2011年度 東京教区報恩講参詣記
2012年1月27日(金) 東京教区報恩講に参詣しました。
長女(もうすぐ3歳)を連れて行ったので、じっとしていられないので、講堂でお話を聞くことはできませんでした。外部にもスピーカーで勤行・感話・ご法話が流れていたので、真宗会館のいろいろなところで拝聴させていただきました(そんな聴き方、いけないんだけど…)。
真宗会館に着いて、始めは人見知りしていた長女も、遊んでくれるスタッフがいて、いつの間にか大喜びでした。お相手してくださったスタッフの皆さん、ありがとうございます。それぞれお仕事があるのに、ごめんなさい。また、娘の喜びの叫び声が、講堂に聞こえてはいませんでしたでしょうか。申し訳ありません。
娘が遊んでもらっている姿を見ていて、スタッフの多くは児連のスタッフをされている方々だなぁと思いました。子どもの相手が上手です。報恩講のスタッフとして、寒い中 会場交通係や大鍋係(お汁粉美味しくちょうだいいたしました)をされている皆さん。ご参詣の方々と楽しそうにお話をされています。児連の際は、子どもたちと同じ目線で接してくださいます。「人間が好きな人たちがここにいるんだなぁ」と、一参詣者として足を運び、ある意味客観的に報恩講の様子を見ていて、そう感じました。教区報恩講…すばらしい空間だなぁ。長年スタッフをされている方、一年スタッフを外れて、一参詣者として報恩講に参詣されると、新しいものが見えてくるかもしれませんよ。
普段なら娘がお昼寝の時間にご法話があったので、タイミングが合えば、眠り込む娘を抱えながら、講堂でご法話を聞けるのではないかと思っていたのですが、娘は大はしゃぎです(帰りの電車で寝ました)。
ご法話は拝聴できませんでしたが、ご法話に先立つ感話は、時間も短いので、モニターを見ながらお話を聞けるところへ娘を連れて行き、拝聴させていただきました。
感話は、同じ東京五組の坊守様。4年前にご住職が還浄され、それから こんにちに至るまでのこころの動きをお話されていました。26日のブログ「今も朋に」で書かせていただいたご住職です。
周りの人間が思う以上に、当事者は大変です。でも、その中でお寺を守られ、息子さんも住職に襲職されました。
「住職の代わりにお勤めさせていただきます」と、断りながらご法務をお勤めされていた坊守様に、「住職も隣にいるじゃない。あなたは代わりなんかじゃないわ」と声をかけてくださった門徒さん。
「お母さんも得度して、僧侶の資格を持っているんだから、一緒にお勤めをしましょう」と勧められた現住職(息子さん)。息子さんのことばによって、「坊守として、寺を守ることが勤めだと思い込んでいたけれど、僧侶でもあることを思い出させていただきました。僧侶として、どう歩んでいけばいいのか模索しています」とお話されていました。
ことばは、人を生かす力がある。いえ、人の力を呼び起こすはたらきがあるんだなぁと想いました。
病床の前住職のお姿にも触れられていて、感話を聞きながら、お見舞いに行ったときの会話が昨日のことのように思い起こされました。
娘にお菓子を食べさせながら、しっかり拝聴させていただきました。ありがとうございます。南無阿弥陀仏
暗くなる前に失礼したので、ろくに挨拶もせず会館を後にしました。お世話になった皆様ありがとうございます。本年もよろしくお願いいたします。



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