのか。
 ある日、予算委員会のテレビ中継を見ていたら、野党の質問に対して大臣が、「この点について述べさせていただきます」と言った。大臣は責任上、説明をしなければいけないのであって「させていただきます」ではないはずだ。これは、言葉の丁寧さとは質が違う問題である。
 「させていただきます」と言うとき、人は自分を取り巻く、目に見えない世間を意識しているのではないか。全体の空気というか、全体の雰囲気から離れないように気を使っているのではないか。
 そう考えるから、ぼくはこの言い方がとても気になる。全体の雰囲気が大事で、自分はなるべく目立たないようにする。こういう生き方が世の中に蔓延したら、国の権力者は国民全体を、自分の都合のいい方へ簡単に引っ張っていける。日中戦争・太平洋戦争を開始する前、政府は国民全体が各自の主体的判断を捨てて全体の雰囲気に身を任せるように引っ張っていった。中国は怪しからん、英米はけしからん。そうだ、そうだ。そこではもう、個人の考えはなくなり、全体を支配する考えだけが通用した。
 (後略)

 ☆

なるほど、そういう受け止め方もあるんだなぁと思いました。

確かに、注意して聞いていると、世の中「させていただきます」という言い方が増えているかもしれません。

無意識の自己防衛・自己弁護・責任逃避から。「一応、了解(確認)はとらせていたきましたので・・・」と。

「そこまで委縮しなくていいのに」という思いと、「そこまで委縮させてしまう空気が世の中には溢れているもんねぇ」という思いが湧きました。

でも、それは、他力という感覚の欠如のなせるわざでもあります。

自分の選びで行動を起こしている、自分の責任でもって物事をなしている、自分の意志で生きている・・・そういう感覚は誰しもが持っています。否定するわけではありません。けれど、その感覚に溺れていると、周りの人の理解や協力であったり、周りの人が自分の仕事を後回しにして手伝ってくれていることに無自覚になったり、周りの人が知らないうちに尻拭いしてくれていたり、そういう事実に無自覚で生きることになります。気づいたときにはひとりぼっちです(でも、阿弥陀さまは一緒にいますが)。

自分が意識できる周りの人びとだけでなく、自分では認識できない多くの人びと・物事・事柄と共に縁によって結ばれているわたし。

「させていただきます」表現は、他力感覚(他力の感得)であり、わたしとあなたとあみだと共に生きている自覚でもあります。

つまり、「全体の雰囲気が大事で、自分はなるべく目立たないようにする」つもりはなく、思いっきりの自己表現なのです。「させていただきます」」は。

べつに、小澤俊夫さんの随筆を否定するために語っているのではありません。

「させていただきます」表現に慣れてしまった私が、「おいおい、そこで思考停止に陥ってないか!」という呼びかけとして、小澤さんの文章に出会ったものとして、今日の文章を書いています。

「させていただきます」と言っても、先に私が記したような宗教のバックボーンがあって言うのと、無意識の自己防衛・自己弁護・責任逃避から言うのとでは、言葉のニュアンス・内包された想いがまったく違ってきますね。

先に、「浄土真宗の僧侶・門徒は」という、ちょっといやらしい書き方をしましたが、便宜上そう書いたのであって、すべての僧侶・門徒がそう表現するわけではありません。また、真宗の教えに触れて信心を得たならば「させていただきます」表現をするようになる!ということでもありません。誤解ありませんように。

 ☆

小澤さんの文章にもうなずきつつ・・・

かつて、こんな光景を目の当たりにしました。京王井の頭線渋谷駅。電車発車のブザーとともにドアーが閉まり始めました。そこに、ホームから電車に向かって頭を突っ込んだ初老の男性が。ドアーに頭を挟まれ、発射の準備を止め、一旦すべてのドアが開きました。その男性は、近くにいた駅員に怒鳴りちらします。「電車に乗ろうとしているのに、閉めやがったな!」。
それは、あなたに問題があるのでは💦
こういう乗客が多い世の中、「ドアーを閉めさせていただきます」ぐらいの表現をしておきたくもなりますね。

「会を開かせていただきます」も、確かにそこまで言わなくてもと思います。が、携帯電話が普及して、会や会議や打ち合わせに、当然の如く遅れてくる人が増えたような気がしませんか? 「遅れる、ごめんね」と携帯電話やメールで伝えておけば、遅参が許されるかのように錯覚している人が増えたのではないでしょうか。いや、増えたような気がします。そうすると、参加予定の人がそろっていないけど、予定の時間になったから始めるよ!というときに、「時間になりましたので、会を開かせていただきます」というような表現になってしまうのではないでしょうか。

大臣や政治家が「この点について述べさせていただきます」と言うのも、述べる分にはいいのではないでしょうか。どんどん述べちゃってください。最近は、「発言を控えさせていただきます」などと言って、言うべきこと、言わねばならないことを言わない、勤めも説明も責任も果たさない方が多いので、「私の思いを述べさせていただきます」という政治家は大歓迎です。

小澤さん指摘されるところの「させていただきます」は、その背景には、そのように言わせてしまう現代の負の感覚が蔓延しているように感じます。

「させていただきます」表現に問題があるのではなく、「させていただきます」と言わせてしまう方の人・・・私かもしれません。その自覚や問題意識を持つことが肝要ではないでしょうか。

その無自覚・問題意識に気づかないヒトの集合体こそ、国の思うがままに引っ張られてしまいます。

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